静かなる内戦18~ムル
ファルは記憶にあった。
幼い頃、高熱に襲われ、
霊媒のためンバイとマリマに、ムルの家に連れて行かれたことを。
そこには藁や布で作られた沢山の汚れた人形。祭壇には雨乞いの生贄となった小動物の無数の乾燥した死骸。それらが部屋中のにおいを占めている家だった。
ファルはその初めて見る異様な光景に、すっかり熱が冷めてしまった。
『爺、そんなことをしていたら皆に置いてかれるぞ。ほら、他の年寄も先に行ってしまっている。』
『ついて行ったところで戦力にはならん。お前には迷惑をかけるが。』
と、爺は立ち止まって、持っていた杖の握りの部分を柄からポッと抜いた。
〔取り外ずせんだ。〕
爺が握っていたのでわからなかったが、片手で覆いかぶせられるくらいの象牙の球だった。
それは雨に濡れ、真珠のように光っていた。
爺はその球を左手に持つと、また歩き出して小さな声で唱えだした。
【オー、大いなる大地
大いなるカザマンスの流れ
水はどこに流れ 木の実をどこに運ぶのじゃ
この世のあらゆる万物よ 我れに教えたまえ
この地を誰が救い、どなたが導いてくれるのか
それは太陽の神なのか月の神なのか 風なのか大地を覆う雲なのか
空を舞うトゥーカンなのか 草原に生える一本の大木なのか
賢者ライオンの王なのか
それともカザマンスの民なのか
ジョラの民をお導きくださるすべての神よ
お教えください〕
その時ムルは象牙の球を手元からスルと落としてしまった。
球は水に浸かったファルの足の甲に当たり、水中に沈んだ。
『痛ッ‼ 爺、痛いよ。』
そう言いながら、ファルは川の水から掬う様に球を拾いあげ、少し水を切って手渡した。
『ほら、爺』
『オオッ?』
爺は球をもらうとしばらく球をクルクル廻し、付いた水滴をジーと眺めた。
『どうした?爺?』
『いや、なんでもない。進もう。』
ムルの爺はまた歩き出した。
その球の無数の水滴にはすべてファルの顔が映しだされていた。




