殺戮と滅亡 68~香水の香り
「ニジェ殿。ムル殿。何か甘く香しい匂い。」
元ディオマンシの第6夫人、まだ20歳のヘレが鼻先を天に向けた。
カザマンス王国の西からは、その小高い山。吹きおろしの強い風が舞い降りた。
その風は普段は通り抜ける事も困難な木々の隙間を掻い潜り、この宮殿を渦に巻いて東へと通り抜けていった。
「霊媒儀式の終わったところで良かったわい。この風で葦を燻ぶらせたら、一気に燃え広がったというもんだ。」
ムルは象牙の玉を杖の先にパカと嵌めた。
『しかし、何の匂いであろう?』
ニジェは鼻をクンクンとした。
「花の匂いですかね? なにか甘い実のような。」
ヘレも同じ動作をした。
『嗅いだことがあるような、、、』
「花や実でしたら、こんなに強く匂うかしら? いくら風が強くたって。」
ヘレがそう言うと、コリが答えた。
「そう、こんなに尖る甘い香りは、どんなに風が強く吹いたって嗅いだことがないわ。」
「けど、コリ様。すっごくいい匂い。この匂いの風を追いかけたいくらい。」
それを聞きながら、ニジェはせっせと儀礼の後片付けを始めた。
(どこかで嗅いだ事がある。林の中や花の畑ではない、、、)
その匂いが、ニジェの頭を刺激した。
ピン!
『思い出した!!』
「どうしました?ニジェ殿。いきなり。」
『コリ!ヘレ!俺は思い出した!この匂い!』
「えっ、何の匂いですの?」
『フランス軍の匂いだ!!』
「フランス軍の!」
『そう!彼らは香りのする水をつけておった。』
「香りのする水?」
『ディオマンシの昔の宮殿。そこに入って来たフランス軍の補給兵からこんな強い匂いがした。』
「なぜそんなものを?男どもがつけるのですか?」
『ヨーロッパの軍は皆、携帯しておるらしい。奴らフランス軍が集会所に向かってきた時も。こんなに強い香りではなかったが、、、同じような匂い。』
「なぜわかるのです?その匂いが身に着ける水だと?」
『アゾに聞いたのだ。この匂いは何か?と。それは彼らの習慣。汗まみれの戦闘や行軍で臭く臭う体臭を消す物らしい。兵はポケットに皆持っていると。』
「確かに、花や果実の匂いとちょっと違うわね。作られたような匂いだわ。」
コリがそう言うとすかさずヘレが叫んだ。
「なにを、呑気にそんなこと言ってるんですかぁ!!そんなにのんびり構えている場合じゃな~い‼
フランス軍が近くにいるという事じゃないですかぁぁぁ~!!」
『確かに。それに、もしこれがフランス軍の匂いだとしたら、、』
「だとしたら、、、ここまで来たという事は、、」
『ファル王様達カザマンス軍は、、壊滅しておるかもしれぬ。』
「、、、」
『この風に乗るこの強い香り水の匂い。少しの兵ではここまで匂わん。大軍勢かも知れぬ。』
ニジェとコリは確かめるようにその香りを吸い込んだ。
「強い匂いだ。心して立ち向かわねば。」
コリが言った。
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「汗臭くてかなわん。」
シュっシュっ
1500のオランダ兵は西風の吹き抜ける林。
香水を身体中振りまいた。
その匂いを巻き込んだ風は山の麓へと駆け出したのだ。
※香水は紀元前3000年前には使用されていたという記述が残っています。(メソポタミア文明)
この後、古代ローマでは、アイリスやバラ、マルメロなど時折々によってブームがあったそうです。