殺戮と滅亡 87~蘇るマム・ジャーラ
深い緑の葉に覆われた巨大な葦組。
荷車に乗せられたそれはカザマンスの民により引っ張り上げられ、のっしのっしと左右に揺れながら動き出した。
「押せ!押せ~!」
「引っ張れ~!」
「崩すな!そのまま前へ~前へ~!」
「煙で前が見えぬぞ~!」
「あっちだ!こっちだ!あっちが敵だぁ~!」
「敵の真正面に向かうぞ~!」
カジュやムクロジ、城壁の瓦礫。そこから上がった火の手の白煙は、その葦の怪物を雲上から現れた獣の如しと変えた。
水をかけられ滴った葉の肌は、火花によって息をするかの如く蒸気を舞い上がらせた。
荷車を押し出す民。紐を引っ張り上げた民。
滝のような汗は地面に落ちると、そこでも蒸気を噴射した。
その荷車の最前線。先鋒にはニジェがいた。
黒煙と白煙を掻き分け宮殿内に入ろうとするオランダ兵。
その目の前に、それは忽然と現れた。
城壁の高さと寸分と違わない巨大な葦組。
煙の中からうっすらとその巨体を表わした。
「うあ!!なんだぁ!あれは~!?化け物だぁ~!」
「さっきの檻の中の獣だぁ~!巨大化したぞ~!!」
「ありえぬ~!」
光沢の濃緑の葉は、甲羅と見間違う鱗。飛び散る火の粉。舞い上がる湯気。
地を這う白煙は、その揺れる姿を陽炎のように浮かび上がらせた。
その時だ。
生物学を学んだあのオランダ兵が大声で叫んだ。
「あれは!!マム・ジャーラだぁ~!赤い泉の神!マム・ジャーラだぁ~!!」
「なんだ~?それはぁ~?!」
「ヴィンセント殿~!あれは巨大な人食いワニ!!マム・ジャーラです~!!」
「ええええええええええええ!!」
ヴィンセントは立ちすくむと、その場でチビッた。
彼の股間もまた湯気を出した。
「退却だ~!!下がれ~!下がれ~!全軍戻るんだ~!退却だぁ~!」
オランダ兵は西に東に、元来た道にと、てんでバラバラ逃げ出した。
ヴィンセントは最後っ屁の銃弾を葦のマム・ジャーラに向けて放った。
その低い弾道は黒煙の中、白い煙を撒き散らしマム・ジャーラの荷車に真っすぐに飛んでいった。
そこにいたのはニジェ。
黒煙の闇から突然現れた銃弾。
それは荷車の手摺りの角にパンッと当たると、跳ね返ってニジェの左目を劈いた。
『うわわわわぁ~!』
ニジェはその衝撃で後ろに跳ね飛ばされると、耐えられぬ熱と痛みでゴロゴロと転がった。
そこに混ざり合った黒煙が、ニジェの身体を巻き込みグルグルと渦を巻いた。
コリは叫んだ。
サニヤもロダも叫んだ。
メッサもセグもヘレも叫んだ。
「ニジェ~!!ニジェ!ニジェ~!!」
ニジェを取り巻いた彼女たちの足の先。
左目が赤い泉と化していた。