奴隷の行方 2~契約
「次!入れ!」
奴隷商人サールは椅子の背もたれに深く寄りかかり、両足を机の上に投げ出していた。
日々の事、なにやら面倒くさい態度をあらわにしていた。 そこにはフランス人の奴隷買取商人が一人詰めていた。
別室から出て来たのは、縄に繋がれた男と女。2人の黒人であった。
「はい、並んでこっち向いて。一人ずつ年齢を言って。」
その2人がそれぞれ年齢を言うと、サールは声をかけた。
「36と38ぃ? 奴隷としては使えぬな。金にも武器にもならん。何か出来る事は?」
右にいた男が答えた。
『楽器と酒造り。』
「その隣の女。お前は?」
『わたくしも同様。』
「なんだ、お前らは兄妹か?夫婦か?」
『夫婦であります。』
「まっ、どうであるにしろ役立たずだ。ここでは子供か20代の働き盛りの者しか用は無い。海にでも放り込んでおくか。」
サールは2人に殺処分を命じた。
『ちょっと待て!サール!』
奴隷買取商人のバンジャマンがそれを遮った。
『お前ら酒造りが出来るのか? どんな酒だ?』
『ジョラのカジュという酒であります。』
『ん!?カジュ! カジュとはあの幻の酒の事か?』
『わたくし達にとっては幻ではありません。常日頃から常備している物ですので。』
「なんだ?そのカジュって?」
『サール。お前はセレール族の出だから知らぬだろうが、ジョラのカジュ酒は宝石と変わらぬ。いや、まだ誰も手にしておらぬから、それ以上の価値がある。この二人は本国に連れて行く!』
「カジュとは何かの実で?彼の地で採れないのでは意味がないのでは?」
『カザマンスにはジルベールという将軍が駐留している。あ奴はこの酒を狙っているが未だせしめてはおらぬそうだ。しかし俺は今、造り手を手に入れた。』
「いや、まだこの二人を売るとは言ってはおらん。いくら払う?それからだ。」
『武器ではなく金でよいか? なら900フラン。2人で揃えて1500フラン。』
「はっ?そんなにぃ!」
『その顔は契約という事でよいか?』
「よいよい!ここにサインを!」
『サインの前にお前に頼みがある。カジュの木をなんとかせい。そうすれば更にその100倍、いや1000倍は払ってやる。』
「わかった。なんとかしてみよう。」
『ただし、カザマンスに駐留しておるジルベールには内密にな。』
「おい、その二人!フランス行きだ。奥の部屋で我が社の焼き印をくべてある。打ってもらって来い。」
『サール!ダメだダメだ!今我が国は奴隷廃止の動きが出ておる。フランス送りの奴隷には打つな。証拠が残る!』
「いや打たせてもらう。お前らはいつも知らばっくれる。買った覚えはないとかほざく!」
『では、これでよいか。』
バンジャマンは懐から厚みのある現金をサールに手渡した。
「なら、、よかろう。」
『間違いなく南米帰りの船に乗せろ。船底はほとんど綿花やタバコの類。奴隷はほぼおらん。』
チャリンリーンリーン!
サールは契約完了の鐘をリンと鳴らした。
※1フラン=約114円
通常西アフリカの奴隷は 90フラン(約10000円)で売買されていたようです。
バンジャマンは二人で1500フラン。日本円で約17万円支払った事になります。




