満月のカロック
先週の自分と比べて、どれだけ魔力が向上しただろう。
そんなことを思いながら、ラディは家路を急ぐ。予定通りに扉が現れ、ジェイがその扉から生えるように現れて今回の出動要請をしてきたのだ。
「ジェイ、身体の色がかなり白っぽくなってきてるぞ」
先週はもう少しベージュっぽかったはず。今日はそれさえも薄れて、白に近い。オフホワイト、とでも表現するのだろうか。
「ん? そっかな」
わかっているのか、わかっていないのか。もしくはしらばっくれているか、だ。試練が進むにつれ、最初の頃は黒にも近い茶色だったはずのジェイは、回を追う毎に色が抜けてきている。最初は気のせいかと思ったが、ここまで来たら気のせいのはずがない。
だが、ジェイはその点について語る気はなさそうだ。試練が終了しても黙っているようなら尋ねるとして、ラディは今この場で追求するのはやめておく。
いつものように自分の部屋に扉を出すように頼み、ラディはフィールドへ向かいかけていた足を門の方へと変えた。
その門を出る直前で、仕事から戻って来たらしいブラッシュと会う。
「どうした、ラディ。そんなに急いで……あ、今からか?」
二週間前、ブラッシュもカロックへと行った。その前日にも話は聞いていて、だいたいカロックへ行くのは土曜日か日曜日だというのも知っている。今日が土曜日だと気付き、それでぴんときたのだ。
「うん、そうなんだ」
事情をわかってくれている相手と話すのは楽だ。いちいち面倒な説明をしなくて済む。一緒にカロックへ行くまでは、すぐには信用してもらえないだろうというのもあってなかなか話ができなかったのだが、今はゴマかす必要もない。
「ブラッシュ、また一緒に行く?」
「行きたいところだけど、今日はやめておく。まだこれから仕事だ。カロックから戻って、その後で仕事はさすがにきついよ」
ラディもカロックから戻ったら、そのままベッドで倒れ込むようにして眠ることがある。カロックへ行って戻っても数分しか時間は経過していないが、実際はがっつり魔法を使った後だから体力もかなり消耗しているのだ。
ブラッシュならラディよりも魔力配分がうまいはずだが、カロックは仕事前に行く場所ではない。
「そうか。残念だな」
「またタイミングが合えば、呼んでくれ。ドジってジェイの手をわずらわせるなよ」
「わかってるって。あ、えーと、ブラッシュ。その……」
「ん? ああ、例の噂の件か」
ラディが言いよどんだことに気付いたブラッシュは、その理由に思い当たった。
「うん。ごめん。俺、はっきり恋人とは言ってなかったんだけど」
ブラッシュは大切な子という表現をしていた。もっとも、それを聞いたのはラディだけ。
「気にするな。言ってもいいって俺が言ったんだから。それに、恋人ってのも間違いじゃないしな」
「え、いい感じっていうのから昇格したんだ」
「そういうこと。聞かれないから言わないけど、隠すような話でもないからな。で、お前の方はどうなんだよ」
「えっ? えっと……」
図らずもブラッシュのプライベートを言いふらす形になってしまい、申し訳なく思っていたラディ。そのことを謝罪している時に、まさかそう返されるとは思わなかった。
「まぁ、俺の方も昇格したって言うか……」
ターシャの時と同じく、薄々勘付かれていたというのはわかっている。だが、いざ人に話すとなるとやはり恥ずかしいと言おうか、照れがあった。
「幼なじみから昇格したんだな。よかったじゃないか。だったら、ますます気も力も抜けないな。ちゃんとレリーナを守れよ。しっかりやって来いっ」
ラディはブラッシュに背中を叩かれ、激励されて家路へ着いた。
ブラッシュに言われるまでもなく、ラディはレリーナを守るつもりでいる。今までそうだったし、これからもそのつもりだ。しかし、そのためにはそれなりの実力が必要なのも確か。
そこから、先週に比べて今の自分はどれだけ魔力が向上しただろう、という思いに至った。
一週間くらいでは、向上する幅にも限界がある。その幅もわずかなものだろう。だが、何もないよりはいい。誰かにダメだと言われたところで、もう練習をしている時間はないのだ。ここは腹をくくるしかない。
家に帰り、部屋に入るといつものように扉が現れていた。やはり扉は先週よりも白いと思いながら、ラディはその扉を押し開く。
「あれ?」
いつもならよく晴れたムーツの丘に出るはず。だが、扉を開けた先は暗い。
もしかして……もしかしなくてもまた夜なのか。
一度、夜に呼ばれたことがある。人間の作った街の灯りがない世界は、本当に真っ暗で何も見えない。ジェイの身体が光っていたのと自分で明かりを出したので、何とか歩けたのだ。
しかし、今日は少し違う。夜であることは間違いないのだが、以前の夜とは違って真っ暗ではないのだ。人間の目でも困らない程度に明るく、地面も見ることができる。
そうか、月が出てるんだ。
前回の夜は新月だと言っていたジェイ。ラディが空を見上げると、青白く丸い月が浮かんでいた。
「おーい、ラディ。こっちこっち」
扉から出て少し歩いた所で、大竜のジェイがいつものようにふわふわと浮かんで手招きしている。
「今日は満月なんだな」
カロックへ来る時は、カロックにおいての新月か満月の日と決まっている。だから、空にあるのは確かに満月だ。
「そう。今日は満月の夜にしか現れない森へ行くんだ」
「また海の中へ入るとか?」
新月の夜にしか現れない光が海にあり、その中へと入った。特殊な海らしく、息はできるのだが不思議な感覚だったのだ。
「いや、今日は砂漠なんだ。お、レリーナも来たぞ」
ラディが振り返ると、レリーナが空を見上げながら扉を閉めているところだった。
「レリーナ、足下に気を付けて」
新月の時と違い、月明かりで足下が見えているが、やはり昼間とは違う。ラディはレリーナに手を差し出し、彼女もちゅうちょなくその手を取った。
「あれって月、よね? すごく大きい」
「ん? そうか? カロックの月はいつもあんなもんだけど」
ジェイは何でもないように言うが、そこに浮かんでいる月はラディやレリーナがいつも見ている月よりかなり大きかった。地上に迫っているんじゃないかと思うようなサイズだ。
「俺達の世界じゃ、月はもう少し小さいぞ。季節や時間によっても多少変わるけど。その平均からしても、あれだと五倍くらいはありそうだ」
満月の夜に窓から差し込む光。部屋の明かりを消せばそれなりに明るいと思える。だが、ここの月はもっと自分の存在を主張しているように見えた。大きい分、明るさも強い。
「そうなのか? じゃ、月が出ても点にしか見えないんじゃないの?」
「うん、そんな感じに見える時もあるよ」
「それって、空に穴があいたみたいにならないか?」
「そうね。あたしもそう思ったことがあるわ。実は黒い紙が空一面に貼ってあって、そこに穴があいて向こう側の光がもれてるんじゃないかって。小さい頃、あそこから誰かが覗いてるんじゃないか、こっちを覗く目が見えたらどうしようって」
言いながらレリーナはくすくす笑う。
「目が見えたことはないな。たまに何かの影がよぎることはあるけど」
あれだけ大きい月だ、飛行系の魔獣などが飛んでいればその光で影が見えることもあるだろう。
今は姿が見えることはないが、遠く近くで獣の遠吠えが聞こえる。
「以前、ジェイが満月の時はうるさいって話してたけど、これのことだな」
「ん? ああ、言ってたっけ。この近くまでは来ないけど、色んな所で吠えてる奴がたくさんいるんだ」
ジェイが言うように、一匹二匹の声じゃない。月が大きければ、吠える獣も増えるのだろうか。
「まぁ、吠えるだけで、おかしなことは起きないからさ」
「今呼ばれたってことは、今日は月が必要ってことなの?」
「満月にしか現れない森へ行くらしいぞ。でも、ジェイ。その後で砂漠って言ったよな?」
「うん、言った。普段は砂漠なんだけど、満月の夜だけ森が現れるんだ。今日行くのはそこ」
普段は砂漠が広がっているが、そこに月の光に照らされて現れる森がある。今回の目的地はこの森なのだ。
「砂漠に浮かぶ月の森ってことね。……言葉だけならロマンチックなのに」
「まぁ、色々と出るんだろうな、今回も」
地図のかけら探しをすれば、魔物もセットでもれなくついてくる。だから、二人は普段の練習にも余念がない。
「んじゃ、魔獣召喚、頼むな」
「うん。レリーナ、今日もやってみないか?」
「え、あたし?」
ふられると思っていなかったレリーナは、目を丸くする。
「前回はいつかシュマを呼ぶ約束があったっていうのがあるけど、今回はいつも俺がやってるように、近くにいる誰かをって」
「で、でも……」
「前にも言っただろ。レリーナだって授業で習って、ちゃん炎馬のフィーアを呼び出せたんだ。カロックでもできるって。俺が初めてカロックで召喚をしたの、今のレリーナと同じクラスの時だぞ」
今は上級1のクラスにいるラディだが、カロックへ来た時はまだ中級2だった。そして、今のレリーナが中級2である。できないことはない。
それを言われて、レリーナもいやとは言えなかった。今までラディに頼り切っていたが、ジェイの協力者はラディだけではないのだ。二人でやるなら、同じ魔法も交替でやるべきだろう。
「……わ、わかった。でも、うまくいくかしら。シュマの時はシュマのことばっかりを頭に思い浮かべていたけど、今回はそうじゃないし」
「初めての授業の時はどうだった? 何を考えていたとか」
「何も。シュマが呼び出せるように、とにかく魔獣を呼び出そうってことだけ考えて」
「じゃ、今は俺達が乗れる大きさの魔獣を呼び出そうって考えればいいんだ。俺はいつもその程度のことしか考えてない。あれこれ考えすぎると、逆にイメージがおかしくなって失敗しそうだしさ」
「レリーナ、固くなることないって。誰か来てくれって思うだけでいいんだ。いやなら誰も来ない。それで終わりだ。失敗したって、誰かが傷付くこともないんだから、気楽にやっていいんだぞ」
前回もそうだったが、今回もやはりジェイは気楽に言う。
だが、そんなものなのかも、とレリーナは思い直す。気を抜いてはいけないだろうが、肩肘張った呼び掛けに応えてくれる魔獣などほんの少数だろう。へたしたら、誰もいないかも知れない。ここは気楽に構える方が正解だろう。
もしダメなら、ラディにまかせればいい。どんな失敗をしたって、竜のジェイがいるのだから何とかしてくれるだろう。ここは頼ってしまった方が楽だ。
レリーナは覚悟を決めた。
少し大きく息を吸い、召喚の呪文を唱える。詠唱さえ間違えなければ、あとはどうとでもなるはずだ。
ラディとあたしが乗っても平気な、少し大きめの魔獣……来てくれますように。
具体的な魔獣の姿は思い浮かばなかったが、ラディが言ったように二人の人間が乗れるサイズの魔獣が来てくれるように念じた。
突然、目の前に深紅の炎が浮かび上がる。人間の頭くらいの大きさだった炎は、見ている間に人間の身長の三倍はありそうなサイズにまでふくれあがった。レリーナが呆然とその炎を見ていると、やがて炎は馬の形になる。月明かりがあるとは言え、夜の中に浮かぶ炎の馬の姿は美しかった。
「珍しい声が聞こえたな」
現れたのは、真っ赤な炎のたてがみを持つ炎馬だ。目もたてがみと同じ色。それぞれの蹄付近と尾も同じ色の炎が燃えている。真っ白な身体はがっしりとして大きく、最初にラディが呼び出した青い炎馬リーオンと体格は変わらないだろう。声からして、若い男性らしい。勝手な推測をすると、人間なら二十代前半くらいといったところか。
「ほら、レリーナ」
ラディに軽く肩をつつかれ、炎馬にみとれていたレリーナははっとする。現れた魔獣に呼び出した理由を告げなくてはいけない。
「あ、あの……あたしはレリーナ。大竜の試練の協力者です。同じく協力者のラディとあたしがカロックにいる間、力を貸してください」
「ふぅん。具体的には?」
「目的地までの移動と、襲って来る魔物の排除よ。どうかしら」
「月が沈むまでにはカタがつくよ。ってか、つかないと困るんだけどさ。それまでの時間だけだから。それとも、夜は早めに寝るタイプ?」
「ジェイってば……」
いつものことだが、まだ協力の承諾も得ていない魔獣相手にジェイのしゃべり方は軽い。たぶん、ジェイはこれで頼んでいるつもりなのだ。
「数日寝なくても平気だぜ。ま、それくらいの時間なら、付き合ってもいいけど。人間なんて、そう見られるもんでもないからな」
口調がジェイに負けず、軽い。フィーアは子どもなので別として、今まで会った炎馬はどちらかと言えば真面目そうなタイプだったので、ちょっと意外な感じだ。
とにかく、協力を受け入れてくれたのだ。レリーナはそれを聞いてほっとする。
「ありがとう。あなたの名前、教えてくれる?」
「エムライドだ。しっかし、大竜の試練に人間が関わるって本当だったんだな」
「そ、本当。どうして人間が選ばれたかの理由は詳しく知らないけどさ、一緒にいたら楽しいぞ」
口調だけ聞いていると、ジェイが増えたみたいだ。堅苦しくなくていいのかも知れないが、これはこれで緊張感に欠けるような。
「で、どこへ行くんだ? 月が沈む前にカタがつかないとって言ったな。もしかしてバオムか?」
「当たり」
ジェイが嬉しそうに言う。彼らの会話を聞いていて、ラディとレリーナは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。





