殺戮と滅亡 80~高床の家と5人のオランダ兵
5人の兵がそれぞれ持っていた5つのランプ。
4つは火をそのまま、ヴィンセントの足元に置かれた。
残されたたった一つのランプだけを頼りに兵は林を抜けた。
ヴィンセントは目を細め、暗い闇にぼんやりと消えていくその兵達の行方を見つめた。
5人が足音を立てぬよう向かったのは、林を抜けた一番手前の家。
草木の抜かれたそこまでは、湿地と軍靴の擦れる音。気を使うのはそれだけだった。
木々の影はもう無い。まだ暗い漆黒の闇であるが、澄み切る空気は仄かに、その家をオランダ兵の眼に映し出す。
「ここだ。」
密林の更なる奥地。住み続けているであろう高床のオンボロ屋。
「俺は人間だと思う。もしくは知恵のある動物。」
「この密林。生態系からいっても人だ。間違いない。」
「あ、お前は生物を学んできたのだったな。なぜそう言える?」
「ああ、この高床の高さだ。」
「高さ?」
「この高さはこの辺りの猛獣では登れる高さではない。しかしな、小動物なら軽々。」
「だから?」
「それは、ここに生きている者の上下関係。強さ弱さを表わす。」
「うむ?」
「獰猛な獣よりも臆病で、小動物よりは強いという事?」
「そうだ。その中間の生き物。きっと我々と同じ部類だ。」
「なるほど。」
藁と葦で葺いた屋根。やっつけ仕事の木造建屋。
その高い塒に登る為の梯子のような階段。
その階段下には、大きな樹皮布。
木の皮を小槌で叩き薄く伸ばした物。
叩かれて艶の出た薄皮は、オランダ兵のランプの灯りを受け、淡く黄金に光った。
その宵の色とは全く違う色の反射に反応したのか、床下からもぞもぞと逃げ出すものがいた。
兵達は静けさから動き出す何者かに声を上げそうになったが、熟練の兵士だ。
胸の高鳴る驚きではあったが、口は閉じたままだった。
出て来たのは、センザンコウ。
哺乳類でありながら蛇や魚のような鱗を持つ、タブー視される動物。アルマジロである。
少し引いた兵達ではあったが、一人の兵が右手を上げ合図を送った。
(さあ、階段を登るぞ)
その右手は腰のベルトの銃をもう一度握り締めた。
組み合わせただけの簡単な木造りの階段は、ギシリギリギリと音を立てた。
小さな音であったが、その音を森中の生物が聞き耳を立てている。
まだ明けぬ夜全てに、取り囲まれているようであった。
「気づかれても、もう良い。敵は人間だ。」
数段しかない階段を登り切った兵が言った。
「開けるぞ。」
※センザンコウ
ここでは日本表記の「穿山甲」をカタカナにしました。
アフリカ全土に分布するアルマジロのことであるまじろ。
姿形から、アフリカ部族にタブー視された生き物でありましたが、それゆえ逆に儀礼に置いては象徴的な生き物として扱われ、そのウロコはお守りとしても森の部族を守り続けて来ました。