ゆめいろのパレット
正真正銘のラストスパート、及び年内最後の更新となります。チート能力をチート能力で押し返す主人公の姿をどうぞご覧ください。
◆ ◆ ◆
「みらは想ったことをカタチに出来る子だ。使い方を理解して本気になったなら、それこそセカイだって手に出来る」
西ノ宮ちはるはキャンバスにペンを走らせながら、三葉が集めた乾パンを齧り、彼女に背を向けたままそう告げる。
「せやな。やけん、ちぃちゃんも別の方法で対抗せんと」
「逆だよ。むしろ向こうの土俵に上がらなきゃ」
ちはるの手は迷いなく線を引き、仔細を細かに詰めてゆく。既に完成形がアタマの中にあるとでも言うように。
「あの子にはただチカラで勝つだけじゃ意味がない。あの子の得意を真正面からへし折って、心底勝てないと思わせなきゃ」
それこそ何でも出来る相手だ。単に圧したところでもう一度襲って来る。堂々巡りじゃ意味がない。
「だったら、お前は何をするんだ」
ちはるの側で乾パンのおこぼれに預かる瑠梨が、キャンバスを覗き込みながらそう尋ね。
「だからこれを貰ったの。向こうが考えたことを実体化するんなら、こっちは直接描いてカタチにする」
もう殆どデザインは上がっていた。後は色を塗るだけだ。線画から描画に切り替え、ペンを横に寝かせてなぞり色を付けてゆく。
「描いたものを実体化させるまほうのペン。描いたものにいのちを与えるまほうのキャンバス。その二つが合わされば、みらにだってきっと並べる」
出来上がった絵を観、ちはるは二人に向かいそう告げる。口調こそ穏やかだが、その瞳は昔のようにきらきらと輝いていた。
「大丈夫。絶対やれる。だって、私は『わたし』なんだもん」
※ ※ ※
「プレディカ!」
「じょ、お……王様……?」
仰向けで大の字を作る哀れなヒトガタカマキリに、主たる瑠梨が駆け寄って来た。プレディカは聞き慣れた声に目を丸くし、唯一動く首を彼女の側に向ける。
「御自らどうして。あなたは……」
「倒そうとしていた敵に救われた。ちゃんと最後まで見届けろってさ」
綾乃のカウントに際し、セリオ・ピューロランドに召喚されたのはちはるひとりではない。すぐ傍にいた瑠梨らも共に移動し、決戦の舞台に現れたのだ。
「あんた"だけ"とちゃうやろ偉ッそうに。ひとりだけ特別みたいな体で喋ンなや」
桐乃三葉はすれ違い様にそう吐き捨て、客席があった場所で横たわる綾乃の元に向かい。
「助けに来たでアヤのん。邪魔になるで隠れとってって」
「さんきゅー。きっと来てくれるって思ってた」
「思ってたんやったら、あんまり心配させやんといてや」
綾乃の背に腕を回し、引きずりながらそうぼやく。チカラのない人間はいつもこうだ。無茶のしわ寄せをこうして被ることになる。
「事情はなんとなく理解した。もう、大丈夫なのよね」
「せや。"あぁ"なったちぃちゃんは無敵。アヤのんもよう知っとるやろ?」
引きずられて離れる最中、綾乃は幼馴染の顔に目を向ける。とても穏やかな顔つきだ。けれど、見開かれたその瞳は、昔みたいに絢爛と輝いていた。
「遊びはもう終わり。あなたは、あなたのいるべき場所に帰りなさい」
手にしたペンを相手に突き立て、西ノ宮ちはるは凛とした顔でそう言い放つ。その姿はまるで、いたずらをした子どもを叱る母のよう。
「今更。今ッ更保護者面してえらそーに! わたしは世界の誰よりも強いのよ。わたしのやることは全部正しいの ! それを邪魔するって言うんなら」
アイムはこめかみに両手の人差し指を当て、破壊のイメージを思い浮かべる。瞬間、屋内でありながらちはるの頭上に暗雲が発生し、中で稲光が渦巻いている。
「消え、ちゃえ!」
上げた右手を振り下ろし、雲内で集束された稲妻を解き放つ。ホール全体隙間なし。ちはるひとりどころか、今ここに居る全員がターゲットだ。避けようがない。おどろおどろしい雷鳴がホールに響き、窓や扉が激しく揺れる。
「あ、れ……?」
だが、それだけだ。超至近距離で雷が起きたにも関わらず、このフィールドはホールとしての形を保っている。
答えはすぐに見付かった。拡散する土煙が薄くなったその先では、ドームと見紛う程に広く大きな桃色の蝙蝠傘が差され、その衝撃は地中に吸い込まれていたからだ。
「誰を消すって?」傘が閉じられ、その中心点に居たちはるが顕となる。彼女はその場を一歩も動いていない。左手の篭手めいたキャンバスに、右手に握ったペンを走らせているだけだ。
「はっきり言っておくよみら。あなたが何を考え、何をしようとも。私には絶対に届かない」
ちはるは大きく深く息を吸い、目を閉じた。楽しかったこと、辛かったこと、苦しかったこと。今までに経験した多くの出来事が去来する。その総てを胸に秘め、万感の思いを言霊に変えて吐き出した。
「この手にあるのはまほうのチカラ。ペンとキャンバスでゆめを描き、ワガママ正して皆の笑顔を丸ごと守る! 我こそはキラキラの申し子、ゆめいろのチカラを操る魔法少女、西ノ宮・ちはる!!」
一語一語にポーズをキメ、くるっと回って可愛くウインク。十年近く前、グリッタちゃんになり切って一人遊びしていた頃の名残りか。気合と体力が乗りにノリ、今までで一番キレがある。
「は……?」
「はあ?」
「なんなん、それ」
だが、傍目に見ていた友人たちからの評価は困惑だ。今の今まで大人っぽく悟っていた彼女が、急に退行を起こし、かつてそのままに戻ってしまったのだから。
「うん、アー……おほん!」アイムもまた理解に若干の時間を要したが、咳払いと共に折り合いをつけ、めちゃくちゃな怒りを叩き付けた。
「だから何!? それがナニ? グリッタちゃんを捨ててコスプレしただけのあんたが、わたしに勝てるワケあるもんか!」
怒りに任せ、両手をさっと振り上げた。閉じたままの天井があぶくを噴き始める。程なくして大穴が開き、蒼い空を多種多様の着ぐるみが埋め尽くす。
「潰せ潰せ、潰してしまえーっ!!」
アイムは掲げた右手をぐっと握り込む。瞬時に総ての着ぐるみの目が輝き、ちはるに対し殺意を向けた。
「ほっほぉ~? そう来る? きちゃう? だっ・たら!」
相対するちはるは怯むことなく左手のキャンバスをタップ。指先をぱっと開いた掌大のそれは、瞬時にA1画用紙ほどの大きさへと変化した。質感や重量は無いが、描き込むのに支障はない。ペン先を滑らせ、思い描くイメージをカタチにする。
「いでよ! 毛糸解き解きー!」
絵を描いて形にしたのは、粗い目を持った巨大なふるいだった。着ぐるみたちがミサイルだとすれば、こちらはそれを塞ぎ切る盾か。ちはるを目掛け放たれた着ぐるみたちがふるいに向かい頭から突っ込んで来る。
「ゴー、ゴー、ゴー! ドンドン来て来て、おいでおいでおいでー!」
幾ら大きかろうとふるいはふるい。着ぐるみたちは目をすり抜け落ちてくる。だが、通り抜け出たそれは皆人間だ。人間砲弾として放たれたそれら総てが、元の姿を取り戻してゆく。
「ここ……ってピューロランド!? 嘘やだ、なんで!?」
「なんだ!? なんなんだ!?」
「逃げろ、逃げるんだァ」
今の今まで着ぐるみをやっていた人間が、この事態を正しく理解できるはずも無く。解放された人々は礼を言うこともなく、ただただ一心不乱に逃げ惑う。
「なによ……。何よ何よナンなの!?」
ティアラ本来の力に覚醒してから、思い通りにならないことなど一つも無かった。たとえ相手がグリッタちゃんであろうとそれは同じ。高を括り侮っていた。その結果が、これか?
「そんなの絶対ユルサナイ。わたしの方が凄いのに!」
端正な顔を怒りに歪ませ、ちはるに向かい右人差し指を突き立てる。それそのものがトラップだ。向けられた指を見た瞬間、ちはるの足元ががま口状に開き、奈落の底へと突き落とす。
「良い旅をグリッタちゃん! どこに行くかはわたしも知らないけど! ふぁーはっはっは!!」
綾乃を無秩序にワープさせたあの技だ。逃げの一手を打ち、情報の暴力で疲弊させるつもりか。
「はいよ、っと。ただいまー」
「おかえりー……えっ?」
さてこれからどう料理してやろうか。卑下た笑みを浮かべるアイムのすぐ後ろで、何の前触れもなく現れた引き戸。まるでその辺の散策から戻ったように。ハチャメチャに付き合わされたこの瞬間など無かったかのように。西ノ宮ちはるはアイムの後ろをまんまと取った。
「冗談じゃ、ないッ」これはなにかの間違いだ。即座に左手人差し指を突き立て、どこか別の場所へと送り込む。
「無駄だよ」だが結局は堂々巡りだ。送られた次の瞬間、ちはるは正面にドアを作り、何食わぬ顔でそこから戻って来た。
「名付けてどこからでもドア。あなたが私をどこに送ろうと、これがあればいつだってここに戻って来られる」
それは、この空間転移が一切通じないことを意味している。必殺と思った一撃を即座にスカされ、アイムの眉間に幾重もの皺が刻まれた。
「な、な、な……! 生意気な。生意気! 生意気! ナマイキーっ!!」
長く艷やかなプラチナブロンドの髪が風も無く浮き始め、それに呼応し周囲の瓦礫が舞い上がる。コンクリート製の大小瓦礫は縦回転・横回転をはじめ、砂埃を噴きながらちはるの元へと飛んでゆく。
「今更。こんな、小細工!」
ちはるは目視でそれを確認後、ペンを走らせ、左腕を瓦礫ギロチンの前に掲げる。真っ白なキャンバスに巨大な吸引ノズルが現出し、瓦礫らをひとつ残らず飲み込んでゆく。
「かかったわね」しかし、アイムの狙いはそこではない。ちはるが何らかの形で反応することを読んでいた。ペンを握る手が止まり、瓦礫にかかりきりとなったこの瞬間を彼女は見逃さなかった。
「ぶっ、飛……べぇえええええ!!!!」
ちはるの体が桃色に輝き、重力の軛から解き放たれた。光は彼女を大穴から遙か大空へと跳ね飛ばし、殺人的な速度で上昇し続けている。
「あはは、あはは! 飛べ飛べ高くもっと飛べェ! わたしの思い通りにならないやつなんか、宇宙の彼方に消し飛んじゃえぇ!」
戦って敵わないなら放逐してやればいい。理に適った戦術だが、それは暗に勝ち筋がないことを認めたことになる。そう、既に優位は彼女の側にはない。頭上に影を落とす巨大な掌を目にし、若妻アイムはそのことを理解せざるを得なかった。
「ほ、え……? えっ、えぇー?!」
抵抗する暇もなく鷲掴みにされ、アイムもまたこの大穴からピューロランド外へと追いやられた。腕の根本は暗く渦巻く円状のモヤと接続されており、何も出来ず呑み込まれてゆく。
「はーい、みらちゃんこーんにちはー」
上も下も左右もない、寒くて暗くて無重力。遥か遠くの太陽光に照らされて、眼前の人影がくっきりと見えて来る。
「発想のスケールで私の上を行こうなんて甘いんだよ。さぁて、悪いことをした子にはお仕置きしなくちゃねえ!」
キャンバスにペンを走らせ、現れ出でたのは全容が把握できないほど巨大なワームホール。未だ姿勢を正せないアイムを呑み込み、彼女をこの空間から放逐した。
「ふえっ?! ちょっと、何これ?! 何処ここ?! おぉ落ちるゥぅううう」
それまで無重力に浮いていたアイムが、重力に引かれて落ちていく。ここはどこだ? 地球か? 落下に依る運動エネルギーが加わり、息を吸うのも苦しくなってきた。
「どこ? ねぇどこなの?! ちょ、わっ、ちょっ!?」
落ち続け、厚い雲を抜け出た先にあったのは、鋭く尖った岩々だ。見渡す限り赤茶けた土地。生き物はおらず、衣服の隙間の素肌が灼けるように熱い。
ここは、地球ではないのか? どこかもっと別の場所なのか? いや、そんなことはどうでもいい。もう間もなく落ちて行く。あのトゲトゲした岩と接触してしまう!
「舐め……ん、なあッ!!」
恐怖と困惑の中、自分にはチカラがあることを忘れていた。アイムはこめかみを強く擦り、如何なる事態をも打開できるまほうのティアラを発動させる。
「よし、このま……まッ?!」
地球に戻り、体勢を立て直さんとしたアイムに、今その眼前で展開する巨大な手を躱すことは出来なかった。掌に包まれたアイムはまたも暗黒の空間を通り抜け、またも重力に引かれた自由落下に追い込まれる。
「ごほ!? がぼがほがば!?」
落下自体は直ぐに収まったが、アイムは蒼く深く重たい水の中に投げ込まれた。息が出来ない。どうしてここに? 綾乃を送り込んだ意趣返しか? ふざけるな!
「ご! が! が!」どんな状況に放り込まれたって、ティアラがある限り自分は敗けない。アイムは意味不明なこの状態を抜け出し、再び地球へ帰還するが、そこに待っていたのはやはり巨大な手であった。
「ふざけんな……こんな……こと……」
三度送られたこの場所も地球ではない。頭上に薄っすら「輪」が見える。息を吸うと塵が喉にひりつく。逃げなければ、一刻も早く!
さっきからこんなことの繰り返しだ。何をしても逃げられない。自分は強大なチカラを有しているのに。西ノ宮ちはるになんか、負けるわけがないというのに!
「やっ。おかえり。そろそろ、理解してくれた?」
怒りとプライドがアイムを地球ではなく、ちはるが今なおその身体を置く宇宙空間に戻した。もう先程までの余裕はない。僅かに息を弾ませ、かたかたと歯の根を鳴らしている。
「冗談。あなたなんか。あなた……なんか……!」
と言うわけで、本話が年内最後の更新となります。旧年中は本作をご覧いただき本当にありがとうございました。
2020年春から続けてきた本シリーズも残り五話。来年1月末を以て完結となります。
どうか最後までお付き合いいただければなと。
そんなわけで次回、『魔法少女かくあるべし』
2022/01/05(水)につづきます。