殺戮と滅亡 46~ホウイジシン
夜が白み始めた。
ファル達裸足同然の足が夜露で膝の辺りまで湿り出した。
白んだのは遥か頭上。多くの葉に覆われたこの山は、夜とさほど変わらなかったが、時折漏れる木漏れ日がその夜露をキラリと光らせた。
「延々と続いているようですね。靴跡。」
『見えるか?千里眼。』
「靴の跡がこの幅を埋め尽くすという事は、かなりの人数。」
千里眼はそこに腰を下ろすと、まじまじと踏みつぶされた濡れた落ち葉を見た。
「あのぅ。走ってます。」
『なにが?』
「走ってます。小走りかも知れませんが。」
『虫?』
「オランダ兵。」
『え?』
「ほれ。軍靴の爪先部分がかなり深く掘れています。歩いているだけではここまで深くは掘れません。
私達が獣を見定める時、足跡で速さや大きさを判断するのと同じ。」
『なるほど、では急がねばならんが、走れるとはどういうことだ?』
「この密林を駆けるという事は、、、」
サバは顎に手を置いた。
『走れるという事は道が分かっている、、という事。』
ファルが言った。
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マンサ達も、カロに急き立てられながら、マルーラの木をくぐり抜けた。
モリンガの道に入った。
バブエは洞窟を見たさに、マンサ達と同行を決めたのだが、密林に入って周りを見回すと、マンサを筆頭にハラ、ガーラ、ドルンとこの地域に塒をもつ精鋭ばかりであった。
「痛ててて。」
「どうしたバブエ殿?」
「何か小指。足の小指にコチンと。」
それは木漏れ日の夜露にキラと黄金に光った。
バブエはそれを手に取った。真鍮らしき丸い物。
クルリとひっくり返すと付いていた泥を拭いた。出て来たのはグラグラと揺れる針。
「方位磁針だ。」
マンサが聞いた。
「ホウイジシン?」
「東西南北を示す物。」
「トウザイナンボク?」
「方向です。」
「あっちこっちって事?」
「まあ、そう言う事です。これをまだ他に持っているのなら。」
「どれ、見せてくれ。」
両腕を後ろ手に縛られたジルベール将軍であった。
「確かにこれは方位磁針だ。我が軍も使っておるが、オランダの物だな。」
「お前らも持っておるなら、なんでジョラを攻めるのにあんなに時間を要したんだい?」
ハラがジルベールに聞いた。
「それは使えんのだ。この森に入れば針はグルグルと廻り始め、一向に役に立たぬじゃ。」
「お前と一緒じゃん。」
「フン。」
「いや。この奥地全てではないだろう。使える場所はあるはずだ。」
バブエが言った。精鋭たちの中、少し役に立てた気がした。
「じゃあ、なんだ。フランス軍がダメダメって事じゃん。」
「フン。」
それを聞いていたマンサは見えない空を見上げて言った。
「けどそんなの私達は常日頃。太陽の向き、月の向き。星の動き。風や鳥の塒に帰る向き。目と耳、肌で感じる。身体でその全てを受け入れれば、おのずとわかる。」
(同じ人間でもこうも違うんだ、、、)
バブエは感じた。
※方位磁針=(方位磁石)
11世紀
中国の沈括の「夢渓筆談」の記述が始まりと言われる。
この方位磁針の改良により航海術は著しく発達し、大航海時代が始まります。
※沈括・北宋中期の学者