奴隷の行方 9~ジョラは何処に?
バンジャマンはこのダカール港の奴隷仮置き場に、カジュ酒を造れるものがいれば、あの夫婦は用無しだと考えた。ゴレ島からダカール港に奴隷を引き戻すなど容易ではない。なにしろ例がない。戻すくらいなら、海に投げ捨てていたのがこれまでだ。
しかし、情報を得るどころかジョラの部族は誰一人として奴隷として捕らわれてはいなかった。
それは奴隷商人のサールも思っていた。カザマンスから来る奴隷にジョラが一人もいない事。
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露店街にあのフランス兵がやって来た。あれから二日後の宵の事だ。
一通りの任務を終えて来たのか、遊び惚けて来たのかはわからなかったが、顔は赤く日焼けしていた。
(ノコノコ一人でやって来るとは。この隙だらけの男、余程手柄を独り占めしたいのであろうな)と露天商は思った。
「おやおや真っ赤に日焼けなすって。」
「おうおう、ダカールの浜で寝そべっておったのでな。ハハッ!」
(こいつらは、いつもこうだ。奴隷を連れて来るまではシャンとしてるが、戻る時には腑抜けも同然。)
「ヤッサもらおうか。」
「ヘイヘイ、お待ちを。」
一人が鉄板の上に赤い魚をジュッと置いた。蒸気が露店を白く包んだ。
「で、なにかわかったか?」
「ここではちょっと。」
もう一人の店番が言った。
「おっ、良い情報でもあったか?」
「こちらへ。」
男は露店の裏の建物の間。大人2人が擦れ違えないほど狭い路地にフランス兵をいざなった。
ランプも届かぬ暗く穴倉の様な路地であった。
ボコッ!ボクッ!ゴン!
男はフランス兵の鳩尾に拳をかました。
ううっ。
壁を背にしたフランス兵はその場にドスンとうずくまった。男はその顎を右手で掴むとズルズルと壁伝いに起き上がらせた。手に付いていたヤッサの油がヌルと首を締めた。
フランス兵は5人の黒い男達に取り囲まれていた。
「こうでもしないと吐かぬであろうからな。」
「な、なにをだ?」
「なぜ奴隷の中にジョラがいない?」
「そんな事!こうまでして聞くことか!」
「いいから言えよ。密かにカジュの酒でも造ってるのかい?」
男の左手にはフランス兵の腹を突き刺さんばかりに、魚包丁が牙を剥いていた。
「疫病だ!!ジョラはもう壊滅しとるんだ!どこにもおらん!」
「疫病?」
「我が軍が踏み入った時は、王と小僧、2人しかおらんかったらしいわ!」
「で、撤退したのか?」
「そうだ。介入しても意味がないでな!」
「しかし、カジュを欲しがっていたジルベールとやら、意図も簡単に撤退しよったな?カザマンス部隊の勇猛な将軍さんが。本当にそれだけか?」
「金をくれ。出したら話してやる。軍の機密だ。」
「は?」
「この間お前にやった金を返せ。その油ぎった手を放せ。」
露店の男はゆっくりとフランス兵の首から手を放した。
「なんだ?その機密とは?」
「我が軍は負けたんだよ。焼き討ちにあって300余の兵が壊滅した。皆殺しにあったんだよ。」
「カジュどころではなかったと言うことか?」
「お前は知っておるか?バスチア。」
「あの荒くれ大将か?フランス軍きっての精鋭。」
「ほほう。よく知っておるな。奴も黒焦げ。木っ端微塵で終わりを告げた。恐ろしい部族だ。」
「おうぅ、、それは間違いなくジョラなのか?」
「たぶんな。俺は疫病は偽りだと思っている、、撤退した後に返り討ちにあったのではないかと。」
「、、、」
「ジルベールはな。その敗北を未だ隠しておるのだ。」
「なるほど。」
「もうよいであろう!金を返せ!」