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【復活】ゆめいろパレット~16歳JK、変身ヒロインはじめました~  作者: イマジンカイザー
(終)18:私のキラキラ、永遠に
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魔法少女かくあるべし

本作をご覧になられている皆々様、あけましておめでとうございます。

本章も本話含めて残り五話。急転直下の展開をどうぞおたのしみください。

◆ ◆ ◆


 今から少し昔、朝食で宅を囲んだ時、パパとママに訪ねたことがある。

『ねえ、どうしてわたしのスマホには、"グリッタちゃん"のプレイリストが入れられているの?』

 両親から買い与えられた子ども用のスマートフォンには、見守りアプリや位置情報の他、『つべ』で観られる動画のプレイリストが先んじて盛り込まれていた。最初のふたつはまあわかる。けれど、別に興味がないのに知らないひとの動画なんて入れられても、正直気持ち悪いだけだった。

「ふふふ。いいでしょう。パパとママのお気に入り、初登場からもう八年。あきる野って町のご当地アイドルなのよ」

「ママもパパもグリッタちゃんのことが大好きなんだ。どうしてかは分からないけど……つらい時、悲しいときに彼女の動画を見ると、なんとなく前を向こう、頑張ろうって気持ちにさせてくれるんだ」

 そう言われて観てみたが、画面に映るのはいい歳したお姉さんが引きつった笑顔でダンスを踊り、やけっぱちに歌を唄う姿だけ。両親が言わんとすることはさっぱりとわからなかった。

『こんなのの、何が面白いんだろう』

 親との会話づくりのため、無駄だと思っても見続けた。得られるものは何もなかった。

 けれど、無駄だと言って切り捨てることも出来なかった。いい歳をした女の人が踊り狂うその絵面を、わたしは無視できず、そのまま眺めつづけていた。


※ ※ ※


「冗談。あんたなんか……あんたなんか!」

 怒りとプライドがアイムを地球ではなく、ちはるが今なおその身体を置く宇宙空間に戻した。もう先程までの余裕はない。僅かに息を弾ませ、かたかたと歯の根を鳴らしている。

「怖いんだ。勝てないとわかって、自分じゃ私は超えられないと思っちゃったから」

 ちはるは構えを取ることさえなく、必死な形相で自分を見やるアイムにそう告げた。嘲り笑うのではなく、淡々と事実だけを言葉に込めている。

「何度やったって結果は同じ。いい加減、駄々をこねるのはやめて、私の話を聞いてほしいな」

「ふざッ……けんな!」

 それが正論だと解っていても、相手に指摘されると黙って引き下がれないのが子どもだ。アイムは恐怖と困惑を怒りで塗り潰し、無重力空間での制動に成功する。

「この世で一番すごいのはわたしなの、誰でもない、わたし!」

 ティアラに願いを込め、ちはるの遙か後方を指差した。瞬間、全容を把握できないほどの隕石が、ちはるを押し潰さんと迫り来る。

「だからさ。芸がないんだよね」

 西ノ宮ちはるは無感情にそれを一瞥すると、キャンバスを展開し筆を走らせる。これはマントか風呂敷か。隕石よりも巨大な赤の布がそれを包んで丸まると、くしゃくしゃにされて縮んでゆく。

「九つしか生きてないあなたと、二十六も歳を重ねた私。イメージ出来るモノの数であなたに負けるわけがないでしょ?」

 最早勝利は決定的であった。アイム自身も、これ以上粘ったところで勝ち筋は無いと理解していた。彼女を突き動かすのはただの意地だ。吐いた唾は飲み込めないというだけの話である。

「何度も言わせないで。もう、終わりにしよう?」

 怯えるアイムの下に、矛を収めたちはるが迫る。騒乱への怒りや勝利への優越感もない。ただただ憐れみの表情だけを浮かべている。

「や、や……こっち……こないで……」

 しかしそれは今のアイムにとっては逆効果だ。慈愛を以て自身に迫るちはるを恐ろしく思い、無意識の内にまほうを発動。眼前に分厚く巨大な鉄の壁を生じさせた。

 ちはるは最早それを気に留めもしない。無心にペンを走らせ、自身の何百倍も大きな消しゴムを生成。壁を擦ってこの世から消し去ってしまう。

「こっち、来ないでって……言ってるの」

 震えた声で両掌をちはるに向ける。新たなワームホールが六つ正面に現出し、今の今までピューロランドに向けられていた無数の弾道ミサイルが飛び出した。

 やはり、ちはるは無感情無反応である。キャンバスを盾めいてミサイルにかざすと、波しぶきと共に巨大なクジラが出現し、放たれたそれらすべてを大口の中に呑み込んだ。

「やめてよ……やめてったら!」

 アイムの体が真珠めいた円に包まれ、『拒絶』を示す鋭利な棘が噴き出した。だがそれも無駄な抵抗に過ぎない。ちはるは平と伸ばした手の甲でそれを払い、とうとうアイムの下へと辿り着く。

「ありがとう、みら」

 ちはるは棘が食い込むのも厭わず、アイムが隠れた珠を抱き留める。射程の内に入ったからか、まほうによる猛攻がぴたりと止んだ。

「あなたはさ、私のために動いてくれてたんだよね。私が瑠梨ちゃんを殺せなかったから。どうにもできなくて固まっていたから」

 だから、争いそのものを根こそぎ奪い、ちはるが安心して暮らせるようにする。荒唐無稽でスケールの大きな所業だったが、そうであるなら得心が行く。

 珠の中に籠もったアイムは口をつぐんで何も答えない。しかし、真珠めいたその外殻には、薄っすらと亀裂が走っている。

「私はもう平気。現実はつらくてしんどいことばかりだけど、それだけじゃないって事が分かったから」

 ゆめの中で視た幾つもの楽しかった記憶。人生は辛いことと楽しいことの繰り返し。それは大人になろうと変わらない。

「私ね、やっと解ったの。あなたが、それに気付かせてくれたんだね」

 出会いこそ成り行きで、最初は早く追い出したいとさえ思っていた。けれど、彼女に振り回される中で疎遠だった旧友と和解を果たし、生活のためにと無理をしていたご当地アイドルの仕事やグリッタちゃん。好きだったものを再び『すき』と言えるようになっていた。どれもこれも、みらがいなければ成立しなかったことだ。

「もうあなたが頑張らなくたっていい。私は私のまま歩いてゆけるから」

 食い込む棘を意に介さず、暖かな声と共に珠を愛おしそうに抱き寄せる。ちはるは最初から解っていた。だからこれは総て自分の責任だ。みらが道を踏み外そうとしたのなら、保護者たる自分が止めるべきなのだと。

「だから戻ってきてみら。私と同じ間違いを冒しちゃ駄目だよ。一人でもいのちを奪ったら、あなたは二度と日なたの道を歩けなくなる」

 もう無秩序で異常な暴君でいる必要はない。チカラを以て我を通した先にあるのはいつだって孤立だ。十六の自分と同じ過ちは絶対に繰り返させはしない。

「まほうはヒトを傷付けたり苦しめたりするものじゃない。キラキラのピカピカで、見てくれたヒトを明るく照らすものじゃなきゃいけないの。みらのまほうはそれが出来る。私のために、こんなことに使っちゃいけない」

 珠の表面に走るヒビが色濃くなってきた。アイムは西ノ宮みらとしての記憶を失くしてなどいない。両方を抱えてそれでもなお、ちはるの為に動いていたのだ。

「大丈夫。戻って来られるよ。あなたは私なんかよりもずっと先に行ける。道に迷い、諦めちゃった私なんかとは違ってさ……」

 それはちょっとした自虐であり、若く才能ある人間への憧憬。こうありたいという願望が口を突いて出た格好であった。

「私”なんか”なんて。そんな寂しいこと言わないでよ」

 意図したものではなかったが、結果的この一言が閉じていた最後の門戸を開く鍵となった。棘が引いて完全なる珠に戻り、ひび割れた外殻が剥がれ落ちていく。

「そっか。そういうことだったんだ」

 あの日、両親が言っていたことがようやっと理解できた。グリッタちゃんはみんなを笑顔に出来るチカラがある。

「わたしじゃ"そこ"まで辿り着けなかった。本当にすごいのはグリッタちゃんの方だよ。諦めた、なんて言わないで」

 アイムに諭され、ゆめの中でグリッタちゃんとした話が蘇る。「あなたの『すき』は誰にも負けない。自分が少数派なら、喧伝してオンリーワンになればいい」。それまでの人生が転回しそうな程の衝撃を受けたが、それを下支え出来る柱がなかった。他ならぬみらにそう言われ、ようやく自信が持てたような気がした。

「そっか。そうだね。ごめん」

「自信持ってよ。十年も魔法少女やってたんでしょ」

 まあ、成り行きだけどね。殻を破り、天の岩戸から抜け出たアイムを抱きしめて、西ノ宮ちはるは屈託のない笑みで迎えた。棘に貫かれた傷が癒え、衣装の綻びも元通りに直されてゆく。

「それでね、みら……」

「うん。解ってるよ、グリッタちゃん」

 和解を果たした今、お互いそれぞれがすべきことを理解していた。

「もう、こんなことは止めて、パパやママの所に帰れって言うんでしょ」

「そ。親がおうちに居ることがどんなに幸せか。いまのあなたならきっとわかるはず」

 物心付く辺りで母を。父も子供のうちに失い、最後の親類だった祖母も一年前鬼籍に入り天涯孤独。みらがいてくれたお陰で幾分か和らいだが、そうでなかったらどうなっていたことか。

「そう、だよね」納得したし、そう(・・)すべきなのは理解しているが、どうにも歯切れが悪い。「わたし、家に帰るのが怖い。パパやママに怒られるからじゃないよ。グリッタちゃんと離れ離れになっちゃうから」

 まほうのアイテムは、個々人それぞれのために与えられたものだ。一旦他人に渡れば砂となって消滅する。西ノ宮みらという人格は、ティアラによる記憶消去が引き金となって起きた事象だ。ティアラを無くすとどうなるか。アイムは本能的に理解していた。

「大丈夫だよ」それはちはるも同じだ。微笑んで頭を撫で、彼女の髪に顔を埋めて、優しい声でこう続ける。

「たとえ忘れたって、私はずっと覚えてる。私のことを忘れても、グリッタちゃんのことはきっと憶えてる。泣きたくなった時、助けて欲しくなった時は名前を呼んで。どこからだって駆けつけてあげるから」

「ほんとう?」

「私はあなたに勝ったんだよ。どんな不可能も可能にしてみせる」

 実際のところ、根拠などどこにもない。ちはるの側が忘れてしまう可能性も否定できない。しかしそんなものは無粋である。自分を負かしたグリッタちゃんなら。笑顔を取り戻してくれた西ノ宮ちはるなら、そんな理たやすくねじ伏せてくれるはず。

「わかった。信じるよ」

 アイムは自らの頭頂に手をやり、約一年近くそこに在り続けたティアラを外した。恐怖はない。どんな不安も彼女がかき消してくれるなら。

「またね」

「うん。またね」

 まほうのティアラはちはるの手に渡り、砂となって宇宙に融けていった。



「起きて。起きなさいアイム。もうそろそろおやつの時間よ」

「ずうっと寝てると、ママの焼いたクレープ、パパが全部食べちゃうぞぉ」

 不意に意識が飛んだ後、我妻アイムは勝手知ったる自室のリビングに横たわっていた。聞き知った暖かな母の声。朗らかで楽しげな父の声。クレープ生地の香ばしい香り。甘いクリームの匂い。

「あれっ、グリッタちゃんは? なんで家? わたし、さっきまで宇宙に」

「お寝坊さん。どんな夢を視てたのか知らないけれど、ここはうちで、グリッタちゃんは動画でしょ」

「ははは。平和でいいじゃないの」

 誰かが何か、大切なことを言っていた気がする。こことは違うどこかで、幸せに暮らしていたような気がする。だけど総て夢幻で、今ここで笑顔を見せる父母が本物。それだけは間違いない。

(何もかも全部、ゆめだったのかな)

 改めて、手元にあったスマホを見やる。二十歳そこそこのグリッタちゃんが、友達のズヴィズダちゃんと歌って踊る動画がリピートで流されている。不自然に真ん中が空いていた(・・・・・・・・・)のだが、その答えを探すことは出来なかった。


「ほぉら、クレープぐちゃぐちゃになっちゃうわよ」

「暖かいうちにおあがり」

「はぁい」

 我妻アイムは些細な疑問を脳の片隅に放り、父母の待つテーブルへと駆けてゆく。西ノ宮みらというもう一人の自分に、彼女は知らず知らずのうちに別れを告げた。


※ ※ ※


「終わった、の……?」

 東雲綾乃は、友人三葉の膝に頭を載せたまま、女王アイムが開けた大穴から外を眺めていた。

 それまで続いていた外の騒乱が収まり、着ぐるみを構成していた糸が多摩市民から離れ、風に乗って空高くへと消えて行く。

「そうだね。終わった」

 同時に頭上に桃色の光が灯り、ヒトの形を伴って降りてくる。ちはるだ。フュージョンゲートを伴い、宇宙空間から帰還したのか。

「さすがあたしの幼馴染。やればできんじゃん」

「信じてくれて、ありがとね」ちはるは左腕のキャンバスにペンを走らせ、メディカルキットらしきものを現出させた。ひとりでに開いた箱の中から包帯が現れ、痛む綾乃の患部を優しく巻いていく。

「みらは。どうしたの」

「見送ってきたよ」

「そう」

 晴れやかで、少し切ない表情。曇りのないその瞳を見、綾乃はその先に続く展開を察した。言葉は無粋か。ちはるはそれ以上何も告げず、ふたりに向かい微笑み返した。

「お疲れさま。ちぃちゃん、アヤのん」そこに、綾乃を支える三葉が労いの言葉をかけてきて。「終わったんやな。やっと」

 璃梨との死闘に端を発した八日間の騒乱も、これにてようやくエンドマーク。ちはるが身を削り、綾乃が気を揉むこともなくなる。ずっと外野だった三葉にとって、それは何よりも救いであった。


『――あはは。あはは。はは。いやはや、面白い! 最高の楽しみをありがとうだよん、西ノ宮ちはる』

 否。否否否。終わる訳がない。終わるはずがない。そもそもこの状況を産み出した根源が。ちはるとアイムの争いを、かぶりつきで鑑賞していた大元締めが、安堵する三人を見下ろし手を叩いて笑っているではないか。

『――キミにペンを、花菱璃梨にキャンバスを。ばらけて与えていたことが、まさかこんな効果を及ぼすことになるとは。これだから人間って奴は面白い。小手先の計算を軽く超えてくるそのイマジネーション! キミという人間を選んだこの目に狂いはなかった。ああ、ああ。最高の見世物なんだよん』

 それまで聞いたことのないような、朗らかなれど嫌味ったらしい笑い声。奴にとっては、ちはるもや璃梨、アイムや他の連中も。総て等しくこの悪趣味極まりないゲームの駒でしかないのだ。

「ごめん。前言撤回やわ」三葉は厭悪(えんお)に歯の音をがたつかせ。

「その口が何を言う……。あたしや、沢山のヒトたちの未来を奪っておきながら!」綾乃は無理を圧して三度立ち上がる。

 皆、思い違いをしていた。こいつがいる限り、第二第三の我妻アイムが産まれ続ける。負の連鎖はここで断ち切らねば。今の自分にはそうするだけのチカラがある。

「降りて来い、クズ野郎」

 血の気の引いた蒼い顔で、西ノ宮ちはるはただ一言。それだけをファンタマズルに叩きつけた。

『――キミが? 私に? あはは面白い、気の済むまでやってみるんだよん』

 創造主とそれに抗う最後の子。戦いの火ぶたは今、切って落とされた。

・次回、『巣立ちの時はきた』につづきます。

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