殺戮と滅亡 14~バンジャマンとジョセフ・監獄でのひと夜
カザマンスに来襲した大雨。
その2か月前。マルセイユ港の沖合だ。
イフ島のシャトー・ディフ。涼やかに流れる海風。往々と舞うカモメ。
海に跳ね返った太陽光は、この監獄の石造りの城壁を鮮やかに照らし出していた。
しかし、その石畳の回廊に一歩入ると光の届かない暗闇の世界が広がる。3人も入ればギュウと詰まる牢屋。その中にフランス奴隷商人バンジャマンと、ジョセフはいた。
二人の部屋は幅1.5メートルほどの石の廊下を挟んだ向かい合わせ。
お互いの顔を見合わせながらの監獄生活が始まった。
30センチ四方の小窓がついた壁の下、二人は同じ様に牢屋の隅に膝を抱えて座っていた。
「なあ、バンジャマン。教えてくれ。なぜジルベールはあんな何もない僻地、カザマンスに国を造ろうとしているのだ?」
檻越しにジョセフが話しかけた。
「お前なぜ知っている?そんなことを?」
「ロベール大尉を知っておるか?バンジュール駐留軍のトップ。彼から聞いた。死ぬ間際に。」
「ロベール大尉?亡くなったのか?」
「オランダの軍艦にな。」
「なぜ亡くなる間際にお前が?」
「室の管理官のバブエが行方不明になってな。ゴレ島の沖合を捜しておった所に流れ着いた。タグボートに乗ってな。」
「なるほど、バブエがいなくなったのも気になるが、、、教えてやろう。なぜジルベールがあそこに国を造ろうとしておるか。どうせ俺もお前もここからは出れん。」
2人は部屋の隅から檻の鉄格子の前まで歩み寄り、またそこで屈んだ。
「この時間は刑務官は昼飯に行っておる。今なら大丈夫だ。話してくれ。」
「ジルベール将軍、奴がなぜカザマンスに国を造ろうとしているか。あそこには金が埋まっている。」
「金?」
「金といっても金貨ではない。カジュという酒だ。」
「酒がどうかしたのか?」
「透き通る青のワイン。見た者は皆、目を覚まして見開く。この地マルセイユのロゼにも匹敵するほどの痺れる味わい、芳香極みの如し。」
「それは凄い。しかも青、、欲しがるな。金になる。」
「ジルベールはそれを世界中にバラ撒く。富を得ながら巨大な国を造ろうとしているのだ。」
「では、目的は国造り。手段はそのカジュという酒?」
「その通りだ。」
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その夜の事だった。
ガツガツと数人の足音が牢獄の石畳みに響いた。
ウトウトとしかけていたバンジャマンとジョセフは目を覚ました。
ジョセフの檻の前に立った。
ベルトラン中佐と5人の軍刑務官であった。
バンジャマンの檻からは彼らの背中しか見えなかった。
(ジョセフに用事か、、)
『おい!ジョセフ! いや、オランダ人ヤンセン!立て!』
ベルトランの声は牢獄の隅々にまで轟いた。
「えっ、なにか?」
『お前を今からオランダに移送する。我がフランス軍はオランダ人にくれてやる餌などないのでな!ハハッ!』
「オランダのどこへ?」
『デン・ハーグ監獄だ。スペイン経由のオランダ行きだ。』
「えっ!あそこは処刑部屋が隣接している、、ギロチン処刑の、、」
『大丈夫だ。ギロチンてのはな、身分の高い者しか受けられぬのだ。安心せい!ハハハ』
このバンジャマンとジョセフ(ヤンセン)の一夜の会話が、彼の地「カザマンス」に巨大な風を巻き起こす事になる。