奴隷の行方 38~奴隷の悟り
『カロ。ダラ。おるか?』
ダカールの奴隷仮置き場収容所は、各地から集められた500余人の褐色の人間でギュウギュウ詰めであった。 本来ならゴレ島に順次送られるはずのものが、ここで足止めを食い、カザマンス奴隷連行部隊の到着を待っていたからだ。
ここの入室を許可されている管理官バブエは、その中にいるはずのヤッサ売りの二人を探した。
それは西アフリカ人のバブエでさえ皆どれも同じ顔に見えた。ここにいる者全てが、丸刈り頭で丸裸によるものであった上、小さな小窓一つの光りしか差し込んでいなかったゆえである。
(どこだ、どこにおる?)
『カロ!ダラ!』
「誰?」
バブエの足元から声がした。
壁を背に膝をかかえ、蹲った2人の男。繋がれた鉄の鎖の先には重い鉄の球。
バブエは腰を屈め2人の顔を覗き込んだ。
『カロか?ダラか?』
彼らの顔は、時も経たぬ内にゲッソリと頬が削り取られ、目の辺りにうっすらと面影が残る程度であった。
「あっ、バブエ」
変わらぬバブエの顔に先に気づいたのは奴隷2人の方であった。
「なにか用か?裏切者。」
『おー!カロにダラだな。』
2人はそれには返事をしなかった。
『あのな。先に言っておくが、、、サール殿が亡くなった。』
「はっ!?」
『フランス軍警察に射殺され、ゴレ島の断崖から崩れ落ちた。』
「えっ!」
『騙したのは悪かったが、ここにお前らを奴隷として収監したのは、サール殿の意向かと思う。』
「どういう事だ?」
『お前たちは南米送りにはならん。この地アフリカに留まる。』
「ん?どこに行くのだ?」
『カジュのあるカザマンスだ。マンディンカの開拓に向かうのだ。』
「マンディンカぁ!ここにおる者みんなか?」
『そうだ。カザマンスの部隊が来るまで。』
「それで、身動きすら出来ないこんな状態に、、」
しかし、ヤッサ売りの2人は地の利も分からない南米送りを免れた事だけでも安堵した。
バブエはカロとダラの前に顔を近づけると小声で話し出した。
『お前らにやって貰いたい事がある。』
「俺達がお前の言う事を聞くと思うか?信じると思うのかい?」
『サール殿の意向だ。騙したのではない。意向だ。』
「まあな、俺達はここに入れられてからは、奴隷はもちろん死も覚悟した。生き延びていけるのなら、もう騙されようが騙されまいがそこに意味はない。 植物学者のお前に言うのもなんだがな。葉を捥がれようが枝を切り落とされようが、生きていければいい。 悟ったのだ。すでに俺達は砂嵐の中のポルンの様なものだ。あの木はフランスに送られ、捨てられたのであろう? 奴隷も同じ。送られ、捨てられる。 しかしな、しかしだ。あの木は騙されたと思ってはいまい。その地でその地の風に乗せまた種を撒く。生きていれば何かが起こるのだと。」
『お前ら、、凄いな。』
バブエの目元から落ちた涙が、抱えていたダラの膝をポツと濡らし、スッーと足首まで滴った。
(死と直面した奴隷の中には悟りを開く者もおるんだ。)
「わかった。騙されてみるよ。」
※奴隷の行方36~番外「ルーガの青年とフランス陸軍大佐」
の冒頭に童晶自筆挿絵を入れてみました。
稚拙な色鉛筆画ではありますが、宜しかったらご覧くださいませ。