殺戮と滅亡 62~身構えたオランダ軍
ヴィンセントは黒く煤けた宮殿を後にした。
彼の顔つきは明らかに変わった。それは狂った兵に蹴られた腫れた顎のせいではない。
銃の弾は兵全員に配られ、ベレー帽は鋼の兜にと替わった。
この先に誰かいる。ジョラなのか、まだ見知らぬ部族なのか?
フランス軍とは長い間渡り合ってきた兵達だ。
その強さは身を持って知っている。我らと五分と五分の力。その軍を以てしてもここまでの壊滅に陥れる部族。
ゆったりと構えていたオランダ兵の身体は緊張という空気に包まれた。
脇腹の筋肉はそこにももう一つベルトがあるかのように絞めつけられた。
「急ぐぞ!!」
1500の隊列はその場を期に、駆け足さながらに歩兵した。
しばらく東に向くと、またもや現れた。
その道の前だ。フランス軍の千切れ焼け焦げた軍服が至る所に落ちていた。木の枝にも吊り下がり、乾燥の風にハタハタと靡いていた。
なにかそこに餌でもあるのか、緑色の小鳥がその袖口を啄んでいた。
そこはジョラのグリオ。その集会所であった場所。
跡形も無くなった建物は、白濁の粉と化しそれがうず高く積まれていた。
声の無いフランス兵の骨の山だった。
「もう、見ぬでよい!さっさと進むぞ!!」
ヴィンセントは余所見をするなとばかりに、兵に声を掛けた。
これ以上の恐怖心を煽るのは、兵の士気にかかわると思ったからだった。
ヴィンセントから遠く離れていた後尻の兵達は事ごとにしゃべり出した。
「こんなにいとも容易くやられるものか?」
「死体の残骸はさっきの宮殿とここだけ。銃撃戦や弓矢を交わせば、もっと広範囲に爪痕が残るはず。ドンパチの跡が無い。一気に一塊を叩き殺す武器など持ってはおらぬはずだ。」
「恐いな。」
「ああ、恐ろしい。」
オランダ軍きっての先頭部隊も、この惨状にはワナワナと身を震わせた。
小高い山が目の前に反り立った。
「この書に寄ると、この山の向こう!大した山ではない!下れば湿地の密林地帯が広がっておるはず!そこに生えておるカジュ!根こそぎだ!根こそぎ抜くのだ!」
ヴィンセントはその山の麓。1500の兵に号令を掛けた。
「もし!もし!矢を放つような者が現れたら、かまわず銃でぶっぱなせ! そして血のついたままの奴らを木に吊るせ!見せしめにして我らに近づけぬようにするのだ!参るぞぉ~!」
「おー!おー!おー!」
「おぅ~!」
一人一人の兵が、キョロキョロと辺りを窺いながら、小高い山の林の中に消えて行った。
彼らは、鳥の羽ばたきにまで銃を身構え、時折はそれを打ち落とした。
発砲の音がする度に兵は腰を下ろし、兜を両手で抑える始末であった。
それは猛将ヴィンセントも同じであった。
1500の兵が山にどっぷりと消えて行ったと同時であった。
ファルとサバ、350のカザマンス軍が、この旧のジョラの村。ムルの家の前に降りて来た。
『懐かしい。』
ファルが言った。