静かなる内戦32~マンサとムル《挿絵有・マンサ》
水を跳ね上げる音、西から東へと抜ける風が吹いてきた。
追い風だ。
マンサは走り続けた。しかし無心で走り続けたわけではなかった。母のこと、アフィのこと、ファル達は無事なのか?王妃達は? 村の女衆は?
時折、がぁがぁと鳴く鳥の声、グおおぉとという不気味な野獣らしき遠吠え。
それすらマンサの耳には届かなかった。脳が景色の音すら消し去っていた。
『あれ?』
足を止めた。
『背負籠だ。』
マンサは小さな中洲の川辺に目をやった。
『ジョラのだ。』
【なぜ? なにかあったのか。ひっくりかえってる。】
マンサはジャブジャブと水の音を立て近寄った。
『誰じゃ!!』
背負籠から声が出た。マンサは驚いて水辺に尻餅をついた。
『あ、あ、あ、しゃべたあ!』
マンサは悲鳴を上げた。
『女子〔おなご〕じゃのう?』
マンサはその声に聞き覚えがあった。
『ムル? ムル爺?』
『おー、その声はマンサ?』
ムルが背負籠から顔を出した。
『お前なぜこんなとこに?』
『爺こそどうした? 誰にこんなことを。』
『いやいや、誰のせいでもない。わしが歩けんようになっての。ハラとファルがここで休んでてくれと、籠をかぶせてくれよったんじゃ。』
『ん?なぜ籠を?』
『ん?あれま?雨は止んでおるのかい。寝ておったわい。』
『呑気な、、』
『そんなことより、爺! フランス軍が攻めて来るよ‼ もう、西の山にいる‼』
『本当か!』
『嘘じゃない‼ だからあたいはここにいる! ここに来た!』
『ファル達に知らせにか!?』
『もちろんだよ! もちろん!』
『しかし、ファル達は随分先だ。』
『わかってる! けど行くしかない! 一刻も早く知らせないと返り討ちにあう!』
『わしはどうすればよい?』
『どうするって? 走れんじゃろ!?』
『、、、、』
『もうひと眠りしてな。』
マンサは爺にニコとして、また走りだした。
『ムルの爺ぃ~!無事でいてくれよぅ!動くんじゃないよぅ!』
マンサは振り返って、爺に手を振った。
それを聞いた爺はつぶやいた。
『動けん。』
爺はマンサこそが無事であることを祈った。
挿絵のマンサは猫屋敷たまる様より賜りました。
見事なイラストであります!




