奴隷の行方 27~マルセイユの葡萄農園
南フランスのワインはグルナッシュ。この地方では水がわりに飲まれていたロサートと呼ばれるロゼだ。
グルナッシュは高温と乾燥に強い。土壌に合えば植えっ放しでも実はつく。カザマンスとて同じだ。
輝きのある淡いサーモンピンクのそれは苺や花の芳香を連想させ、プロヴァンスの人々はこれを好んだ。
辛口のロゼだ。
バンジャマンは、ここにも目をつけた。透き通る様な水色のカジュ酒は、喉元をピリリと過ぎる辛口だと聞いたからだ。これはまさしく、青きグルナッシュ。サーモンピンクのロゼを好む者、必ずやスカイブルーのカジュは好まれるだろう。誰も見た事のないこの酒はきっとこの地に根付き、ヨーロッパの隅々にまで浸透してゆく酒になるであろうと。
バンジャマンはその酒を独占する。
その青と同じ。マルセイユの空もまた水彩画の様に突き抜けるブルー。真っすぐに伸びた雲は白い絵の具をつけた刷毛が作ったようであった。
グルナッシュと呼ばれる葡萄の木は、その雲を見上げる様にどこまでも果てしなく、何十もの列を作り並んでいた。
バンジャマンは黒いフェルトのボーラーハット(山高帽)に黒の燕尾服。
二人乗りの幌付きの馬車には、フランス人通訳と2人。通訳マルタンは以前、西アフリカで部族との交渉をしていたマルセイユ出身の男だ。
馬車の後ろには大きな木箱が2つ。馬車に繋がれた荷車の上だ。
その木箱の上には2人の褐色の奴隷。木箱に繋がれていた。
馬2頭がそれらを引っ張った。
緑から赤に斑に変わりつつあるグルナッシュの葉。そこに零れる紫の葡萄の果実。
彼らはそれを右手に農園主アランの家に着いた。
赤い煉瓦のそれは、葡萄園に似つかわしい。自然に種がこぼれ落ちたのか、煉瓦には葡萄の蔓が屋根までをも覆っていた。
トン!トン!
「アラン!アランの爺はおるかい?!」
マルタンはその家の木戸を叩いた。
「今、行く。」
木戸がギイと開いた。
アランは顎に白髭を生やした70になる男だ。農園仕事に費やした顔はシワが深く濃い橙色に焼けていた。
『連れてまいった。この男と女だ。世話をしてやってくれ。』
「おやおや、これがアフリカのお人かい?」
『そうだ。これから厄介になる。』
「いやいや、わしには無理じゃ。マルタンにも言ったであろう? 奴隷などわしには扱えん。なにしろ可哀そうではないか。こんな事をしおって。鉄球を外して差し上げろ!」
『アラン、まあまあそう言わず。ほれ!お前らご挨拶をせい!』
「、、、、」
『おっ、言葉が分からんかったわ。マルタン頼む。』
バンジャマンは言った。
「この2人。丸坊主ではありますがこちらが男の、、なんだ名を言え。女の方も。」
マルタンが奴隷2人を促した。
「俺はバーコ、私はマヌ。」
「え~。男がバーコ、女はマヌであります。」
『んん? バーコ? マヌ?』
バンジャマンは仰け反った。
(名が違う、、)




