奴隷の行方 33~サールという男
マルセイユからの奴隷船はアデレイド号であった。オロールに比べるとかなり古く、奴隷船としては最も古い船であった。
フランスから西アフリカへ運航するこの船は、主に武器を積む。鉄火器や火薬だ。
「なぜこんな奴隷達の居座る船底を磨くのだ?」
「わからん。吐き気がしてくるわ。」
「全くだ!臭くてたまらん!」
フランス人水夫達は、ボロボロの床板をデッキブラシでゴシゴシと擦った。
「前代未聞だよ。フランスからアフリカに奴隷を返すなど。放って置けば良いものを。」
「お前ら何をしゃっべっておる! 良いから磨け! これから乗り入れてくる奴隷2人。ゴレの商人から手厚くと言われておる。」
「なぜ?奴隷を?手厚くとは?」
「俺も知らん。ただ、その商人から多額の金をな。積まれた。」
「とにかく良いから磨いておけ!」
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黒い黄金と言われたゴレ島。
エストレー要塞と呼ばれる奴隷収容所の入り口は、赤い半螺旋のファサード。
サールはこの2階にいた。
バンジャマンと奴隷2人を見送った後のサールは、徐々に変わって行った。
モスクに祈りを捧げてからだ。
サールがモスクに入ったのはあの時が初めてであった。
モスク。それはイスラムの礼拝堂。アミニズム主義の彼は一度も踏み入れた事がなかった。
それは、黄色く塗られた土壁。青い鉄柵の中にあった。
中に入ると、何もない。神や預言者の像もない。
壁には幾何学模様の絵が描かれているだけであった。
(私は知らぬ間に何人の敬虔なグリオ達を奴隷として売り飛ばしていたのだろう。
パーニュにしてもそうだ。それは我らセレールの誇りだったはず。そしてカジュはジョラの生活の一部だ。フランス人やアフリカ商人の金儲けの物ではない。ジョラを襲うなどもってのほか。 俺はこのアフリカの大地の人間だ。フランス人に媚びを売り、オランダ人に頭を下げ、、もう決めたのだ!もう易々とフランスに手渡すまい。)
サールは帰らざる門をくぐり抜けると足元の大きな敷石に目を奪われた。
(いったい何人の奴隷が歩けばこうもツルツルにすり減るのだろう?)
ゴレの岸壁に立った。
(あの2人が戻って来たら、ジョラに戻そう。それまではここに居座るしかないが、、)
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岸壁の下、一艘の蒸気船が白い煙を吐いて止まった。
乗っていたのは、バブエであった。
「サール殿~ォ!」
『おっ!どうしたバブエ~!』
サールは手を振った。
「あのう~!良い報せが~!」
『良い報せ~?』
「はい!はい!はい!はい! ジルベールがダカールの仮置き場に収容されている奴隷を、皆カザマンスの開拓に駆り出すと!連れ戻せと!」
『開拓~?終わったんではなかったのか?』
「それが、ほぼ終わったはずが、、、わかりませんが~!」
『わかったぁ!ありがとう!バブエ~!』
(人手が足りなくなったようだな。かなりの手薄。戻す奴隷の中にあの2人を紛れ込ませる)




