火蓋の上下 9~人魂の矢
『ニジェ様、なぜこんな事をお知りに?』
ガーラがニジェに聞いた。
『今思えば、ジョラでの生活は得難いものだったよ。』
『虫に触れることさえ出来なかったあなた様が、、』
『ファルという同い年の少年に、一から教わったようなものだ。』
『ご心友ですね。』
『ジョラの民からもなっ。あの時、この村に降りて良かった。』
『梯子はあったか!?』
『はい、こんなにしっかりとした物が3つ。』
『おー、踏ざんが広くていいな。3人は乗れるぞ。』
『ヤニは?』
『そこの家に転がっていた壺に、入れて参りました。』
ニジェは若衆の持って来た壺を覗き込んだ。
『こんなにぃ!でかした!でかした!』
『いったい、これをどうするのですか?』
『あと、枯れ草を集めて来てくれ。全て揃ったら、皆に説明する。』
『ガッテン!』
日が少し西に傾き始めた。
空が橙に変わるにつれ、西風が吹いて来た。
木々は葉を落とさんばかりに大きく揺れた。
ジョラの捨てた人家に吸い込まれる様に乾燥地帯特有の砂ぼこりが俟った。
『皆!良いか!今からフランス軍がいる宮殿に向かう!
ここからは皆は一言もしゃべるな! 合図は目と手だけだ!』
『ガッテン‼』
オレンジに映える黒褐色の一団の肌は砂ぼこりに色を落とし、異様なピンク色を放った。
その静けさは、羽ばたく前のフラミンガのようであった。
ピンクの兵は宮殿の土塀を取り囲む様に音も立てず整列した。
『どうだ?宮殿から出て来たフランス兵はいたか?』
ニジェは、まず3人置いた見張りに聞いた。
『いえ、誰一人。それよりも、先ほどから何一つ声も音もしなくなりました。』
『宴は終わったのか?』
『眠ってしまったのではないかと。』
『酔いつぶれてしまったってわけだ。』
『その様かと。』
ニジェは「段取り通り!」と後ろにいたガーラに目で合図を送った。
そして高々と右手を上げると、一気にその手を振り下ろした!
フラミンガの兵は宮殿の門から一斉になだれ込んだ。
そのうちニジェを含む15人は、三手に分かれ、3つの小窓に一つずつ梯子を掛けていった。
残りの兵は宮殿の扉の前に左右に分かれ整列した。
梯子が掛かった。
ニジェは梯子に登り、部屋の中を覗いた。
そして目を瞑って首をコクリと落とした。
(眠っているという事だな。)
察知した兵は、梯子の下からニジェに麻袋を手渡した。
梯子を支えていた二人の兵は、ブビンガのヤニで熾した種火を弓矢の先に巻いた枯れ草に着火した。
薄明かりの夕間詰に、群青とピンクの炎が揺れた。
矢の先はまるで人魂のように燃えあがった。




