殺戮と滅亡 76~ギザと子猿パタス
カザマンス王国に吹いていた西からの風は、東のマリの国とを遮る聳え立つ山脈にぶつかり、方向を東から西へ向けた。
その風はまだ流れ切れぬ西の風とカザマンス王国の湿地で体当たりをした。
互いの行き場を失った風はそこで渦を巻いた。
宮殿を取り巻いた渦は、その周りを数回廻ると西へと抜けていった。
常緑葉と枯葉の入り混じった塊りが、そこかしこに置き去りの山を作り、風に乗り聞こえてくる獣の遠吠えは西の獣から東の獣へとその鳴き声を変えた。
渦を巻く真っ黒な密林の闇は、月の光だけを背に受け、城壁を黒金に染めた。
城壁の上に飛び乗ったのは、パタス・ハッサーサル。
その身体は黒の体毛。胸から顔までを黄金に染めた猿。
子猿であった。
狭いブロックの上。
四つ足を互い違いに乗せながらスタスタ歩くと、宮殿を取り巻くカジュやムクロジの木の隙間からぽっかりと月が見えた。
尻尾を振り立て、そこに座った猿の風情は、まるで月を眺めているようであった。
しばらくすると頭を下に、6メートルの壁を直滑降にパパと降りた。
宮殿前の庭を横切った子猿は、ポンとジャンプをして、その欄間から中に入った。
向かったのはギザの懐。
年寄り連中と宮殿内で車座になっていたギザ。
無論眠るなど考えられなかった事態であったが、まだ幼いギザはうつらうつらと夢との境を彷徨って横になっていた。
子猿はその胸元にヒョイと飛び込むと、その手でギザの顔をパタパタと叩いた。
「ん?なんだよぅ。パタスぅ。」
どこぞの木から落ち、親猿とはぐれたまだ毛の生え揃わないパタスを助け上げ、森の奥から抱えて来たのはギザ。
つまり飼い主であり親だ。
「なあ、パタス。ここは今からたくさんの白いアクマが来るかもしれないよ。」
ギザはその産毛と変わらぬフンワリとした頭を摩るように撫でた。
「今日のところはさっ、森にお帰り。アクマが消え去ったらまたここにおいで。」
そう言うと、目を擦りながら先に眠りについたのはギザの方であった。
見届けたパタスは、また欄間に飛び乗ると、そこから森へと帰って行った。
落ち着いた風の渦は、そこで腰を下ろしたのか、
宮殿の城壁内を甘い香水の匂いで満たしていた。
※パタス・ハッサーサル
黒と黄色を体毛に持つ西アフリカの猿。
成長するに連れ、頭の両脇にミミズクのような立った毛を持つようになる。