精霊の森 1~精霊たちの審判
ムルは血を吸い続ける女の背中を叩いた。
「ムルじゃ、悪いがそこをお退きくだされ。」
その声に振り向いた母。マリマ。
一瞬退いたのはムルの方であった。
「マリマ!!マリマではないか!」
口の周りを血に染めたファルの母親。睨みつけたその顔が少しゆがんだ。
「ムル爺!ムル爺!お助けください! ファルを!ファルを何とぞ!」
二人は久しぶりの再会であったが、喜んではいられない。
「皆、こんなに日の当たるところでは駄目だ!ファル王を木陰に! そこ!そこのマルーラの木の下!そこまで抱えるんじゃ!」
周りにいた民は、ファルをゆっくりと丁寧に、莚の端まで引き摺った。
赤紫の莚の木陰。
そこにはニジェが蹴散らした紫の花。白い花。
ニジェはまたもやその花を蹴散らそうとしたが、ムルから待ったがかかった。
「花も森の精霊。花の生命力をお借りしたいのじゃ。そのまま。そのまま。」
仰向けに寝かされた王ファル。
その左の肩からは、マリマが吸い付いたせいかポタリポタリと時を刻むが如く鮮血が流れ出した。
そこに落ちていた白いひと花。赤い花びらになった。
カザマンスの少年ファルよ
全てのものは救われた あなたさまのおかげ
民も獣も花も今 息を吸い 吐いている
なにごとも なにびとも 生きている
それは あなたさまの魂のおかげ
奪われた大地 この西のアフリカ
新たに甦させたのは 密林の少年 守王ファル
神の御加護があるならば その目に再びの息吹を
マム・ジャーラ この地に生きとし生ける者達よ
お救いください
ムルは杖の先、象牙の玉をファルの胸にそっと置いた。
ニジェは腰蓑から、虹色石を取り出すとその横に置いた。
七色が象牙の玉に映り込んだ。
「ムル殿いかかでしょうか? ファルは。ファル王様は、、」
「いいかニジェ。命と云うものはこの森の精霊たちが決める事。わしらの手でどうにかなるものではない。」
「、、、ただ祈るのみと、、」
「それが証拠にこの木々の上をみてごらんなさい。多くの精霊たちが審判をしておる。王を森に帰すか、民に戻すかじゃ。」
民は皆、木の上を見上げた。
細い木の枝々は、急ぎ駆けつけた色とりどりの野鳥で埋め尽くされていた。
太い枝には賢い猿たちが首をコクリと、その様子を窺っていた。
木の上の森の住人は何も歌わない何も叫ばない。
ただ静かに見守っているようであった。
「ファル、、片腕の少年王、、」
風が一言言って通り抜けた。
ファルの呼吸はその風とともに木々の間を抜け、森に帰っていった。
「これ以上、この少年を苦しめてはならぬ」
木の上の精霊たちの下した審判だった。




