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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第一話 協力者
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地図のかけら

 その後も、ジェイに言われるままにラディは火の魔法を使った。ロアーグがそばにいることで、余計な魔獣や魔物がちょっかいをかけてこないのはとても助かる。この世界で人間の魔法使いは珍しいはずだが、巨大な灰色狼を恐れて誰も近寄ろうとしないのだ。

「協力者が呼んだ魔獣はともかく、監視役の魔獣はじいちゃんの話にも出て来なかったよなぁ」

「そうね。でも、監視役って言うより、むしろボディガードしてもらってるみたい」

 本当なら、もっと行く手を阻む存在が現れたりしそうなものだ。ヴィグランの話でもそうだったように思う。少なくとも初回はちょっぴり楽ができた。

 だいぶ近付いたとジェイが言い、レリーナもラディと同じように火の魔法を使う。離れているとレリーナの力では感じ取りにくいのだが、こうして近付いてくると彼女の弱い魔法でもわかるようになってくるらしかった。

「こういうところで、クラスの違いが出るのね」

 二人は中級クラスだが、1と2ではその実力に差が出てくるのだ。

「クラスの違いって言うより、期間の差じゃないか? 年季って言うのかな。俺の方が先に魔法を習い始めたんだから、魔力が強くても当然だろ。レリーナにとんでもない才能があれば別だろうけど」

「そういうものはなさそうだな」

「リーオン、そんな正直に言わなくていいわ……」

 自分でも才能があるとは思っていないが、第三者から言われると少し傷付く。

「だが、二人は魔法とは別の才能がありそうだ」

「別の? 何だ、それ? 俺達、魔法使いに向いてないってことか? 別の道に向かった方がいいとか」

「いや、そういう意味ではない」

「じゃ、何だよ」

「言葉では何とも」

「うっわー、頼むぜ、リーオン。説明できないなら言わないでくれよ。むっちゃくちゃ気になるじゃないか」

「他者に頼らず、自分で探せ」

「う……」

 手厳しく返され、ラディは言葉に詰まった。ヴィグランと同じようなことを言う。

「少なくとも、お前達は怖い物知らずとでも言えるだろうな」

 ロアーグが会話に加わる。

「そうかしら。いきなりカロックに来た時はちょっと怖かったし、クードに襲われた時はすごく怖かったわ」

 正直言って初めてリーオンを見た時も、レリーナはきれいだと思うと同時にかなり怖かった。いくら授業で魔物を見たことがあると言っても、所詮は幻影。初めて見たのがリーオンサイズなのだから、可能なら離れた場所で見たかった。逃げる場所がなかったので、ラディのそばに立っていたが。

「そうだよな。来た時もだし、まず部屋の中で身体が浮かんだのだって、恐怖って言うか不安って言うか……とにかく、軽いパニック状態だった」

 一人じゃなかったから、耐えられた。カロックに来てジェイに会い、ヴィグランから聞いた話と同じだとわかっても、一人でいたら精神的に不安定になっていたはず。他の協力者は一人の場合もあるようだが、自分達がそうならなくてよかったとつくづく思う。

「だが、お前達はナーノスに触れたぞ」

「え? あ、あれは……まぁ、話の流れで自然に身体が動いたようなものだしさ」

「お前達は我々の姿を見て怯えていた。ナーノスは伏せていたとは言え、狼であることやお前達より身体が大きいことは変わらない。流れで狼の顔を抱きしめる奴など、この世界にはいない」

「そうなんだよなー。この世界には人間がいないから、それでなくても珍しい存在なんだけどさ。他の獣や魔獣がしないようなことをいきなりするから、面白いんだ。地図が選んだ人間だから、なおさらその性質が顕著だったりするんだろうなぁ。これから何をしてくれるか、すっげー楽しみにしてんだぜ、オレ」

 ジェイの表情は本当に楽しそうだ。

「何してくれるかって言われても……ジェイに言われる魔法を使うくらいしか」

「放っておいても、やってくれる奴は何かしらやってくれるんだよ」

「それはあるだろうな」

 ロアーグが小さく頷く。

「リーオンがさっき言った才能って、このことなの?」

「さぁ、どうだろうな。それも含めて、と言ったところか」

 リーオンはわずかに笑みを浮かべるだけ。

「お、かけらは近いぞ」

 気配を感じたジェイに言われ、レリーナがまた火の魔法を使う。目を閉じて集中していたジェイはふいにラディの横の草むらに入った。

「ジェイ?」

「みーっけ」

 草むらの中からそんな声がして、姿を現したジェイの手にはラディとレリーナが持っているかけらと同じ色の物体があった。

「すげ……森の中を歩いて本当に見付かった」

「本当にジェイにしかわからないのね」

 疑っていた訳ではないが、空を駆けるリーオンの背中から見た森があまりにも広かったので、本当にこんな所で見付かるのかという不安がほんの少しあった。しかし、ジェイが持っているのはあの地図のかけらだ。

「ラディ、頼むぜ」

「え、頼むって何を?」

「復元だよ。かけらばっか持ち歩いても重くなってくるだろ。お前達二人が持ってるかけらと合わせて復元させたら、紙の地図になるんだ」

「そうか。そうだったよな。……復元、できるかな。普段、そんなに練習してないし」

「今できないなら、次の時でもいいぞ。それまでに使えるようにしてくれよな」

「うん。練習はするけど、今もやってみる。レリーナ、かけらを出して」

 ラディに言われ、レリーナはカロックへ来る時に握りしめていたかけらをポケットから出した。ラディも自分の分を取り出し、地面に三つのかけらを置く。

 偶然なのか、仕組まれているのか。ラディの持っていたかけらは、角の部分。レリーナの持っていた分と見付かった分はその両横に当たる部分のかけらだった。

「最初は外枠部分から見付かるようになってるんだ。外枠が全部見付かったら、次は中に当たるかけらが徐々に見付かっていく。できなゃ、ばらばらの位置のかけらばっかり見付かっても、復元させて持ち歩けないだろ。新しく見付かるかけらは、前に見付かったかけらのそばの部分ってことになってるんだ」

「はぁ……うまくできてるのねぇ」

 探している間にそれまでに見付けたかけらをなくしてしまわないようにする工夫、ということのようだ。

「これが復元できたら、紙の切れ端になるってことか」

 ラディは一つ深呼吸をして、復元の呪文を唱えた。魔獣達が見守る中、土くれにも見えるかけらは次第に薄っぺらくなっていく。やがて、砕けてぎざぎざになった部分がくっつき合い、融合。さっきまでよりちょっぴり大きい一つの紙片になった。

「何だ、自信がなさそうなこと言ってた割に、あっさりできたじゃん」

 ラディはさっきの深呼吸とは違う、大きな息を吐いた。

「あっさりじゃないよ。みんなが見てるから、余計に緊張してたんだぞ」

「でも、ちゃんと一つになってる。お見事」

 ジェイが紙片を拾い上げ、ひらひらと振って見せる。ジェイがそうしてもまた三つに戻ることはなく、確実に復元できたのだ。ジェイが見付けた地図のかけらはラディに渡されるので、これからはここへ来る度にこの紙片を持って来ることになる。

「今回はここまでだな。初仕事なのに、すっげースムーズじゃん。幸先いいな」

「戻るのは、ムーツの丘からか?」

「いや、戻る時はどこでもいいんだ」

「では、私の役目は終わりということか」

 遠い距離を移動したり、魔物とバトルしたり。協力してくれたリーオンに、ラディは礼を言った。

「戻るなら、もう監視の必要はないな」

「そういうこと。ロアーグ、騒がせて悪かったな。リーオン、また頼むこともあるだろうから、その時はよろしく」

「気が向けばな」

 やっぱり軽いジェイの口調。リーオンの顔に迷惑そうな表情は浮かんでないようなので、付き合うのはもうごめんだ、というのでもなさそうだ。

「ラディとレリーナ。次もよろしく頼むぞ」

「それはいいけど、次っていつなんだ?」

「オレが呼べるのは、新月か満月なんだ。ってことで、次は満月だな」

「また身体が浮いて、カロックに引き込まれるの?」

 訳がわからないまま浮かべば怖いが、事情がわかれば何ともなくなる……だろうか。

「もうちょっと穏やかな方法にするよ。扉を開けたら丘に出るようにするとか」

「部屋に入るつもりが丘だった、なんてのはダメだぞ」

「あ、やっぱり?」

「そうするつもりだったの? 少しはあたし達が心の準備をする時間を作ってよね」

 レリーナが眉をひそめた。

「わかった、わかった。気を付けるよ」

 本当かなぁ、と不安が残るが、ここへ来る方法はジェイにしか操作できない。彼の判断に委ねるしかないのだ。

「んじゃ、帰りはこういう扉で。いいだろ? ここへ来る前にいた部屋につながってる」

 森の中だと言うのに、どの家にもありそうな木の扉が現れた。もちろん、ちゃんとノブもついている。

「疲れただろうから、今日はゆっくり寝てくれ」

 ジェイが小さな手を振る。

「そうするよ。じゃ」

 ラディはノブを掴んだ。押したが開かない。引いてみたが、やっぱり開かない。

「それ、横にスライドな」

「ややこしい形状にするなよっ」

 スライドさせたら、扉は楽に開いた。ジェイの軽いいたずらに、リーオンとロアーグが吹き出している。

「ったく、もう」

「じゃあね、みんな」

 ラディに続き、レリーナが扉を通り抜ける。二人がいなくなると、扉は音もなく消えた。

「あ、言い忘れたことがあった。……ま、いっか」

 二人の姿が消えてから、ジェイがつぶやく。

「いいのか、本当に?」

「だって、もう行っちゃったしさ」

「わざと言わなかったのではないか?」

「んー、そんなことはないけどさ」

 リーオンの言葉に、ジェイが笑う。ラディがいれば「リーオンの言葉が当たってるんだろう」と怒っていたかも知れない。

「他の大竜達が儀式をやってよかったって言ってた訳がわかった。面白いや、これ」

 ジェイは扉が消えた辺りを見ながら、本当に楽しそうに笑った。

☆☆☆

 扉を抜けると、そこはヴィグランの部屋だった。確かにカロックへ行く前に二人がいた部屋である。こうして戻って来ると、全ては白昼夢だったのでは、などと思ってしまう。

 だが、ラディの手にはさっき復元したばかりの地図がある。端っこだから、わずかに地形を描いたらしい線が見える程度だ。地図と言われても本当かと思ってしまうような、破れた紙のひとひら。

 それでも、これがあるということは、夢ではないのだ。

「カロックって本当にあったのね」

 改めて、レリーナがしみじみとつぶやく。

「じいちゃん創作のおとぎ話なんかじゃなかったんだ。じいちゃん、これは本当の話だぞ、なんて一度も言わなかったけど」

「こうして何年も経って真実がわかるなんて、不思議ね」

「うん、何年も……って、あれからどれくらいの時間が経ったんだ?」

 ジェイと会って大竜の試練の話を聞き、リーオンの背に乗ってゴルの森へ行き、ロアーグに会ってナーノスの所へ行き、それからかけらを捜し始めて……。どう少なく見積もっても五時間くらいは過ぎてるはずだ。下手すればもっと。

 ラディが時計を見ようとした時、部屋の扉が突然開いた。

「ラディ、音がしたみたいだけど、何か壊したんじゃないでしょうね」

 入って来たのは、姉のテルラだった。

「え? 壊した?」

 突然の姉の登場にも驚いたが、彼女の言葉にも驚いた。きっと「音」というのは、地図が砕けた時のことだ。それを聞いてテルラが来たということだろうか。だとすると、あれから数分も経っていないということになる。

 テルラは部屋をざっと見回したが、壊れた物が床に転がっている様子はない。それはそうだろう。砕けた地図は一部ラディが持っている以外は全てカロックにある。

「あたし達、何も壊してないわ」

 少しどきどきしながら、レリーナも首を振る。

「そう? それならいいけど。今日はあんまりいじらないのよ。欲しい物があるなら、後でおばあちゃんに言えばいいんだから」

「うん、そうする……」

 テルラはさっさと部屋を出て行き、ラディとレリーナは顔を見合わせる。悪いことをしている訳ではないが、思わず緊張してしまった。

「カロックにいても、ほとんど時間が経ってないんだ」

「変な気分ね。あれだけあちこち移動したのに。でも、みんなに心配かけなくて済むから助かるわ」

 ヴィグランの話でも、戻って来た時は何の問題もなかったように思う。こういうことだったのだ。

「協力者に迷惑がかからないようにってことかな」

「きっとそうよ。次からはともかく、最初に関しては問答無用で呼び出されるんだもん」

 どういう理由にしろ、どんな仕組みにしろ、ラディ達にとってはありがたい。

「次は満月って言ったよな。ってことは、二週間後くらいか」

「カロックがあたし達の世界と同じ周期ならね」

「そうか、その辺りが微妙だな。ま、いいや。次に呼び出されるまで、もっと鍛錬しないとな。いくら呼び出されるのが見習いだからって、何度も見習いだのレベルが低いだの言われて黙ってられるかっての」

 きっとジェイに他意はない。見習い魔法使いしか呼び出せないのはわかっていることだし、見習いに見習いと言ったところで間違いではないのだ。でも、言われる方としては、どこか引っ掛かる。

「そうね。リーオンから天才的能力はないってはっきり言われちゃったもん。だったら、努力型の天才になるしかないわよねぇ」

「地図捜ししてる間に、正規の魔法使いとして認定されるくらいになってやらないとな」

 呼び出されるのは見習いでも、地図探しをしている間に協力者が一人前になるのはアリだろう。こちらだって修行中の身なのだ、鍛錬次第でレベルアップの可能性は十分。

「ねぇ、ラディ。おじいちゃんの話、思い出しながら書き出してみる? ナーノスみたいな魔獣や魔物のことが予習……じゃないけど、彼らのことがわかって動きが取りやすくなるんじゃないかしら」

「んー、それもいいけど……やらなくていいよ」

 ラディは首を振った。

「そう? どうして?」

「だって、あの話はじいちゃんの体験だろ。俺達は俺達で新たに体験すればいいと思う。確かにわかっていればうまく動けることもあるだろうけどさ、先がわかってるのってあんまり面白くないだろ」

「あ……うん、そうね」

「それに、俺達はじいちゃんから話を聞いてるけど、他の協力者は何も知らない状態でカロックに呼ばれるのが圧倒的に多いはずだしさ。それを考えたら、何となくカンニングしてるみたいじゃない?」

 カンニングと聞いて、レリーナはくすっと笑った。

「まっさらな状態で行く方が、ずっと楽しいわね」

「そうだろ。だから、俺達がすることはレベルアップのための修行だ」

 ラディが手の中にある地図の切れ端を見る。眺めているうち、その切れ端が異世界へのチケットのように思えて来たのだった。

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