大竜
ずっと意識があったのか、ほんの一瞬でも気を失ったのかわからない。
「ごめん、そんなにまぶしかったか?」
のんびりした声が間近で聞こえ、ラディは目を開けた。
いつの間にか足は地に着き、ちゃんと立っている。
いや、そんなことよりも。
顔を横に向けると、黒っぽい茶色の物体が宙に浮かんでいる。それには、つぶらな黒い目があり、少し前に伸びた部分に鼻と口があり、頭には枝分かれした細い角が二本あり、蛇のような身体に四肢があり、その先には鋭い爪があり……。
ラディ達の世界でそれを見た者はほんの一握りとも言われる「竜」によく似た姿をしていた。
ただし、手のひらサイズだ。
「え……」
声に気付いたレリーナもそちらを見て、完全に絶句していた。
「悪いな。どうしても最初はああいう光が出るらしいんだ。でも、ほんの一瞬だし、もう見えるだろ?」
気さくな口調で茶色の竜が話しかけている。その対象はこの場合、ラディとレリーナに間違いない。二人は見習い魔法使いで、日々の訓練として幻影の魔物を相手に魔法の練習をしている。だから、異形の生き物の姿には慣れているはずだった。
しかし、幻影の魔物はしゃべらない。目の前の「竜」は確かにしゃべっている。しかも、明らかにこちらに向かって。かろうじて叫び出すことはなかったが、驚いてすぐには声も出ない。
「えっと……おーい、オレの言うこと、聞こえてる? 言葉は通じてるはずだけど」
「き、聞こえてるけど」
どうにかラディが答える。
「お、そうか。よかった。オレ、そっちの世界の手話なんて知らないし、どうしようかと思った。あ、こっちの世界の手話も知らないけどさ。だいたい、手話ってもんが存在するかどうかも怪しいんだよな」
そう言って、はははと「竜」は笑う。
「あの……あなたは竜、なの?」
「ん? ああ、オレは竜。正確には大竜だ」
大きい竜と言うわりに、見た目は小さい。長い身体は子猫が伸びをした時と変わらないくらいのサイズだ。
「オレはジェイザークス。ジェイでいいぞ。よろしくな」
フレンドリーな口調で自己紹介する小さな大竜。状況が飲み込めないものの、この相手に悪意はなさそうだ。
「俺はラディゼント。みんなはラディって呼んでる」
「あたしはレリーナ」
「ラディにレリーナか。お前達、そういう格好で行動する習性があるのか?」
「そういう格好?」
意味がわからず、二人で聞き返す。それから、突然気付いた。身体が浮いてお互いを掴まえ……そのままずっと抱き合ったままだ。いきなり目の前に見たこともない生物が現れ、離れることも忘れていた。
慌てて離れたが、二人の顔に血が上るのはどうしようもない。
「こ、これは……色々あったから」
「ああ、驚かせたかもな。ああいうのは最初だけだから」
「最初だけ?」
離れてすぐにはレリーナの方を見ることもできず、ラディは視線を外して初めて自分達のいる場所が部屋の中ではないことに気付いた。
「どこなんだ、ここは」
二人と竜は丘の上にいた。一方には平原が広がり、一方には山がそびえる。そこから横に視線をずらせば湖や川があり、反対を向けばかすんで何があるのかよく見えない。
「あたし達、おじいちゃんの部屋にいたはずなのに」
「ここはカロックだ。お前達から見れば、異世界だな」
「異世界っ? 異世界ってどういうことなんだ」
「だから、お前達の住んでるのとは異なる世界」
「そういう意味じゃなくて!」
瞬間移動の魔法は世の中に存在している。だが、余程の高等技術を持つ魔法使いでなければ使わないし、使われる魔力が膨大なので逼迫した生命の危機でもない限り使われることはない。ラディが見上げてうんと目をこらしても、見えない高さの難易度の魔法だ。
そんな魔法はまだまだ使えるはずがないし、使えたとしても行き先は同じ世界の中に限定される。それが異世界ともなれば……どれだけの魔力が必要なのだろう。
とにかく、ラディやレリーナにできることではない。それだけは確かだ。
「どうして俺達が異世界にいるんだ。何も魔法は使ってないのに」
「試練の協力者として、選ばれたんだ。頼りにしてるからな」
「え? ちょっと待ってくれ。試練だの協力者だの、何の話なんだ? いきなり竜に頼られても困る」
言いながら、ラディの頭に何かよぎるものがあった。どこかでこんなシチュエイションがなかっただろうか。ほんのわずかな手がかりしかまだ得られていないが、それでもこの状況を知っている気がする。ずっと昔、夢で見たような。
「あー、そっか。そうだよな。ちゃんと最初から説明しないと、いきなり呼び出されたんじゃわからないか。悪い悪い」
ジェイは軽い調子で謝った。
「オレ達大竜は、試練を乗り越えないと巣立ちが、わかりやすくお前達風に言うなら一人前になれないんだ。認めてもらえないって言うのかな。その試練には協力者が必要で、その適任者としてお前達が選ばれた。そういうことだ」
たぶん、ジェイは根本部分を話してくれたのだろうが、細かい部分でわからないことが山のようにある。
「どうして、異世界の俺達が選ばれるんだよ」
「この世界に魔法使いはいないから。協力者は見習い魔法使いでないとダメなんだ」
色々と制約があるんだ、とジェイは小さな肩をすくめてみせたのだった。
☆☆☆
大竜は、カロックと呼ばれるこの世界で強大な力を持つ種族だ。魔力はもちろんのこと、身体の頑健さや純粋な腕力など、カロックにいる他の種族は足下にも及ばない。
かと言って、大竜がカロックを支配している訳ではなかった。それぞれの種族にはテリトリーというものがあり、大竜も自分達の住処を荒らされることがなければ他の種族を従えてどうこうしようという意識はないのだ。
その大竜には、一人前になるための儀式のようなものがある。
それが大竜の試練。
異世界の見習い魔法使いの力を借り、協力し合って行う一大イベントである。
大竜の魔力は強い。だが、それは無敵や不可能とイコールではない。自分だけではできないこともあると自覚する。また協力者がいつも一人前の力を持つとは限らないので、どう協力するべきかを考える。そういったことを目的としているのだ。
「だけど、どうして人間に白羽の矢が立つんだ? しかも異世界なのに」
「人間だって、魔獣の力を借りるだろ。それと同じ感覚」
「……そっか。確かに、人間は人間で勝手にやれって魔獣に言われても、文句は言えないもんな。でも、力を借りるし」
高速の移動であったり、手強い魔物と対峙する時に彼らの魔力を利用したり。もちろん、拒否する魔獣もたくさんいるが、協力してくれる魔獣も多い。
「呼び出す側じゃなく、俺達が呼び出される側って訳か」
「でも、呼び出す呪文なんて聞いてないわ」
「地図があったろ? あれが呼び出し状みたいなもんだ」
ジェイの言葉に、二人は首を傾げる。地図なんてあっただろうか。
「ほら、手に持ってるそれ」
言われて気付いた。砕けた「紙」のかけらを、二人はずっと握りしめたままだったのだ。
「あれって地図だったの?」
確認する前にラディの手から落ち、砕けてしまった。そこに書かれていたのが文字だったのか絵だったのか、落ちる時には見えなかったので今となってはわからない。
「異世界に送り込まれた物さ。適任者の元へ渡るように仕組まれてる。見習い魔法使いじゃない奴が触っても、何の変化も起きないんだ。それ、割れただろ? それをきっかけにして、試練が始まるって寸法」
協力者として適任とみなされると、その人間が手にした途端に落ちて砕け、かけらはカロックへ戻る。同時に協力者もカロックへ移動するのだ。
「……で、砕けたかけらを全部集めれば、地図が完成する」
「そうそう。協力者は一人の場合が多いけど、たまーにこうして複数だったりするんだ。その場合、探すかけらの数が増えるとか何とか聞くけど……実際、探してみないとかけらがいくつあるのかもわからないんだよな」
「最初に移動するための魔獣を呼び出すんでしょ?」
「そうそ……って、あれ? よくわかったな」
自分が説明してないことをラディやレリーナが先に言い、ジェイは首を傾げる。
「ジェイはだいたいの方向がわかるけど、かけらに近付くにつれてその気配があいまいになってくる。その時、俺達が何かの魔法を使えば位置が掴めるようになる。だろ?」
「どうして知ってるんだ? まさかもう別の奴に呼び出された……ってことはないよなぁ。同じ奴を協力者として呼び出すことはないはずだし」
ラディとレリーナは、顔を見合わせて笑った。
「じいちゃんの話と一緒だ」
「うん。おじいちゃんが話してくれた異世界の名前、カロックだった気がするわ」
どこかで聞いたような、知っているような気がしていた。ジェイの話を聞いているうちに、ヴィグランが昔してくれた話と状況設定が同じだと二人は気が付いたのだ。
「嘘みたいだな。現役時代の話は本当だとしても、見習いの時のこの話はじいちゃんの作り話だと思ってたのに」
「あたし達を喜ばせるためにしてくれた話だと思ってたわ。これも本当の体験談だったのね」
成長するにつれ、作家でもないのにずいぶんつじつまが合う話をしてくれたものだ、と感心していた。何のことはない、実体験ならつじつまを合わせる必要はない訳だ。
「知り合いに協力者がいるのか?」
「まぁね。聞いていた時は本当の話だとは思わなかったけど」
「じゃあ、この地図はおじいちゃんが大竜の試練で集めた地図だったってことかしら」
レリーナが自分の手のひらにあるかけらを見詰める。
「そのじいちゃんってのが協力者だったなら、終わってから保管してたってことだな」
全てのかけらを集めて地図を完成させる。それが大竜の試練。完成した地図は協力者の手元に残る。保管するも破棄するも、その人次第だ。どういう処分をされたとしても地図はあちこちに存在し、試練に適した見習い魔法使いの前に現れる。もちろん、今回のように同じ物が別の協力者の前に現れることも。
「じゃあ、じいちゃんは大切に持ってたってことだな。あの時に聞かせてくれたのが本当の話なら、これがその地図だって見せてくれればよかったのに」
「見た目は一枚の紙だもん、見せたら逆に夢が壊れるって思ったのかもよ。ねぇ、ラディ。おじいちゃんがあげるって言ってた物、この地図だったんじゃない?」
「魔法道具じゃないけど。んー、そうだな。真相はあえて隠して、そのうち何か起きるかも知れない、とか何とか言って渡してたのかも」
結果的にヴィグランから直接手渡されることはなかったが、レリーナが言うようにこの地図を渡すつもりだったのかも知れない。今となっては聞くこともできないが、ヴィグランはこうなることを期待していたのだろうか。
「どうやら、ほとんどのことは聞いてるみたいだな」
「大まかなことだけだよ。話を聞いたのは小さかった頃だし、色々忘れてる部分もあるだろうから」
「細かい話はおいおいするよ。……で、今更なんだけど、協力してくれる、よな?」
「あら、いやだって言っても、かけらが見付かるまでは帰れないんでしょ?」
「ん、まぁ、そうなんだけどさ」
ジェイはちょっときまりが悪そうに、短い前脚で頭をかく。
ヴィグランの話では、一度呼び出されるとかけらが見付かるまで自分の世界に戻れないということだった。魔法使いの力ではもちろん、呼び出したことになっている大竜でも無理なのだ。そもそも、呼び出されるのは協力してくれるとみなされた見習い魔法使いである。ここまで来たら、不承不承でも協力せざるをえないということもあるから、やるしかないのだ。
無理矢理呼び出したようなものなので、適任者と地図が判断したとは言っても実際に口に出して頼む立場のジェイとしては多少後ろめたい部分がある。まして、見ず知らずの異世界の人間だから、なおさらだ。
「俺さ、じいちゃんの話を聞いて自分も行ってみたいって思ってたんだ。作り話だろうって思うようになっても、本当に行けたらいいなって。俺の夢はロネールで一番の魔法使いになることだけど、その前に別の夢がかなったって感じだな」
ヴィグランの語る話に、心が躍った。いつもわくわくしていた。自分もその世界に行ってみたいと思ったし、竜にも会ってみたかった。子どもの頃に願っていたことが、目の前で本当に起きている。
「大竜の試練が夢?」
「試練ってのはともかく、異世界で冒険するなんてそうできないじゃないか。ジェイ、一緒にがんばろうぜ」
「あたし、たぶんジェイが思ってるよりレベルが低いと思うけど、がんばるわね」
「お、おう。頼りにしてるからな」
二人の見習い魔法使いは、小さな大竜の小さな前脚にそれぞれハイタッチした。
☆☆☆
かけらを捜す段取りとしては、ジェイがかけらがあるおおよその方向を示すので、まずは全員でそちらへ向かう。かけらに近付く程に気配が薄れてくるので、その時にジェイが指示する魔法をラディかレリーナが使うと、はっきりわかるようになる。それを繰り返してかけらのある場所を確定させていくのだ。
「今反応してるのは、北の方だ」
ジェイが指し示す方には、山がある。その山の手前には草原が広がっていた。
「オレが思うに、あの山の中じゃなくて、その向こうだろうな。山の向こうには森があるから、その近辺とみた」
「そんな遠くからでも、かけらの気配を感じられるのね」
山でも森でも、捜すのが大変なことには違いない。ここはジェイがかけらを感じ取る力を信じるしかないのだ。ラディとレリーナはあくまでも協力者。先頭に立って捜すことはできない。だいたい、手に持っているかけらの一部からは何の気配も感じないのだ。こんな物を、どれだけの広さがあるかわからない世界で捜せと言われても無理である。ジェイには今回捜すかけらの気配だけが感じられるらしい。これが唯一のヒントなのだ。
「そこへ行くのに魔獣の力が必要……ってことだよな」
「ああ。オレは見ての通り、宙を移動できる。でも、今の姿だと速さにも限界があるんだよな。それに、お前達は足での移動だけだろ。それじゃ、あの山を越すのに何日もかかっちまうからな。移動くらいは素早くしたいだろ」
「あたし、魔獣なんて呼び出せないわよ」
「俺は召喚術は習ったけど」
魔獣召喚については、上級クラスに進級してからだ。今のクラスでも一応の召喚術は習うものの、それは妖精など穏やかな性質の存在を呼び出す術。規則では、魔獣を中級の見習いが呼び出す場合、正式な魔法使いが一人以上その場にいなければいけないことになっている。つまり、余程特殊な状況でもない限り、授業だけでしかできないということだ。
「ラディ、あのさ……お前、自分が今どこにいるかわかってる?」
「え? カロックだろ? この丘の名前は知らないけど」
「ここはムーツの丘。ま、それはいいけど、お前はカロックにいるんだろ」
「そうだけど、それが何だよ」
「やっちゃいけない魔法ってのは、お前の学校が決めたことだろ。ここにお前の学校があるのか? 先生がいるのか? 妖精を呼び出したって、お前達を乗せて移動なんてしてくれないぞ」
確かに、禁止したのは魔法使い協会の魔法使い達であって、それを異世界のカロックでも守る義務はないのだ。
「でもね、ジェイ。あたし達のレベルが低いってわかったら、呼び出した魔獣が何するかわからないから危険だって先生が……」
こんなレベルの低い奴に呼び出されたのか、と怒った魔獣に襲われる。そういう危険性があるので禁止されているのだ。好奇心でやるには危険すぎる術なのだ、と。
「万一、喰われそうになったら何とかしてやるよ。お前達の命の危険がある時は、魔力もちゃんと使えるようになってるからさ」
「それって……危険な時以外は使えないってことか?」
「えっと……まぁ、試練の間はかなり制約されてる」
魔力を自由に使えない不満なのか、ジェイの表情が少しすねたものになる。ジェイの身体が本当に小さいということもあるが、小さな子どもが不満な時にするような顔に見える。ラディは思わず笑った。
「な、何だよ」
「いや、何でもない。そうだよな。ロネールの規則をカロックで守る必要はないんだ。俺、本当は早く魔獣を呼び出したかったんだよな」
「大丈夫なの、ラディ」
「大丈夫じゃなくても、この魔法ができなきゃ始まらないんだ。不安でも、やらなきゃ」
「……ラディ、全然不安そうに見えないわ。むしろ、嬉しそう」
レリーナがあきれたようにラディを見ている。
「そっか? これでも緊張してるんだぜ。初めてやる魔法だしさ」
召喚は、近くにいる妖精を呼び出す。魔獣召喚の場合、呪文の一部を変えるだけ。だから、発動やその結果はともかく、中級クラスのラディでも詠唱は可能だ。
「言っとくけど、ちゃんと自分達が乗れる魔獣を呼び出してくれよ。足を置いただけでつぶれそうなのは却下だからな」
「初めてなんだから、そう注文しないでくれよ」
軽く息を吐いて、ラディは呪文を唱えた。妖精を呼び出した時の手応えと似た空気を感じる。たぶん、ちゃんと発動しているはずだ。あとは、どんな魔獣が現れるか。まさかとは思うが、ここで大竜が現れたりしたらどうなるのだろう。
そんなことを考えたのは、ほんの数秒。
ラディの魔法は確かに発動し、目の前が白く光る。魔獣が現れたのだ。
「うわ……すげぇ」
自分で呼び出しておいて、自分で驚いた。
現れたのは、馬の魔獣だ。全体の色で言えば、白馬。魔獣なので、もちろん普通の白馬ではない。たてがみと尾、蹄の周辺に青白い炎が燃えている。その瞳は、サファイアのように真っ青だ。身体全体は普通の馬より一回りは大きいだろう。炎馬と呼ばれる魔獣である。
ラディの魔法に反応し、一番近くにいたのがこの青い炎の馬。まさか最初の魔法でこんな大きな魔獣が呼び出せるとは思ってもいなかった。
「私を呼んだのは、お前か?」
その美しさに、ラディもレリーナもぼーっとなっていた。問いかけられて、ラディははっとする。
「あ、ああ。俺はラディ。お前の力を借りたい」
まつ毛、長いなー。まばたきしたら、風が起こりそう。目だけ見てたらすごく色っぽいけど、声は男だな。ってか、魔獣って本当に話ができるんだ。火の要素を無視したら普通の白馬なのに、まともな意思疎通ってすっげぇ。
「お前は何ができる?」
「え?」
初めて呼び出した魔獣に感動すら覚えていたラディは、白馬の問いで正気に戻る。
「何って……」
「カロックにいて人間に呼び出されるなど、考えたこともなかった。私を呼び出すからには、相当の力を持っているのだろうな」
「そっか。彼はカロックの魔獣なのね」
「カロックで唱えたんだから、当然だろ。お前達の世界には、呪文の声も届かないしな」
当然のことかも知れないが、こうして現実に起きるまでそんなことまで意識していなかった。
「いや、そんなことより、何ができるって聞かれてどう答えたらいいんだ?」
へたなことを言えば、さっきの話ではないが喰われかねない。いくらジェイが守ってくれると言っても、そういう事態にならない方がいいに決まっている。
「そのままでいいじゃん」
ラディの焦りをよそに、ジェイはあっさり答えた。
「そのままって……」
「だから、ラディができること」
「それって、授業で習った魔法のことって意味なの? 言い出したら数が多くて大変だわ」
「どう答えるかはラディ次第だな」
じいちゃんはどう答えたんだろう。
話を聞かせたくれた時、現れた魔獣から質問なんてものはなかったように思う。それとも忘れただけなのか。もしくは、そんなことを尋ねられなかったか。どれにしろ、ラディの中にヴィグランが口にした「答え」はない。仮にあったとしても、それは使えない。それはヴィグランの答えであり、ラディの答えではないから。
「俺は……」
「何もできないのか? ただ魔獣を呼び出すだけの能なしか」
「誰が能なしだっ」
「だったら、答えろ。お前は何ができる」
再び魔獣が尋ねる。
「俺は、大竜に協力できるっ」
「は?」
「魔力の高い大竜が協力を求めるような魔法使いだ。できることをいちいち並べてたらキリがない。お前を呼び出すだけの力があるんだから、それで十分だろ」
ラディは勢いだけで言いつのり、魔獣はジェイの方をちらりと見る。見られたジェイの方は軽く肩をすくめた。
「本当にそのままだな。そういう意味で言ったんじゃなかったんだけどさ」
ジェイは苦笑する。
大竜が協力を求める、ということは、まだ一人前の実力がない、という意味になるのだ。それなりのレベル以上の魔獣であれば、大竜の試練では半人前の魔法使いが呼び出される、ということを知っている。ラディは堂々と自分が半人前だと宣言したようなもので、魔獣としては「お前の協力者、こんなことを言ってるが大丈夫か?」と半ばあきれてジェイを見ていたのだ。もちろん、ジェイは相手の言いたいことがわかっている。
「確かに……お前は私を呼び出したな」
長いまつ毛が伏せられる。人間なら、わずかにうつむき、微苦笑を口元に浮かべている、といったところか。
「いいだろう。お前に力を貸してやる」
「本当かっ? ありがとう!」
炎馬の答えにラディは破顔し、レリーナはほっとした表情を浮かべ、ジェイは「あれ? いいの?」という顔をする。ジェイはさっきのあきれた炎馬の表情からてっきり「お前に貸す力など、ないっ」とか何とか言って走り去られるのがオチだと思っていたのだ。
「お前のような魔法使いを見るのも一興だ。あれだけ堂々と半人前宣言をされると、こちらとしても何も言えなくなる」
「ああ言うしかないだろ。どうせ、俺が何を言ったって見破られるだろうし、それならいっそって」
見栄を張っても仕方がない。嘘はすぐにバレる。何ができると言われても、たぶんできないことの方が多い。だったら、と開き直りと勢いだけで偉そうに言ってみた。相手が雰囲気に飲まれてくれればラッキー、くらいに思って。
「……では、意味がわかって言っていたのか?」
「呼ばれるのは見習い魔法使いだけって、最初に聞いてるからな。もしかして、俺が何もわからないで言ってると思ってたのか」
「……」
横を見れば、ジェイはあらぬ方向を見ていた。
「俺はそこまでバカじゃないぞ!」
「自己紹介が遅れたな。私はリーオンだ」
「うわ、話をそらしやがった」
「あたしはレリーナ、彼はラディよ。よろしくね、リーオン」
さりげなくレリーナがフォローに回る。
とにかく、これで試練を始めるのに必要なメンバーが揃った。