殺戮と滅亡 66~酒と化したベリー
ヴィンセント達オランダ兵の前に現れたのは紫の原。
密林の山にしては木々の間が大きく開かれた空間。
斜めに射しこんだ淡く黄色い陽射しが、その紫を湯気立つように浮かび上がらせた。
もう全ての実は落ち、大地に朽ち果ててたが、その甘く香しい芳香は兵達の身を包んだ。
「これは?葡萄?」
「葡萄にしては実が小さくはないか?」
兵達は足元に形を残したままの実を手の平に乗せた。
「おい、お前。舐めてみろ。」
ヴィンセントが一人の兵にそう言った。
「えっ、毒見という事でありますか?」
『その実に毒が無ければ毒見とはいわん。あったなら毒見だ。ハハッ!』
兵は手の平に乗せた実をポイと口に投げ入れた。
ングング モグッ
「う、美味い!」
『ほ~う。』
寒暖の激しい山の上。その実は見事に発酵し、芳醇な香りが、兵の口いっぱいに広がった。
「なにか、ワインのぅ、、実となったワインを食べているようであります。」
彼はまた何粒かを手にすると、口に押し込む様にほうばった。
唇の周りがその色に染まった。
『大丈夫か?なんともないか?』
「もう少し毒見をしてよろしいでしょうか?あまりに美味しくて。」
『待て。残せ。全部食べるんじゃない。』
「いえいえ、こんなにも転がっていますし、数個なら。」
そう言うと兵はその場に腰をおろし、形ある実を手の平に山盛りと乗せ、むしゃぶりついた。
『おい!貴様!待てというておろうがぁ~!』
その声に兵はヴィンセントと目線を合わさんばかりに背を向けた。
ムシャムシャ
兵は今度は地面に出来た紫の水溜まりに顔を近づけ、その水をゴクリと飲んだ。
鼻と頬っぺたが真っ赤に染まった。
『貴様っ!待てんのかっ!』
いきり立ったヴィンセントはその兵の首根っこを掴むと、後ろにひっくり返し転がした。
兵は仰向けになって天を見た。
目の前にはヴィンセントの顔があった。
「おい!ヴィンセントっ!何をしやがる!! いちいちうるさいんだよ!」
『は~?お前!なにを俺に逆らっておるんだ!』
「ヴィンセント殿。この実は酒と化しておるようです。こいつは酔っぱらっておりますよ。」
横にいた一人の兵が言った。
『ふふ。酔っていまいが、酔った振りだろうが、こいつの本性だ。撃て。』
パ~ン!
兵の顔の全てが別の赤で染まった。
バタッ
『お前ら!この実は食べるんじゃない! お前らもこうなる事が目に見えるようだ!』
ヴィンセントは自分の軍靴周りの実を拾うと、自分だけムシャと嚙み砕いた。
「しかし、これはカジュではないようですね。カジュは白い実だという事でありますから。」
『わかっておる。白い実を探すんだ。』
「時期は大丈夫でありましょうか?その実がなっておる時でないと探すのは難しいと、、」
パンッ!パン!パ~ン
ヴィンセントはその兵も撃った。
『いちいちうるさいんだよ!』
ヴィンセントのその言葉は、顔を撃たれた兵と違わぬ文言であった。
オランダ兵は一度カジュの木を目にしていた。
それは黒く煤け、燃え尽きた旧ジョラの宮殿。
それを取り囲んでいたのは、ジョラの民が植樹したカジュの木であったのだ。
薄紫のレンズ豆に目を奪われた彼らは、そそくさとそこを後にしたからだ。
※宮殿周りを取り囲むカジュの木については、「カザマンス・FIRST」火蓋の上下6で触れております。
※本日・新作短編「清盛と謁見した未来人(今回はお勉強)」をアップ致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。
謁見シリーズ、第6弾であります。