殺戮と滅亡 102~鳥の群れ・空を虹に変えた
ドカドカドカ!
「ムル殿ぉぉ!大変ですっ!!ムル殿ぉ~!」
ハラと千里眼は泥の足のまま宮殿に駆け上がった。
ムルは100人余りの民を宮殿奥の部屋に匿っていた。
「たぶん一番奥の部屋だ!」
ハラはバタとその扉を開けた。
民は敵が攻めて来たと思い込んだのか、一斉に立ち上がった。
「俺だ!俺だ!俺と千里眼だ!」
「ムルはどこにいる!? ムル殿は?」
立ち上がった民の間から座ったままのムルが手を挙げた。
「ここじゃここじゃ。どうした? 物々しい。敵にやられたのか? フランスが向かって来るのか?」
「違う!違う!オランダは退散した!」
「は?オランダだったのか?」
「いや、そんな事よりファル様が! ファル王様が!」
「ん? 何事? ファルがどうかしたのか?」
「説明は後!とにかく急いで! 祈祷してもらいたいんだ!!」
「は?!」
「なにか、、んんん。危ないんだっ! 王のお命にかかわるかも知れないんだっ!」
「しかし急いでと言われても、わしはそんなに早くは走れぬのでのう。」
「わかってる! わかってるさッ!」
ハラはムルの前に後ろ向きに屈むと、まだ背負ったままの籠をあてがった。
千里眼はそこに入っていた数十本の矢を抜き取ると、床の上にバラバラと放り捨てた。
「何をしておるのじゃ?」
「これで良し!」
「さあ、この籠に乗って!」
「ここに? これに?」
「いいから早く!」
ヒョイ
細い老体の身体は、簡単にそこに収まった。
「まるで姥捨てじゃわい、、」
「さっ!行きますよ!」
「あッ!ムル爺!大事な物!忘れもの!杖!杖! 象の牙の杖!」
ギザがその杖を籠の中に差し込むようにポイと入れた。
「アフィ。これはお前の背負籠だ。ベリーの丘で見つけた。もうしばらく貸して置いてくれ。」
ハラが言った。
「えっ!あったの?!」
「そう、マンサのもあった。」
「わかった。籠よりファルだもん!わかってる。」
「では行って来るでな。」
ムルは籠から顔だけを出し、皆に手を振った。
その滑稽さに、まだ訳の分からないナシャとギザはプッと吹いた。
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いくら軽い老人の身体とはいえ、一人の人間。
その重さはハラの背中にズシリと堪えた。
「代わるか?ハラ。」
「ああ、頼む。代わる代わる担ごう。」
二人は走った。
後ろ向きに背負われたムル。
その見上げた青い空が瞬く間に覆われた。
何千という鳥の群れ。密林に潜んでいたであろう数え切れぬ種類の鳥。
赤い鳥。黄色い鳥。青い鳥。それらを混ぜたかの様な色鮮やかな鳥。白い鳥。黒い鳥。
西へ向かうその鳥の隊列。
空を。
羽ばたく虹に変えた。
ハラと千里眼の足元。
気づくと大群の猿が同じ方角に向かって走っていた。
勢い余って転がる猿は、立ち上がって泥を叩くとまた、群れに戻って走り出す。
キャーキャーギャーギャーと、何かを伝えるようでだった。
(どこから現れたのであろう、、まるで東洋の神シッダールタの最期のようだ)
心に思ったムルだったが、口にはしなかった。
※シッダールタ
ブッダ。お釈迦様のことであります。
釈迦が悟りを開く前の名前。
文学としては、文豪ヘルマンヘッセの「シッダールタ」が有名です。