友
「バルディ、ありがとう。あなたに助けてもらったの、二度目ね」
ラディのことで頭がいっぱいだったレリーナだったがようやく落ち着き、改めてバルディに礼を言った。
「そうだったか。私の翼が届くなら、いくらでも」
バルディにすれば、レリーナなど軽いもの。飛ぶにしろ、走るにしろ、あの場から離れさせるくらいは余裕でこなせる。
「それより……バルディ、破片の上を歩いて平気なの?」
「レリーナはまたその心配か。私の脚はそう簡単に傷付かないと言ったはずだが?」
レリーナの言葉に、バルディは苦笑する。
「だって、前の時は岩で、今は破片よ。切れたり刺さったりしないかしらって」
「特殊な力をかけられてない限り、問題はない。玻璃だろうと、泥だろうと。似たようなことは前にも言っただろう」
「何だ、レリーナはそんな心配をするのか?」
横で聞いていたカイザックが口をはさむ。
「私の脚が尖ったものなどで傷付かないか、心配だそうだ」
「だ、だって、あたし達で言うところの裸足でしょ。普通の地面ならいいけど、こんな場所だもん。馬みたいな蹄だったら、心配しないけど」
「蹄でなくたって、魔獣の脚はすんげー丈夫にできてるぞ。同族とケンカしたら、ちょっとくらいはケガするかも知れないけどさ」
たぶん、ケガとは無縁のジェイが笑う。
「魔獣の脚が傷付かないか心配する人間なんて、初めて聞いたぞ」
カイザックは契約こそしなかったが、これまで多くの人間を見て来た。しかし、グリフォンという種族だということもあるのか、何かあっても心配されることはなかった。カイザック自身、自分が心配される立場になるなど、考えたこともない。
「前も言ったけど、そんな風に心配するのはレリーナくらいだよ、バルディ。俺も含めて他の人間はそんなこと考えないからさ。レリーナは心配性なんだ」
「あたし、自分では心配性って思ってないんだけど。今のカイザックは靴を履いてるように見えるけど、それって本当は靴じゃないのよね?」
「ああ。この姿に合わせているだけだ」
カイザックの足下は、人間をまねて黒い靴。だが、服と同じで、本物ではない。
「見た目だけなら何とも思わないけど、違うって聞くとカイザックの足下も気になっちゃうわ」
「妙なことを気にするのだな」
「だが……思われることは、悪くない。そうだろう?」
バルディがカイザックの方を伺い見る。
「ああ、確かに。グリフォンは珍しい魔獣として認識されているようだが、人間の中にも珍しいと言っていい者がいるようだな」
「もう、みんなして……」
レリーナが赤くなり、柔らかな笑い声が起きた。
ジェイに言われ、またラディが小さな雷を起こす。雷と言っても、ほとんど静電気レベルだ。これでかけらの気配がするのだから、不思議なものである。
そこからかけらの気配を探るジェイについて行くと、木々がかなりまばらになり、草原のようなエリアに来た。
レリーナのひざよりも少し低い背丈の草が生えているのだが、普通なら黄緑や緑のジュータンのように見えそうな場所も玻璃の森ではパステルカラーよりも薄い。風に揺れると、チリチリとかすかな音がする。草が揺れればさわさわと聞こえそうなものだが、この辺りも特殊な森ならではだ。
「かなり近いぞ。ラディ、もう一丁、雷頼む」
ジェイの求めに応じ、ラディが雷を起こす。
「これでどう? 気配、濃くなった?」
「んー、こっちだな」
ジェイが気配が感じる方へふわふわと向かい、草の中に手を……と言うか、身体を入れる。小さいので、身体全体で入らないと届かないのだ。
「よし、みっけ」
草むらから再び姿を現したジェイの手には、土くれのようなかけらがあった。
「あれが話に聞いていたかけらか。なるほど、協力した魔獣達がそんな物かと驚く気持ちがよくわかった」
ラディから話を聞いて、魔獣や世界の光景は何となくでも想像できた。だが、石のような土のようなかけらについては、カイザックもうまく思い描けなかったのだ。
「私も初めて見た時は、本当にそれなのかと思った」
捜すまでの間はともかく、かけらが見付かった時の魔獣達はだいたい「何、それ」という表情になる。それはラディから話をちゃんと聞いていたはずのカイザックでさえ、そうだった。
「だって、あんまり大きいと壊れたりするかも知れないだろ。……たぶん、壊れることなんてないと思うけど。木の実みたいな見た目だと持って行かれることもあるだろうけど、こんな石っころみたいなのを持って行く奴なんてそうそういないよ。エサみたいな匂いもないから間違えることもないだろうしな」
言いながら、ジェイは持っていたかけらをラディに渡す。かけらを受け取ると、ラディは制服に同化させていた地図を取り出した。
「レリーナ、今回もやる?」
前回はレリーナが復元の魔法でかけらを地図に戻したのだ。たどたどしい魔法ではあったが、ちゃんと元に戻った。時間が経っても、かけらに戻ってしまう気配はない。つまり、ちゃんと成功しているのだ。
「うん」
使う頻度が高い魔法ではないが、できる魔法が一つでも多ければ自信がつく。ラディはもう慣れたものなのでやり方にも問題はなく、レリーナもできるようになっておきたかった。
ラディが地図を持ち、レリーナはかけらを受け取ると手をかざして呪文を唱える。すると、白っぽい土のようなかけらは次第に薄く、ぺらぺらになった。クッキーの生地を麺棒で伸ばしたみたいだ。ぺらぺらになったかけらは、ひらひらと勝手にレリーナの手から浮き上がり、ラディの持つ地図へと近付く。そして、自分が収まる場所に来ると、同化した。もう今のかけらと地図の境目はわからない。
「よし、これで今回も無事に終わったなー」
地図はラディ達が使う魔法書のページとほとんど変わらない大きさで、今では中央部分もかなり戻って来ている。ただ、何が描かれているのかはわからない。微妙にへろへろした線があり、その線もインクが水でにじんだようになっているので、文字なのか絵なのかさえもはっきりしない部分がある。これは島だと言われればそんな感じにも見えるし、単なる歪んだ丸にも見えるものが大小いくつか。
もっとも、ジェイが言うにはカロックの地図かどうかも怪しい、ということだから、何となく地図じゃないかな、と思うくらいがちょうどいいのかも知れない。
「ほぼ完成、といったところか。だとすれば、私が呼ばれることはもうなさそうだな」
「う……ん、そうかも」
「それはわかんないぞ。オレの試練が終わっても、別の奴が試練を始めるんだから。その協力者が呼び出すかも」
もう会うことはないかも、と少ししんみりしかけたところを、ジェイが見事にその空気を破る。その壊しっぷりに、誰もが思わずくすっと笑った。
「なかなか興味深い時間だった。訪れることを許可してくれて感謝する、ジェイ」
「そーんな堅苦しいこと、いいよ。オレは面白いことが好きなんだから」
「ああ、それは見ていてよくわかった」
カイザックが笑みを浮かべ、ジェイもにっと笑う。
「バルディ、またいつか」
カイザックが口にしたその言葉に、バルディは目を丸くする。
彼らは文字通りに棲む世界が違う。カイザックやバルディがどれだけ強い魔力を持っていたとしても、異世界を行き来するのは困難だ。再会を約束するような別れの挨拶をしても、口ばっかりと言われかねない。
「長く生きていれば、またこういうことがあるかも知れないだろう?」
長寿であっても、こんな経験はそうそうできるものではない。でも、長い時を生きていれば、思いがけない事態がまた起きることだって……きっとあるはず。
「確かに。もう少し落ち着いた状況で話をしたいものだ」
バルディは静かに頷く。
ラディとレリーナも、バルディにそれぞれ礼と別れの挨拶をすると、ジェイが出した扉を通った。ジェイとバルディがそれを見送る。
「こんな希有な経験をしている魔獣は、カロックにどれだけいるのだろうな」
「試練に協力してくれる魔獣はたくさん……って程でもないかな。でも、それなりだろ。ただ、バルディみたいな経験をしてる奴はほとんどいないと思うぞ」
「……だろうな」
扉が消えた辺りを眺めながら、バルディはつぶやいた。
☆☆☆
扉を通り、ラディとカイザックは自分達の世界に戻って来た。
「カイザック、魔力はどうかな。ちゃんと戻ってると思うけど」
ターシャにしろ、ブラッシュにしろ、一度魔力が落ちたらそれっきり、とは聞いてない。こちらに戻って来たら、魔力も戻っているはずだ。
ただ、今回は対象が魔獣なのでラディはその点が少し心配だった。
「ふむ……少し場所を借りるぞ」
カイザックは部屋の中央に来ると、人間からグリフォンの姿に変わった。大きな魔獣の出現に、部屋が一気に狭くなったように思える。カイザックは翼をたたんだ状態だから、これでもまだマシな方だろう。
「どうやらちゃんと戻ったようだ。他の魔力はともかく、姿さえ戻ればあとは何とかなる」
「そっか。よかった」
無事に金のグリフォンの姿が見られ、ラディもほっとする。
「カイザック、今日は本当にありがとう」
言いながら、ラディはカイザックの太い首に手を回す。
「ん?」
「ジェイが壁を出してくれたから、ケガも何もなかったけどさ。……俺、カイザックがかばってくれたってわかった時、すっごく嬉しかった」
契約はした。でも、それは基本的に協力要請のための約束だ。身を挺して守れ、という意味ではない。術者である魔法使いがこうしろと言った時にしてくれればいい、というものであって、魔獣は人間の盾ではないのだ。
だが、カイザックはラディを守ろうとした。普段の姿ならともかく、自分を守るのも大変な状態であるにも関わらず。
感謝してもしきれない。そして、彼の気持ちがとても嬉しい。
ラディが正規の魔法使いになって魔物退治に行くようになった時、カイザックは一番の相棒になるだろう。これ以上ないくらい、頼もしい相棒に。
「……友が危険な時には、動くものだろう」
「え?」
「初めてカロックの話をするために移動した時、ラディが言っただろう。友達になれたんだな、と。何でもない人間であれば、俺は自分の身の安全だけを考えて逃げていた」
「ああ、そっか。……そうだよな。うん、ありがとう、カイザック」
ラディはもう一度カイザックを強く抱き締める。
その時、コンコンと扉をノックする音がした。もうカロックへ続く扉はないから、今のノックはラディの部屋の扉にされたのだ。
ラディは何気なくそちらを向き、それから今この部屋にいるのは自分だけではなかったのだと思い出す。
だが、ちょっと待ってと言う前に、扉は開かれた。
「ラディ、戻ってる? あのね……」
言いながら部屋の扉を開いたのは、ラディの姉のテルラだ。
「……」
何か言い掛けたテルラの表情が固まる。弟の部屋に大きなグリフォンがいれば、驚きもするだろう。
そう言えば、テルラにはグリフォンと契約した話をしてなかったような。
テルラは認定試験を合格して正規の魔法使いになったが、グリフォンを見たことはない。
表情が固まったまま、テルラはその場に座り込む。どうやら魔獣の姿に腰を抜かしたらしい。そうでなくても、テルラはどちらかと言えば魔獣が苦手な方なのだ。
後で何言われるかな……。
不思議そうな顔のカイザックと、固まったままのテルラを交互に見て、ラディは苦笑しながら小さく溜め息をついたのだった。





