殺戮と滅亡 50~狂ったオランダ兵
「おい、ヴィンセント!」
オランダ先頭部隊の最前列に走りこんで来た兵がいた。
ヴィンセント中尉。
彼は眉間で繋がる太い眉。大きな唇に右の前歯が半分欠けた髭面の大男。筋肉質のいかり肩。
眼の白目には赤い血の稲光が走っていた。誰が見ても強面の海軍兵だ。
その男に一兵卒の兵隊が、彼を呼び捨てにし言い寄って来た。
「おい、貴様!兵をなんだと思おておる!奴隷のように扱うんじゃねえよ!アホンダラ~!」
彼の眼は虚ろだった。どこか遠くを見ている眼差しは、この密林の恐怖に侵され、狂った様であった。そのせいなのか、自身の本性と本能が物を言わせたかのような、怒号のしゃべりであった。
「なんだ!貴様!誰に口答えをしておると思っているのか!」
「は?前歯の欠けたオランダのおっさん。」
ド肝を抜かれたヴィンセントは、銃を引き抜く事さえ忘れ身構えるだけだった。
サッと取り囲んだ3人の兵が、この狂った男を羽交い絞めにした。
ヴィンセントの部隊は先頭部隊というオランダ軍きっての精鋭揃いだ。
この暗闇とヴィンセントには怯えていたものの、元々は横暴な荒くれ者の連中だ。
「ヴィンセント殿。この狂った兵。撃ち殺しましょう。邪魔になりますので。」
その男の首に手を回していた兵が言った。
「逆らう者は仕方ないな。」
ヴィンセントが羽交い絞めにされた男の頬を撫でると、その手を自らの腰に回し、スッと銃を抜いた。
ブン!
その瞬間、男は片足をスクと上げると、ヴィンセントの顔を目掛けて蹴り上げた。
バン!
「うっ!」
男の軍靴の踵が、見事髭面の顎を捉えた。
ヴィンセントはパサッと、その場に蹲り顎をクキクキ動かした。
「痛たた。」
羽交い絞めにしていた3人の兵は、驚きの余その男から手を離してしまった。
ササッ
狂った男は一目散に茂みに逃げ込んだ。
パンッ!パンッ!パンッ!
顎に手を当てたまま起き上がったヴィンセントは、その兵に向け何発もの銃弾を放った。
パン!パ~ン! パン!!
一発がこの男のふくらはぎを捉えた。
この場にいた他の兵はというと、ヴィンセント以外には誰も実弾を備えていなかった。
そう、その一発に終わったのだ。
彼の姿は暗闇に消えてしまった。
消えた茂みの奥からその男の声が木霊した。
「ばかたれ~!下手くそなんだよ~!急所も捉えられないのかよ~!アハハハハハ~!」
「ヴィンセント殿!奴を追いかけましょう!脳天ぶち抜いてやりましょう!」
「もうよい。奴は狂っておる。銃を撃つまでもなく、既に脳天がぶちぬかれておる。」
ヴィンセントと兵達は、その真っ暗な林に目をやった。
「ハハハ~!アハハハハハ~!」
しばらくの間、その男の笑い声が、木々の間から鳴り響いた。
狂った兵は、幾つかの木に寄りかかりながらヨロヨロと進むと、力尽きたのかその草むらにバタと倒れ込んだ。
足元の葉に血が滲んでいった。
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「ファル様。何か血の様な、、、臭いがしませんか?」