静かなる内戦43~ファルとハラ
『ねえ、ハラ。 ニジェは戻っているかい?』
ファルはハラの背中越しに聞いた。
『いや。』
『追っても来ないし、戻っても来ないような気がする。ニジェは何者なんだろう?』
『わからない。』
『こんな奥にあんな大勢の部族がいたなんて。』
『フラミンガなんていないはずなのだが、、』
ファルに食らいついていたヒルが徐々にハラの身体へと移ってきた。
『川に出るまではわかるかい? 迷わず行ける?』
『水の音が大きくなる方に進めばいいだけ。』
『ああ、そっか。』
『しかし静かだな。』
『静か。』
それでもハラはファルを背負いながら、暗闇の密林を急ぎ足で歩いた。
カザマンスの川に出た。
『皆はどこにいるんだ?もう先に行った?』
『いや、川の向こう岸にいる。年寄りもいるし早々に逃げ切れんと思って。
向こう岸なら追っ手がこの中洲から出て来た時に、どちらに向かうか分かれば逃げる方向を判断できると思ってな。深い所でも腰の辺りまでだったから何とか年寄りも渡りきった。』
『ハラ、何から何まですまない。』
『けど、川岸で待っていた年寄連中にカマラを打ったことを報告したら大喜びしていたぞ。ま、それどころではなく川を渡ったけどさっ。』
『ちょっと、ヒルを落とそう。』
ハラは川の真ん中辺りまで来ると、ゆっくりと腰を下ろし身体を屈めた。
すると胸に抱えていた籠の中の幾つかのモリンガの実が浮いて、下流に流されていった。
『あっ、もったいない!』
ハラは慌てて立ち上がり掬い取ろうとしたがモリンガは川の流れに乗って流されていった。
月が照らす川面をゆらゆらと流れていくモリンガの実を二人で見つめながら、
『このまま流れてジョラの村にいつか実をつけてくれれば良い。』
とファルが言った。
ハラは今度は浅く体を沈めるとヒルを振り払う様に立ち上がり
『さっ皆のところに戻ろう!』
と言った。
『あれ、籠がずっしり重くなった。水吸っちゃった。』
逃げている事さえ忘れるほど、辺りは川の流れる音だけしかしていなかった。




