奴隷の行方 34~サールという男・夕日のアデレイド
「もうよい。やらなくてもよい。」
「まだ、途中ですが。」
「もうよいから早く配備につけ!今夜出航だ!」
奴隷船アデレイド号の水夫達はデッキブラシをポンと放り投げた。
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サールとバブエ、奴隷狩りの隊長ブラル。
3人は真昼のダカール港露店街にいた。煙と蒸気が立ち込めるマフェ料理の店だ。
皿に盛られたビーナッツベースのソースアラシットを口に含むとサールは話を切り出した。
『俺は奴隷商人から足を洗おうと思っているんだが。』
「は?どう致しました?サール殿。らしからぬ物言い。風の吹き回しがおかしい。」
『モスクへな。初めて入ったんだ。お前らは知らぬかも知れぬが、ゴレの島内に一つだけあるんだ。』
「ほ~う。」
バブエとブラルは同時に声を出した。
『中に入ったとたん突然身体が入れ替わった様にな。一瞬にして心も抜かれた。あの空洞は人を変える。』
「そんな建物が?」
『よく考えてみろ。同じこの大陸の仲間。同じ褐色の肌。同じ民族。それらを全て奴隷として売りさばき、使えぬ者は殺し。今、この国この部族はどうなっておる? 働き手を奪われ、残された者は皆貧困に喘いでいる。』
「確かに。」
バブエとブラルはパチクリと目を合わせ、また一緒に返事をした。
「しかし、サール殿が足を洗うとなると我ら部隊はどうすれば? 全てサール殿のお金で賄っておったのですよ。」
『この金は、我らアフリカに息づく民に使おうと思ってるのだが。パーニュしかり、カジュしかりだ。』
ブラルはニコリと笑った。
「サール殿。私も実は、この奴隷狩りに辟易としておった所でございまして。金の為とはいえ。心の内では悲しい事だらけで胸が張り裂けそうでありました。」
『そうであったろうな、、、これからはこの国を守り、我らの力でフランスを追い出そうじゃないか。少ないが俺のもっている金はそこにあてがう。』
「わかりました。ご協力いたしましょう!」
バブエもブラルもニコと返事した。
『なにぶん今は奴隷はゴレに渡っては来ん。全てジルベールがこのダカールから引き取るそうだ。俺も焼き印を打たずに済むし気は楽だ。しかも今は仕事がない。その間にフランスに送り込んだ2人が戻ってくればよいのだが、、』
「サール殿。変われば変わるものですな。ハハッ!」
ブラルは笑った。
「皆、心ではそう思っていたんだ。」
バブエが呟いた。
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ゴレ島に戻ったサールは、エストレーの西側の岸壁に立ち、フランスからの奴隷船を待った。
今日に限った事ではない。毎日のことだった。
葉巻を口に咥え、舌にこびりついたマフェの残り香を打ち消すと、沈む日を眺めた。
葉巻の煙。その向こう。水平線の彼方に黒い塊りが見えた。
紺碧が橙色に染まりつつある大西洋の荒波。沈む夕日を背に受けていた塊りは、徐々に大きくなって、ゴレに舳先を向けてくる。
サールは滲みた煙と共に目を細めた。
浮かんでいたのはフランス奴隷船アデレイドだった。
※マフェ
セネガルの家庭料理。野菜を盛り込んだピーナッツバターとトマトペーストを基調にしたシチュー。
カレーライスの様にご飯の上にタラリとかけて食します。




