殺戮と滅亡 35~瓦礫の船・水の道
「そんなはずはない。目をよ~くこらせ。」
サバにそう言われたカロは両眼をススと擦ると、もう一度眼下をキョロキョロと眺めた。
「ない。」
「暗くて見えんのであろう?」
「いや、ない。ヤッサ売りの面子に掛けてもない。」
「どら。降りろ。」
サバはそう言うと、カロの登った同じ大木に足を掛けた。
「ない。船がない。4艘とも、、ない。」
『兄上。あの大雨。川が増水して流されたのでは?』
「ファル様が思っている筏のような物ではない。見た事はないかもしれないが、それはそれは大きな船だ。しかも私達は雨が治まり、その流れを見届けてからここを出発したのだ。」
『どういう事なのだ? とにかくそこまでいってみよう。』
地上を戻っていたサバとファル、350の兵は林の中を一斉に駆け出した。
「迷うなよ!固まって!次の井戸を見つけるのが先だ!」
矢を背負った褐色の兵は、さながら月夜に舞う黒いアゲハの群れの様に、木々の間をすり抜けた。
川の流れる音が、葉を割く音に勝るほどになったのは林の切れ間から、全貌が見えた時であった。
「うっわ~!!なんだこれはぁ~!」
「いったい、どうしたというのだぁ~!!」
川の流れを止めるほどの黒く焦げついた瓦礫の山が、骨組みだけになった船体の底、うず高く積もっていた。
瓦礫の山のあちらこちらから、燻ぶった黒煙が舞い上がり、そこだけ満天の月を隠していた。
「火がついたのか? 事故なのか?」
『兄上。蒸気の処理は怠りませんでしたか?』
「いや、ここに着いてからは炭は燃やしておらん。停泊しておっただけ。この往復も一日足らず。」
『では、燃えたばかり、、煙もまだ立ち昇っているし、、』
足元には焼けたデッキの床板が無数に落ちていた。
「火事ではこうはならない。ここまで飛んでいるという事は、、」
『爆破だ。』
その焦げた床板の幾つかを覆おっていたのは、フランス国旗だった。
国旗は真ん中から縦に真っすぐと引き千切れていた。
人の手に寄るという事は明らかだった。
ザブザブと川に入って行ったのはファルであった。
燃えたばかりの骨組みの船に近づくにつれ、水温の高さを感じた。
ファルはその上流に目をやった。
その先からは鬱蒼とし出す葦の茂みが大きく左右に割れていた。
普段は月明かりが届かない水面に、黒煙の切れ間からの満月がユラユラと映っていた。
『水道が出来ている。水の道。』
その葦をなぎ倒し航行していった船がいた。
倒れていた葦の水道の幅は、フランスの機帆船と変わらぬ大きさだった。
「オランダだ。まだいたのか。しかしもうこの先は大きな船では無理だ。どこに行くんだ。」
『ジョラだ。カザマンス王国。間違いなく我らの国に向かっておる。』