奴隷の行方 35~赤い日・遅かりし改心
奴隷船アデレイド号はゴレ島に接岸した。
ゆっくりと桟橋が渡された。
サールはこの奴隷船からあの2人が降りて来ぬはしないかと、葉巻をくゆらせ岸壁から眺めていた。
しばらくをここで過ごすフランス兵達がぞろぞろと下船し始めた。
夕間詰の橋をがガヤガヤと渡っている。
しかし、ここから南米に向かう奴隷は今はいない。エストレーの要塞は空だ。
(武器や食糧を下ろすだけだな。南米や北アメリカにはここからの食糧のみ。彼らも身が軽いであろうな。)
降りて来るのは皆フランス陸軍兵。水夫達は乗ったままだ。彼らにはアデレイドのメンテナンスという仕事が残っている。
(やはり降りて来ないな。この船ではないか、、)
すると、またしてもバブエの乗った蒸気船が崖の下に現れた。
『どうしたぁ~!バブエぇ~!おー!ブラルも!』
「いえ、アデレイドが入港したと聞いたので、ブラルを連れて様子を見に!」
『今見ておったんだがな、この船には乗っておらぬようだ~!』
「まだ、先の船ですかね~?」
『たぶんな! いつになるかわからんがきっと戻ってくるわ~!』
「では、またぁ!」
蒸気船は夕暮れの空に黒い煙を吐き上げ旋回を始めた。
手を振り終わったサールの背中から声がした。
「奴隷商人!サールだな!!」
フランス訛りのセレール語だった。
「こちらを向け‼」
それはたった今、奴隷船から下船したばかりのフランス軍警察5人であった。
「バンジャマンを知っておるであろう!全て吐いたわ!アキーの実と偽りアコカンテラを密輸したな!いらぬ奴隷も、廃止令が敷かれた事を知って送りつけたであろう!フランス人に罪をなすりつけ騙しおった!我らを舐め腐ったな!!」
『うぐっ』
一瞬の静寂の後だった。
5人の銃口がカチャと音を立て、サールに向けられた。
「撃て。」
パンパンパーン! パン!!パン!!
5人の軍警官は、一切の躊躇いもなくサール目掛けて銃を放った。
パン!パパン!!
銃重に仰け反ったサールの両手は大きく広がった。
そして背面から崖下へと真っ逆さまに舞った。
葉巻は到に口元から吹き飛んでいた。
「あぁぁっ!サール殿ぉぉぉお~!」
旋回中の蒸気船に乗ったバブエとブラルはその音に振り向いた。
「わあ~!サール殿がぁぁぁあ!」
薄れていく意識の中、宙に舞ったサールの目に映った最後の光景は、赤く照らされた桟橋を渡って来る褐色の2人の奴隷であった。
彼はそこで息絶えた。
ドっボ~ン!!
大きな水の輪が泡を立てて広がった。
その周りを、銀色の鮫の背びれがグルグルと取り巻いた。
大海を覆っていた赤い日は、その血の色を海中に溶け込ませた。
奴隷船アデレイドの甲板では、多くの水夫達がその光景を野次馬の様に眺めていた。