マンディンカ闘争 29~神との引き換え・鳴り響いたマンサの泣き声
「ぎゃ~!!」
マンサが悲鳴を上げた。
筏の背後から這い上がって来たのは体長80cmほどの小型のワニ。
ワニはその床の上をあっという間にスルリと横切った。
「ああ、ビックリ。」
気を取られたマンサの後ろで大きな波が起きた。
『マズい!!マンサ!危ない!後ろぉぉ!』
水面から顔を出したのは鋼のウロコを持つクチナガワニであった。
筏の端に前足を乗せると、それを川底に引き込むように大きくグラリと揺らした。
ワニは筏の柵を口を開いてへし折った。
『マンサぁ!!下がってえ~!!』
ファルはワニとマンサの間に割って入ると、その光る琥珀の目玉を銛でガバと突いた。
ワニは奇声をグワと上げると、牙を剥き出しにしたまま、グルグルともんどり打った。
暴れ出す巨体は筏をグワリグワリ大きく揺らした。
マンサとドルン達は筏の柵に掴まった。
『うわぁああああああああ~!』
銛を放さなかったファルは、ワニの動き同様に振り回されると柵に頭を打ち付けた。
ヨロ ガン!バッタ~ン!
ガブッ
『わわわわわぁあぁぁあ~!』
その悲鳴は岸の木々に止まっていた鳥たちを一斉に羽ばたかせた。
ワニはファルの左ひじに食いつくと、そこから下を水中に持っていった。
ザッブ~ン!
「ファル!ファル!しっかりして!!」
ファルは、その場でのたうち回ると左腕を抑えながら、バタと倒れた。
マンサは自分の腰紐をサッと引き抜くと、ファルの腕に巻き付けた。
「ドルン!血を!血を止めないと!」
ドルンも腰紐を抜くと、ファルの腕をグルグルと雁字搦めに巻き付けた。
「足りん!足りん!皆も腰紐を!」
紐は滴りながら真っ赤に染まっていった。
「ファル様は俺とマンサ様でみる! お前らは獣を見張れ! アコカンテラが効くまでは何が襲って来るかわからん!」
「ファル~!ファル~!」
マンサは泣き叫んだ。
「私を庇ったばっかりに、、」
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川面に波は立たなくなった。静かにゆっくりとアコカンテラの実が流れ去るのみ。
しばらくすると、数千匹であろう川の小魚が横になって浮き出した。川がその小魚に埋め尽くされると、その群れを押しのけるように数十頭のワニの白い腹があちらこちらで水面に現れた。微塵も動かなかった。
一瞬にして変わった光景はこの世の物とは思えなかった。
「恐るべしアコカンテラ。」
ドルンはポツリと言った。
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「ファル。ファル。」
マンサはファルの顔をジッと見ていた。
『おお、マンサ。かなりの痛みだが、血さえ止まれば大丈夫だ。もう少し耐えよう。』
床に倒れたままのファルは目を見開いた。
「なんて事なの、、」
『いや、これは神への捧げ物だ。これでもまだ足りぬだろう。しかし神は生贄にするどころか、この腕一本でお許しくれた。この何事もなく平和に暮らしていた清流の密林を汚したのはオレ達だ。オレ達の勝手な都合だ。このくらいは捧げねばと最初から思っておったよ。』
「そうせねばならなかったのは、フランス軍のせいよ。やっぱり奴らが悪い!」
マンサはファルの胸元に抱きつくと大声で泣き叫んだ。
アコカンテラの森になった川沿いの密林にその嗚咽だけが鳴り響いた。