奴隷の行方 21~合図の音は風鈴の音
サール達を乗せた蒸気船は、南米からの荷物を乗せた数船の小型運搬船と擦れ違った。
『サール殿。到着予定より少し早まったようですね。』
『しかし奴隷船とはいえ南米からは貨物だけ。なにゆえダカールの港に入らずゴレ島に入るのです?いつも疑問に思っておりました。』
「バブエ。お前管理官のくせにそんな事も知らんのか?」
『はい。私はいつも港の室に篭っておって、フランスの言いなりに動いているだけでありますから。』
「それはな、奴隷専用だからだ。フランスとオランダは奴隷船には貨物を積んではいけない取り決めをしておる。ただな、それは形だけ。両国とも暗黙の了解で貨物を運んでおるのだ。だからダカールの港には入らん。要塞エストレーは奴隷の収容所であるばかりではなく、軍事用でもあるからな。名目上な。」
『なるほど、それで猛毒のアキーはゴレの室にも納められているってわけか。』
「それも軍事用だ。アキーは用立てせんでも、ゴレの保管庫に眠っておるわ。」
「それとな。」
バンジャマンがまた話に割った。
「あの奴隷夫婦2人とカジュは同じ船に乗せねばならん。別な船では必ずや手違いが起こる。マルセイユへの到着時間も、場合によっては寄港先も別々になるかもしれん。これだけの船の往来だ。わからんようになっては困る。カジュと奴隷、それと、、、俺はセットだ。ハハッ!」
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「俺達はどこへ向かうのだ? どこに連れて行かれるのだ?」
「わかりませんわ。けど、もう死にとうございますわ。」
頭を丸刈りにされた褐色の男と女。
窓の無い硬い土の壁。2人入れば身動きすら容易ではない糞尿垂れ流しの小さな部屋。昼とも夜ともつかない暗闇。時々誰かが鍵の掛かった扉を小さくスーと開ける。その隙間から現れるのは手だけ。男の物とも女の物ともわからない。食事という名の餌を持って来る。
しかし、光の閉ざされた部屋。自分たちが何を食しているのかもわからない。
すでに、空腹感や満腹感という概念すら持ち合わせなくなった。
「セレールの村はどうなっているのだろう?」
「もう二度と戻る事はないでありましょうね。」
目に映るのは2人の会話だけである。
その部屋の扉がガチャリと大きく開いた。
風鈴の音の様なチャイム音。合図の音。
チリリン
「出ろ!出発だ!船に乗るぞ! マルセイユだ!」




