奴隷の行方 3~ダカール港
紺碧の海。そこに忽然と現れるゴレ島の要塞。収容所エストレー。
群青の高波は断崖に打ちつけ細かな泡を作り出すと、いくつもの巨大な白いシャボンを空に舞いあげた。悠々と旋回するカモメがそのシャボンを突くと急降下で海面に降りて行った。
サールはその岸壁に立っていた。フランス将校から貰った葉巻。白い煙をシャボンに向かって吹いた。
セサール族の商人から伸し上がった彼は、フランス軍に協力しながらもいつか見返そうとこの地に赴いた。
(オセロなら黒が白に勝つ事もある。)
サールは葉巻の煙を喉奥まで吸い込んでから火を消すと、帰らざる門といわれる扉からエストレーに戻っていった。
(チャンスが来た。)
ゴレ島に向かう港はダカールだ。
ここには幾つもの異部族の奴隷達が集められゴレに向かう船を待っていた。
彼らを連れて来た多くのフランス兵とそこに駐留している兵、フランス商人。
港はいつも活気づき賑わっていた。
港までの細い路地にはアフリカ人による露店や屋台が数十軒と連ね、色とりどりの生糸や民芸品、フルーツがたわわに売られていた。魚料理も多種数々。
奴隷売買で儲けた連中が客だ。
「ヘイヘイ!ムッシュ!ヤッサが出来立てだよ!食べてかないかい?」
「フランスへお戻りならこの土産はいかがかなぁ!」
彼らは扱いは悪くはないが、この地でフランスを支援させられている意味では奴隷の範疇であった。
(来たぞ!カザマンスの部隊だ。)
鎖に繋がれた延々と続く列。カザマンスの捕虜を港に向かわせる為、50余のフランス兵がそれを引きづるように、通りの角を曲がってやって来た。舗道は黒く長い影で埋め尽くされ、鎖を引きずる音がチャリリと響いた。
「兵隊さん!お腹空いてますでしょ?ヤッサならいくらでもございますよ!召し上がっておくんなさいよ!」
『おう、美味しそうだな。帰りにでも寄るか。』
ヤッサとは煮込んだ玉葱ソースの上に魚がのった料理だ。
ペコペコのフランス兵はしばし足を止めその香ばしい匂いを鼻で掬った。
すると、店の奥で二人の露天商がなにやらひそひそと話をしていた。
「なんだかよう。ゴレの奴隷の中にカジュとやらの酒を造れる者がおったようだぞ。」
「ん?なんだカジュって?」
「俺もよく知らんのだが、、宝石のような酒らしい。」
「男?」
「男と女。」
『おいおい!お前ら!何を話しておる!出て来い!』
「ヘイヘイ、何か?」
『お前ら今カジュの酒がどうたらと言っておったな? どこで聞いた?』
「はて誰だったか?ここに出入りしている者には間違いありませんがぁ、、ん~。」
『ちょっと、こっちに来い。お前らその話、誰にもしてはおらんか?』
「はいはい、今小奴に初めて。」
『その情報、調べられぬか?』
「それはぁ、、ゴレには出入りしておりますが、、やるなら命がけ。こそこそやっておったら俺たちも疑われて船に乗せられちまう。」
『わしらはゴレまではゆけぬ。オランダとの兼ね合いもあってな。何とかならぬか?』
「では、お駄賃を頂ければ、、」
『なんだ、わしらから金をせしめるのか!』
「いえ、ですから命がけですって。エストレーの中にまで入らないとなりませんから。」
『ん~、、わかった。ほら。』
その兵は胸ポケットから数枚の銀貨を出した。
「えっ!ご冗談でしょ!こんなもんじゃとてもとても!!子供の小遣いにもなりません。」
『ほら!!これでいいか!』
「これなら!有難く頂きます。きっと良い報せが出来るかと。」
『お前らはここの店にいつもおるのか?』
「はい、左様で。」
『ではヤッサを帰りに頂いて行こう。また寄る。』