奴隷の行方 56~「モンスーンだけには気をつけろ!」
ユラユラと揺れる縄梯子をシカと握りしめ、一人また一人と褐色の奴隷達はバブエ達の乗るパルマランの船に降りていった。
ギュウギュウとうねり鳴るその縄には、時々何羽ものカモメが降り立ち、彼らを見守るかのように共に揺れていた。
彼らはその船の甲板に足をつけると、そのままヘタリ込んだ。
暴れ出す者などいなかった。
それぞれの部族の地。足首まで浸かる湿地。粉塵の舞う乾燥の町。その中を鎖で繋がれ鞭で叩かれながら連行された日々。ダカールの仮置き場、糞尿と死臭の中での生活。大型船の揺れに耐えきれず吐き出した胃液。嵐の中での踏ん張り。
今度は降り立ったこの船に揺られ、マンディンカでの奴隷生活が始まる事を思うと、暴れ出して何になろう。その気力さえ到に削ぎ落されていた。
足首の鎖と鉄球は外れたが、長い間嵌めていたそれは、外した後も彼らの足に重みを与えていた。
染みついたそれは、未だ解けてはいない感触を彼らの脳に伝えていた。
ただ、彼らが海に身を投げる事を踏み留まったのは、カロとダラが歌い出したあの歌のおかげである事に他ならなかった。
「アラン殿~! 完了致しましたぁ!こやつが最後の1人です~!」
それはカロであった。
カロは右足を縄梯子に掛けると頭上にいたフランス兵にペッと唾を吐いた。
「覚えとけよ!お前ら!」
そう言うとスルスルとパルマランの船に降りて行った。
『良し!これで全員!』
日が沈みかけていた。西に浮かんでいる太陽は、もうその姿を隠さんばかりであった。
甲板には奴隷達の細く長い影が連なった。
アランはバブエの指示通り船の上のカザマンス兵に声をかけた。
「お前らはまたダカールに戻れ!!これでは足りん!ジルベールもお怒りになる!次の奴隷を積みに戻るんだ~!俺からの命令だ!」
そう言うとアランはその場にヘタリ込んだ。
ブラルがあてがっていた槍は彼の腰から放された。
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『アラン殿!ご協力ありがとうございました。』
「、、、、」
バブエは無言のアランに声をかけ、肩に手をやった。そして、奴隷達を乗せて来た船を指差した。
『ご覧になって下さい。アラン殿。』
アランはバブエに促され、船室から窓の外を見た。
オレンジに染まる2艘の甲板の上。緩やかな風が靡いていた。その手摺りの前線には理路整然と一列に並んだ200余ものフランス兵達がいた。
皆の左手は軍帽を手に、パルマランの船に向かって大きく振られていた。
誰であろう、大きな声で号令がかかるとその左手は一斉にアランへの敬礼にと変わった。
アランは窓から顔を出すと右手を振った。
「モンスーンだけには気をつけろ~!」
この言葉だけはバブエの指示ではなかった。
アラン少尉の彼らに対する唯一の労いの言葉であった。
そして彼もまた、へたった腰を垂直に立て直すと彼らに敬礼を送った。
軍事用大型船2艘は、再び舳先をダカールに向け、太陽と共に地平線に消えていった。
アランはその船が消えるまで敬礼を解かなかった。




