静かなる内戦35~謀(はかりごと)
ニジェは立ち上がった。
しかし、ジョラの若衆に体を向けるわけでもなく沼の畔を時計回りに歩き出した。
ニジェの足の裏が水際の湿った土に触れる音だけが、ピタッピタと聞こえた。
沼の反対側には50人程の目の血走った屈強な裸の男達がいる。
『ニジェ!危険だ!戻れ‼ 』
ハラが叫んだ。
ニジェはその言葉にも振り返らず、ゆっくりと水際を歩いた。
【どうしたんだ?ニジェ】
得体の知れない男達は弓も構えず、ニジェの歩いている姿をジッと見ているだけだった。
【あんなに近寄ったらまずい!やられる!】
ニジェが男達の目の前に立った。
『王‼ ご無事で‼ 』
50人余りの男達は一斉に叫んで、頭を擦らんばかりにニジェの前にひれ伏した。
【今なんて言った?!言の葉がわからん。】
ニジェは男達に両手で立ち上がるよう促すと
こちら側を振り返り、
『ファル‼ ここまではお前の謀‼
ここからは俺の謀だ‼ 』
その声は沼の水面を揺らすほどに響き渡った。
するとニジェは右手を高々と天に揚げた。
男達は弓を構え、一斉に右ひじを後ろに引いた。
ギルリりリぃぃぃ
矢を目一杯に引く音が沼の反対側にいたファルの耳にも振動した。
『まずい!皆!逃げるぞ!』
ファルの掛け声とともにジョラは、もと来た草むらの中に逃げ込み、一目散に走った。
『ハラ!先に行って‼ 川にいる年寄連中に先に逃げろと伝えてくれ‼
オレはどん尻‼ 皆を守りながらゆく‼』
『ガッテン‼』
尖った枝を踏もうとも、棘が刺さろうとも、皆おかまいなしに走った。
道なき道を振り返ることなく走る姿は、まるでライオンに追われた逃げ惑うシカのようであった。




