奴隷の行方 49~モンスーン・甲板に跳ね返ったロドルフ
『なあ、ブラル。風が濡れてはいないか?』
「風が濡れるとは?」
『湿った風が身体に当たらないか?』
「そう言われてみれば、、」
『雲行きが怪しい。見てみろ。遠く西の空。』
「あの黒い雲は!?」
『もう少し行くとパルマランという内海に面した町がある。そこに一旦船を着けよう。昔は楽園の様な町だったが、今はフランス兵が駐留しておるかも知らん。しかしこの雲の下、奴らは近づけまい。』
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カザマンス送りの奴隷を載せた2艘の軍事用蒸気船は、バンジュールに向け航行していた。
真上の熱い太陽がジリジリと甲板を焦がしていた。
奴隷達に繋がれた鎖と鉄球は煮えたぎっていた。
「ダラ。あれを見ろ。帆にも帆柱にも無数のカモメとアホウドリがおるぞ。」
「骨休みですかね?」
「違う。甲板の手摺りにもだ。ずらっと。」
「異様ですね。この空の全てのカモメとアホウドリが集結してるようでありますよ。」
「訳がある。空を舞えないわけが、、、ほら、西の空を見てみろ。真っ黒な雨雲。ここからでも細い筋の様な稲光が見える。」
「あっ!この時期は!」
「モンスーンだ。」
アッという間であった。
靡いた風がカモメたちの羽毛をサワサワと揺らし出した。
すると、西からの黒い雨雲が一気に東へ上り始め、瞬く間に熱い太陽を覆い尽くした。
ひゅ~ん!ビュ~ン!
ザザザザザザザアァ~!
突然の豪雨が強風と共に蒸気船を刺す様に突いた。
穏やかであった波は、うねりを上げて船の頭上を襲った。
「ロドルフ殿~!モンスーンであります~!」
「船が!船が!ゆらゆらと傾いております~!」
甲板で奴隷達を見張っていたフランス兵が船室の角柱にしがみついて、中の者を呼んだ。
軍帽はすでに飛ばされ海の藻屑となっていた。
「帆だ!帆を畳め~!煽られるぞ!転覆するぞ~!急げ!急ぐんだぁ~!」
船室内にいたフランス兵達は一斉に甲板に出た。
「うおー! 海に落ちるぞ!」
「なんでもいいから、しがみつけ~!帆の下まで行くんだぁ!」
蒸気船は右へ左へと大きく揺れた。
甲板は幾度も巨大な高波を被った。
奴隷達は甲板の手摺りに掴まり、しゃがみ込んだ。
揺れに任せたその尻は甲板の板を叩き続けた。
海に投げ出されんばかりであった。
括りつけた帆の根元をようやく解いたフランス兵が、その狂い靡いた帆に叩かれ海に放り込まれた。
「うあぁぁー!」
ドっボーン!
「うあうあうあ~!」
ドボン!ドぼん! dobo~nn!!
帆を下ろそうとした兵は悉く海に投げ込まれた。
「ロドルフ殿~!ダメです!無理です!」
フランス兵がヘイヘイの体で船室に声を掛けると、二階の窓からその様子を窺おうと、ロドルフが身を乗り出した。
と、その身体は突風に投げ出され、濡れた甲板の上に叩きつけられるとポンと跳ね返り、高波の黒いうねりの海にあっけなく消えていった。
「ロドルフ殿~!~!」
うねりはその声までも掻き消した。
※モンスーン・日本では季節風と表記されますが、ここ西アフリカではいわゆる台風の事であります。
※パルマラン・現在ではセネガルの一大リゾート地。綺麗な遠浅の海とコテージが軒を連ねる楽園の様な町であります。宜しかったらネット等で検索してみて下さい。




