奴隷の行方 26~マルセイユ港
西アフリカの楽園カナリア諸島沖。真っ青な空にアホウドリが悠々と舞っていた。
海面では海犬と呼ばれるアザラシがユラユラと浮かび、通り過ぎる船を見つめていた。
奴隷船は7つの島をくぐり抜けていた。
バンジャマンは奴隷船の甲板の板を外すと異臭の残る真っ暗な船底を覗き込んだ。
「2人とも~生きておるか~?!」
「!!!!!」
何と言っているかは聞き取れなかったが、声が返って来た。
相手も聞き取れぬのであろう。ただ、口の中から音を発しただけの様であった。
「生きてはおるな。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
紺碧の地中海。そこに現れたのは白い石灰質の丘の上、見下ろしているのは、ノートルダム・ド・ギャルド大聖堂だ。16世紀には軍事要塞となった寺院ではあるが、ロマネスク・ビザンチン様式を用いた要塞の中に礼拝堂を置くという前代未聞の建物だ。
その大聖堂はマルセイユ港の守護神さながらどこからでも目に入る。
入り江を渡るめがね橋。魚を売る漁師。破堤の上に一列に群れるカモメ。急な斜面に折り重なる家々は、港の周りを取り囲む。
埠頭を吹き抜ける南風が心地よい。
バンジャマンは母国フランスの地に、その足をつけた。
彼は知っていた。
マルセイユはフランスワイン発祥の地。これより2000年前、ギリシャの人々がオリーブと葡萄の木を持ち込んだのだ。まだ原住民と言われていたこの地の人々にその栽培方法を教えた。
しかし、その栽培の地は南フランスから北へ北へと上り、今では一軒のワイン農園しかマルセイユにはない。
バンジャマンはその一軒に狙いをつけた。
ワイン農園同士の交流が少ない事だ。カジュを密かに栽培するには打ってつけだと考えたからだった。
バンジャマンは港に降り立つと、キャリッジと呼ばれる2人乗りの4輪馬車を用意した。
港には貨物専用の馬車がいくつも並んでいた。手入れのゆき届いた馬の毛並みは地中海の青い照り返しに映えていた。
蒸気タービンが回り始めた。
ゴーゴーキュルキュルと港に轟音が鳴り響いた。
この奴隷船には、南米、西アフリカからの荷物が満載だ。
その中からゆっくりと降りて来たのは、偽の許可証が貼られた木箱であった。
木箱はドスンと破堤に降りた。
ギギぃ~ゴトン!
船に新たな桟橋が渡された。
それは暗闇の洞窟から地上の太陽に目が追いついていかなかったゆえであろう、2人の奴隷は目を瞑り、船兵に抱きかかえられながらその橋の上をギシギシ、ゴンゴンと渡ってきた。
この町に降り立つことのない奴隷。
鉄球が桟橋を叩く音。
それは漁師達の手も止めた。