殺戮と滅亡 99~カザマンスには無駄な時間
『このカザマンスから出てゆけ!!』
ファルの口からだけでは無いようであった。
太陽の照りつける陽。木々を擦り抜ける緑風。踏みつけられた赤土。
降り注ぐ青い鳥の声。追い討ちを掛ける黒い獣の遠吠え。
全てが唸った。
紫の莚の絨毯。片腕の王は左右のオランダ兵を押しのけるようにゆっくりと前に進んだ。
三日月の奥の黒眼は、その兵達を一人ずつ確認するかの様に右左。
オランダ兵にとっては戦慄の黒い仮面。何の手出しも出来ず震えるのみ。
止まった。
目に映ったのは
白と紫の星形の花弁。背負っているのはマンサ。
その赤紫の籠の照り返しがファルを覆った。
「ファル様。ご無事で。」
マンサはファルの前に跪いた。
お辞儀をすると、籠からは花がパラッと零れ落ち、紫の莚に白い花が咲いた。
『ああ、マンサも。』
と、ファルは横にいたヴィンセントの首根っこを鷲掴みにした。
「痛ててて。何をする!」
「こいつら、どういたしましょうか?」
ハラが聞いた。
『素直に帰れば何もせん。もうここまでの痛手は追わせた。二度とここに来ないと約束すればこれ以上の事はせん。』
「ファル様。お優しいにも程がある。」
ハラとニジェが矢継ぎ早に言った。
『いやもう充分であろう。手出ししないと誓うのならば、カジュの木でも一本土産に帰せばよい。これ以上の屍は目にする必要はない。』
「もうこいつら、闘う気を喪失しております。今叩かねばまた、、」
『帰る船はないのであろう? ここからオランダまでは行き倒れは必至。目の前で殺すか、この密林を帰りながら、大地の肥やしとなるか。いずれにせよ同じ事だ。』
「しかし、こいつらを逃がしてもすぐさま折り返し攻撃を仕掛けて来るかわかりませんぞ!」
今度はガーラが言った。
『ふふん。小奴らが持っておる銃やナイフ。全て差し出させろ。裸同然で暗い密林に向かわせろ。』
「こいつらは、ここまで辿り着いた兵。容易く帰ってしまうかも知れませんぞ。」
『こいつらの着ている物を見てみろ。血痕や糞尿の痕。獣が放ってはおかんだろう? それにもう来た時の体力は残っていまい。』
「確かに、チビってますし。」
『帰せ!返せ!ここで殺されるよりは増しであろう!カザマンスには無駄な時間なのだ。無駄な血はいらん!天神も地神もそうおっしゃっておられる!追い返せ!』
王からの御言葉をヴィンセントに伝えると、彼は予想だにしなかった言葉に目を疑った。
(生きて帰してくれるというのか)
「けどね。歩き。もう船はないから。」
フランス語を話せるアゾが言った。
片言のフランス語とフランス語を話せるオランダ人ヴィンセント。
「歩く」と「船が無い」という単語だけが伝わった。
ファルはブラルを呼んだ。
『ブラル、ハーンとかいう兵。足を傷つけておったであろう。あの時手当をしたが深い傷だ。それからオランダの整備兵達。この村の裏手に船を着けてあるとか。それで帰るようにと。マンディンカまで着いたら機帆船でオランダに帰ればよい。』
「船は壊れてませんからね。ハハッ。」
ブラルは笑った。
「カジュと言ってポルンの木でも土産に持たしちまいましょうか?」
バブエとバズが笑った。