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【復活】ゆめいろパレット~16歳JK、変身ヒロインはじめました~  作者: イマジンカイザー
16:決着をつけてやる
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私が私じゃいられなくなる

※ ※ ※



『拝啓、西ノ宮ちはる様。時下ますますご清祥のことと存じます。九年の間、積もる話もお有りでしょう。直にお会いし、旧交を温めたいと思います。

 付きましては明日の日曜・朝十時、パルテノン多摩最上階、きらめきの森にお越し頂けますでしょうか。来て頂けない場合は施設内は元より、多摩センター駅周辺が血に染まるものとご理解ください。お早い到着をお待ちしております。

 花菱瑠梨(代筆・プレディカ)』


 スーパー千草屋から電話を受け、手渡された手紙にはこのような旨の文言が躍っていた。中途半端にビジネスマナーを意識した挨拶文と、そこに付随するミスマッチな単語の数々。下手に口汚い言葉を並べられるよりも腹が立つ。


『――来ようが来まいが、無関係の人間を殺す。止めたければ来いってワケね。あいつらしいやり方だわ』

 要約するとこんなところか。ビデオ通話越しの綾乃は苦々しい顔と声でそう告げる。

「ねぇ、ズヴィズダちゃん。"あいつ"ってナニモノ?」

 みらは隣に座す家主ではなく、綾乃に向けてそう問い掛ける。手紙を受け取って帰るなり、押し黙って何も話してくれないからだ。

『――そうね』幼馴染の異変は、画面越しからでも十二分に伝わってくる。『私たちがご当地の魔法少女として活動していた時、本当は裏方にもうひとり居たんだ』

「それが、手紙のひと?」

『――せや。花菱瑠梨、私たちと同い年』綾乃に次いで三葉が話に出て、『そいつが総ての事件の元凶なんよ』

 描いたものを実体化させるまほうのキャンバスを所持し、他に危害を加える虫の化け物を発生させ続けた女。九年前、ちはるらのご当地アイドルナンバーワンコンテスト本戦時に大部隊を率いて襲い掛かり、多大な犠牲を払って抹殺した――、筈だった。

「けどそいつはまだ生きてて、これから悪さをしようってこと?」

『――誰も信じたくは無かったけどね』

 あの日起きた出来事が、ここにいる三人すべての運命を変えた。西ノ宮ちはるは父を奪われ、東雲綾乃は陸上というゆめを奪われ、三葉は今年に入るまで親から東京への立ち入りを許されなかった。元凶にして二度と触れたくない過去。彼女たちにとって花菱璃梨とはある種の腫物なのだ。

「ねえ、グリッタちゃん。グリッタちゃんはどうなの。さっきからずーっと黙っててさ」

 みらに言われるでもなく、ここにいる全員が気付いていたことだ。父の仇であり、滅ぼすべき相手の話をしている中でなお、ちはるは血の通わない蒼い顔で黙って俯いているばかりだ。

『――ちはる。思い出したくない気持ちは解る。けど』

『――ここまで来たら、向き合わんとしょうがないで』

 出来ることなら関わらせたくなかった。今の生活を形作るトラウマの発端であり、元は仲の良かった者同士。内々で処理できてさえいたならば。悔み、言葉を濁す友人たちを前に、西ノ宮ちはるはとうとう口を開く。

「大丈夫、私は冷静。冷静だから」

 据わった目で二人を見やり、最後にみらを一瞥する。冷静、を繰り返す時点で普通じゃないのだが、彼女の発する気迫に、誰も突っ込むことができなかった。

「奴は名指しで私を呼んだ。なら私ひとりで行くのが道理。お呼ばれするよ。片付けてくる」

『――駄目よ、それはまずい』あまりに迷いのない言動に、テレビ画面越しの綾乃が待ったをかけた。

『周辺の人間総てを人質に取るような相手よ。あんたがひとりでも、向こうがそうとは限らない』

『――せや。危険すぎる』三葉もその言葉に乗った。『いざとなったらヒトを盾にしかねへん。乗ったら向こうの思う壺や』

 条件と場所をセッティングしたのはあちらだ。こちらが清廉潔白だったとして、相手がそれを遵守するとは限らない。自分の為に平気で他者を魔物に喰らわせる奴だ。勝つ為には如何なる手段も辞さないだろう。

「わかってるよ。全部解った上で行くの」

 ちはるはその冷えた目付きを液晶画面越しの綾乃に向けて。「アヤちゃん。明日の仕事、休める?」

『――なんとかならなくはないけど、何?』

「この子を。みらを預かっていてほしい。もしも出て行こうとするなら、力づくで止めて」

「え、えっ!?」

 これに驚いたのは綾乃ではなくみらだ。自分は蚊帳の外。何があろうとついてゆくつもりだったのに。

「どうしてグリッタちゃん? 悪い奴なんでしょ? 卑怯なことするんでしょ? 私戦えるよ? みんなを安全な場所まで連れて行けるんだよ?」

「そうだね」みらの言葉に、ちはるは一切揺らがない。「だから、連れてけないの」

「ナンデ?!」

 ちはるは黙って目を閉じ、ニ拍程の時を置いて口を開く。

「あなたには、私みたいになってほしくないの。私はあの日間違えた(・・・・)。間違えたせいで、助けられるはずの命が大勢消えた。気にするな、あなたのせいじゃない。大人たちは私にそう言ってくれた」

 けれど、一度足りとも忘れたことはない。焼けただれた死体の山。声すら発せず寝たきりになった父。仲良しだった友達の顔。そのどれもが、脳裏に焼き付いて離れてくれない。

「汚れるのはもう、私だけでいい。あいつと再び顔を合わせたら、きっと私は私のままでいられなくなる」

 みらは、沈んていた自分に明るく楽しく生きる楽しさを教えてくれた。

 綾乃は、かつて自分が持っていたキラキラを呼び覚ましてくれた。

 三葉は、昔から変わらずの笑顔で、前を向いていいんだと背中を押してくれた。

 あの頃に戻る・とは、その総てを一旦捨て去るということだ。怒りのままに感情を吐き出し、何もかもをばらばらにしてしまう。仲良しの友達に、大切な恩人に、そんな姿は見せられない。


「おかしい……。それってなんかおかしいよ!」

 親友ふたりが言葉に詰まる中、みらだけがちはるに食ってかかった。

「そういう時の為にいるのが友達なんでしょ? 一緒に支え合うのが家族なんじゃないの? グリッタちゃん逆のことしようとしてる。自分から傷付いて苦しもうとしてるじゃん!」

「そうだね。その通り。みらは賢いね」

 ちはるはこれを肯定し、奮起するみらの頭を撫でる。その手は暖かくて、柔らかくて気持ち良いのに、一切の優しさが感じられなかった。

「大丈夫だよみら。来週のセリオピューロランド。みんなで一緒に行くんだもん。ちゃんと終わらせて、帰ってくるから」

 この言葉がみらを安心させるために発せられたのか、『自分』という存在をここに繋ぎ止めたいが為かは分からない。少なくともみらには効果てきめんであった。

「ホントに?」

「私は魔法少女のグリッタちゃん。約束はちゃんと守る。だから、待っててくれる?」

「うん。分かった。約束だよ。指切りげんまんだからね。破ったらいけないんだからね?」

 向こうの戦力は未知数だ。こんなものは単なる口約束で、守れるかどうか確約出来ない。みらが黙って膝の上に包まった後、綾乃が再び声をかけてくる。

『――ちはる。いいの?』

「うん。みらのこと、ちゃんと守ってね」

『――それはそうだけど、そうじゃない』綾乃は微妙に言葉を濁し。『花菱瑠梨。あたしたちの仲間だった女。ちゃんと、倒せる?』

「大丈夫。今度はしっかり正しく殺す(・・)

 心配される必要などない。そう話す西ノ宮ちはるの目は、紅い宝石のように炯々とした輝きを放っていた。


※ ※ ※


 パルテノン多摩は京王多摩センター駅を降りて真ん前、徒歩五分の位置にある大型複合施設だ。周辺団地同様多摩丘陵を切り崩して作られており、最上階は背後の多摩中央公園と直接繋がっている。白く大きく長い階段を真中に置き、左右にホール施設を配したそれはギリシャのパルテノン神殿を彷彿とさせ、最上段からは多摩の街並みを一望する事ができる。多摩市民にとっての憩いの場であり、地区を代表するシンボルのひとつだ。

 五階からなる建物はその多くが多目的ホールとなっており、音楽・芸術・映画、その他研究発表の場として市内外で重用されている。

(昔、おばあちゃんと行ったなあ。まんが映画上映会)

 エレベーターで最上階を目指す中、西ノ宮ちはるはホールの一つを見て、自分の小さかった頃を思い出す。魔法少女・変身ヒロイン古今東西のアニメ短編を集めた上映会。夏休みと正月祖母の家に遊びに来た時に、何度か連れてきてもらったっけ。

 日曜日の昼だけあって人の数はそれなりにおり、その多数が何かしらのスタッフと見て取れる。入口の張り紙にクラシック・コンサートの告知があった。その辺のリハーサルだろうか。

「今度は間違えない。倒すべきはあいつだけ」

 何度もそう口に出し、自分に向けて言い聞かす。もう二十五の大人だ。あの頃みたいなヘマはしない。敵はやつ一人だけ。絶対に間違えない。

 エレベーターを登り終え、外と内とを隔てる扉が見えて来た。この先には多摩中央公園に連なる集合場所・きらめきの池が待っている。

 パルテノン多摩を経由せず、豊ヶ丘団地の林を突っ切って、敵の裏をかいてやる手もあった。考えはしたが分が悪い。林を背にして待ち構えるとはつまり『そういうこと』なのだろう。何より、あいつとは騙し討ちではなく、一度顔を合わせる必要があると感じていた。


「十……いや、九年ぶり・か?」

 扉を開け左に七歩ほど。こちらに背を向け池の水面を見つめる影ひとつ。黒寄りの青・濡れ羽色の長い髪を強引に後ろで括り、その上に灰色のキャスケット帽。薄紫色のカーディガンの袖を手首まで捲って、その下はシンプルなベージュのTシャツ。下は脛まで隠れる水色のロングスカート。行くアテが無いのか、抱えでもしないと持ち運べないキャンパスに取っ手をつけ、足元に立て掛けている。

「ずいぶんと変わったもんだな。殺気を向けて来るまで気付かなかった」

 服装は多少垢抜けた。けれどシルエットはあの頃と殆ど変わらない。発育不足で自分たちより頭一つ小さく、中学生のような華奢な身体。見間違えようが無かった。

「そういうあんたは、昔と全っ然変わらないみたいね。ひと目でそうだと分かったよ」

 ちはるは努めて冷静に言葉を返す。そこに九年来の懐かしみなんてものはない。お互い爆発してしまいそうな感情を押し殺し、言葉を選んで喋っている。

「ああ。そうさ。あれからずっと逃げ続けた。逃げて逃げて、陽の当たる場所には出られなかった。誰でもない、お前のせいでな」

 そう話す璃梨の目もまた怒気を宿し深く澱んでいた。日の光を浴びてなお青白い顔をしており、安穏たる生活とは無縁であることは容易に想像できる。

「かつてのボクと同じだと思うな。九年に渡って溜め込んだこの憎しみ、存分に味わって死んでゆけ」

「そう」ちはるは無感情に言葉を返し。「私ね、今はそれなりに上手くやれてるんだよ。年甲斐もなく魔法少女やって、友達たちも背中を押してくれて。けど、嬉しいときも悲しいときも、ずっと同じ夢を見続けて来たんだ」

 このままでいいのか。自分は幸せになってもいいのか。悩んで迷って苦しんで。これだけは友人だちにも吐き出せなくて。想うたび心の奥底に押し込めて見ないふりをしてきた。もう二度と会わない。思い出さないのが一番だと自分に言い聞かせて。

「こちとらいい加減スッキリさせて前に進みたいの。何をぶつけて来ようがカンケーない。おいでカマキリ女。あんたの全部、私が消し飛ばして終わらせてあげる」

 もう、あの時には戻れない。これは絶滅戦争だ。どちらが死ぬまで争いが止むことは無いだろう。

 二人の気迫と殺意を感じ、池周辺にいた人々が蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。ちはるはそれらひとつひとつを目で追って、『取りこぼし』がないかどうかを見極める。

「終わらせる、か。大層なことを」瑠梨は震える右の手を左で押し止めながら。「それはボクの台詞だ。殺してやるぞ西ノ宮ちはる。このボクに出逢ったことを後悔しろ!」

「後悔ならし飽きてる」顔を上向け、瑠梨を見やるちはるの目は、青筋を走らせしっかりと見開かれていた。「出しなよ、あんたのおもちゃ。もうそこまで来てるんでしょ」

 女ふたりがぶつぶつ喋っているだけで、ここに居る人々全員が逃げ出すとは思えない。そもそもこの女自身に戦う術はないのだ。とすれば答えはただ一つ。

「言ってくれるな。そんなに見たきゃ見せてやるよ」

 主の声に呼応するように、池の間中で不自然な波紋が生じた。ひとつ、ふたつ、三つ。波紋はこちらを目指して進み、岸につく寸前で激しく振れた。

 どん、と重々しい着地音がし、地表のコンクリート・タイルに小さなクレーターが生じる。ちはるは何が起きたかを理解していた。奴はもう、『そこ』にいる。

『オガミ、トウロ……。そして私の下半身。貴様に奪われたその総て、貴様自身の身体で支払ってもらうぞ』

 "迷彩"が解け、その異形が白日の元にさらされる。ちはるは声のする方向に首を上向けた。自分と同じ等身では目を合わせられなかったからだ。

 それはまさに異形と呼ぶに相応しい姿だった。

 それは異形としか言いようの無い姿であった。

 目算で全高五メートル。全長となれば八メートルはあらんかという、蒼い蟷螂の姿をした恐るべき魔物。だが真に不気味なのは、頭にあたる部分にスマホスタンドめいたくぼみが設けられ、プレディカ本体がそこに収まっているという事実だ。彼女の両手両足は有機的な管で蟷螂の身体と繋がっており、微細な振れを躰が拾い、シームレスに義体を動かしている。

「ほんまもんの化け物かよ」ちはるは口汚くそう罵り、懐にしまったトランスパクトを手に取る。もう、ここに自分たち以外のヒトはいない。全力で戦っても、誰にも迷惑はかからない。

「変身」

 人差し指をスライドさせ、今着ている服と衣装とを切り替える。瞬間衣装全体から赤黒い光が迸り、足元の草に火がついた。

 九年前、怒りのままにプレディカを半身不随とし、ホールの客の殆どを焼き払ったあの姿。怒りに身を任せ、歯止めの効かなくなった忌むべき形態。過去を清算したいがために、躊躇いなくこの力を解き放ったのか。


「さあ、始めようか。今の私は、あの頃みたいに優しくないよ。花菱瑠梨」

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