火蓋の上下 16~煤(すす)の宮殿
西からの強い追い風が、矢に更なる加速をもたらした。
くるぶしに刺さった矢は、フランス兵の軍靴をも突き抜けた。
その突き刺さった矢は、倒れたフランス兵と共に足元でパキと折れた。
白かったダンゴ虫達はその顔を煤に黒く染め、レンズ豆の上に次々と折り重なって朽ちた。
敷き詰めた豆は弾丸さながらに左右に大きく飛び散った。
『一人も残すなぁ‼ 打て!放てえ~‼』
ニジェの声は、宮殿を取り囲む土塀に跳ね返り二重になってコダマした。
フラミンガの兵は弓矢を射る者、矢を渡す者、二手に分かれていた。
宮殿の扉からは真っ黒な煙が滔々(とうとう)と流れ出し、その者の様は、まるで陸蒸気に石炭を放り込む機関士と機関助手のようであった。
出口から続く門の前にもフラミンガの兵は立ちはだかった。
逃げるに逃げられず咳き込みながらうろたえたフランス兵には、己の銃剣を手にする隙さえ与えられないほどの無数の矢が突き刺さった。
まだ小窓の梯子の上にいた二人の射手も、黒煙で中の様子は見えなかったが、部屋に残っているであろうフランス兵に向け矢を放ち続けた。
『打て~‼ 射れ~‼』
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煤と化し黒塗りとなった宮殿は、青黒い煙を吐き出しながらその時を終えた。
辺りは微かな呻き声を残し、煙は薄紺の月夜に溶けた。
ニジェはくすぶった宮殿の扉から中をそっと覗いた。
ゴホッ!ゴホ!
咳き込んだ声はニジェのものだけだった。部屋の中は既にフランス兵の咳き込む音すらしなかった。
ニジェは右足から入ったものの、すぐさま左足から外に出た。
『どうです?中は?』
『ガーラ、、、見ない方がいい。、、終わったよ。』
『いえ、ニジェ様。まだ後追いの補給兵が来るはずです。それまではもう一戦。』
『わかってる。ガーラ、このフランス兵の全ての銃剣を抜き獲ってくれ。俺達の武器として使う。』
『この火で使えなくなった物もあるかも知れませんが、、』
『一つずつ試し撃ちだ。』
『で、次の補給兵から弾も奪い取る?』
濃紺に色を変え始めた空。
ポッカリ浮いた白い月を的にして、試し撃ちの銃剣の音が鳴り響いた。
山の谷あいに響いたその音は狼の遠吠えとなんら変わらなかった。
バーン!! パンッ‼ パーン!!




