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【復活】ゆめいろパレット~16歳JK、変身ヒロインはじめました~  作者: イマジンカイザー
16:決着をつけてやる
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憎まれっ子世にはばかる

※ ※ ※


「ねー、グリッタちゃんって来週のハロウィンが誕生日なのお?」

「そうだよ。あー、そっか。誕生日か……」

 ある日の昼下がり。買い物帰りでパルテノン大通りの陸橋を歩く道すがら。何気なく発せられたみらの問いで、西ノ宮ちはるの心にどんよりとした影が差す。二十五ですら若いとは言えないが、そこからひとつ歳を重ねて二十六。生活のためとはいえこの歳になってなお、魔法少女兼ご当地アイドルなんてやっている自分が嫌になる。

「ねぇねぇねぇ。お誕生日のプレゼント何がいい? なんでも用意出来るよ? 車とか、服とか、宝石とか!」

「や! それはいい。要らない! そんなの貰ったら、私の良心が死んじゃうよ」

 欲しくないか、と言われたら嘘になる。みら以外がくれると言うなら喜んで首を縦に振るだろう。

 だが自分は大人であり、正しく『何でも出来る』みらをセーブする役割を持っているのだ。一度折れてしまったら、歯止めをかける説得力を喪ってしまう。

「えー。そんなの駄目だよう。お誕生日は毎年一度、そのひとが主役の日なんだよ? 無駄にしちゃ絶対駄目っ」

「そりゃあ、そう……だけどさ」

 最後に誕生日を祝って貰ったのはいつ頃だっただろう。高校在籍時代、ご当地ナンバーワンコンテスト予選を制したあの後、皆の前でケーキを囲んで――。

 ちはるにとって、思い返すという行為は単なる懐古以上の意味を持つ。楽しい想い出も、苦々しいトラウマも。同時に背負った2009年1月末。懐かしもうとすればするほど、抑え込んだ悲しみを呼び込んで感情がぐちゃぐちゃになってしまうのだ。


「ほらぁ、グリッタちゃんだってそれは嫌でしょ? 自分の気持ちに正直になりなよ」

 当時を知らぬみらにとって、この涙が何を意味するか解るはずもなく。誕生日を無碍に扱うことへの反抗と取り、祝わせろと更に迫る。

(参ったな。気持ちだけで、って言葉じゃ止まりそうもないか)

 何か言ってやらねば収まるまい。ぴぃぴぃ囀るみらをうっとおしく思いつつ、何にしようと思案を巡らすちはるの目に、綺羅びやかなお城を模した、ドーム状の大建物が留まった。

「セリオ・ピューロランド……」

 陸橋の端っこ、多摩センター駅から徒歩五分の好立地に座す西東京屈指のテーマパーク。うさぎやカエル、ペンギンや猫を模した着ぐるみの妖精たちが来客を出迎え、可愛らしいアトラクションが身も心も楽しませてくれるオシャレな場所。ここに越してから九年経つが、足を踏み入れたことは一度も無かった。

「グリッタちゃん。もしかして、行きたい?」

「ア。あぁあ、いや。そんな……ことは」

 大手を振ってしどろもどろに返答するが、ちはるの意思は明らかだ。こんな場所に、友達と一緒に行ければ最高だろうな。ファンシーな妖精たちの耳飾りカチューシャをつけ、メルヘンな建物の中で写真を撮る様。高校時代、思い描くも無理だと諦めていた、青春を謳歌する姿。

「よし! それじゃあ皆で行こう! ズヴィズダちゃんもカンサイさんも連れて! もうすることないってくらいバンバン遊ぼ!」

「いやいや、それだっておカネの要るものじゃん。幾らかかると思ってんの!? テーマパークだよ!?」

「グリッタちゃん」動揺するちはるを前に、みらは手のひらを向けて静止を促し。「魔法少女のすべきことは、何?」

「そりゃあ、みんなのキラキラを護る?」

「そう、それだよ! グリッタちゃん全然キラキラしてないもん。たまにはさ、仕事のこととか生活のこととか全部忘れて、ココロもカラダもキッラキラにならなきゃ駄目。これは魔法少女活動の必要経費。私的な流用じゃないんだよ!」

「屁理屈でモノを言う……」

 まほうの力を持ち、一緒のステージで歌い踊った以上、彼女も魔法少女の仲間入りだ。そこを持ち出されては反論のしようもない。

 それに、この申し出に心躍った自分がいる。皆で、ランドを楽しめればどれだけ良いことか。

「しょうがないなあ。今回だけだよ?」

 元々食費をほぼほぼ工面して貰っている身だ。一日くらい娯楽に使ってもバチは当たらないだろう。ちはるは首を縦に振り、みらは小躍りしながら大はしゃぎ。

 今までだって食事や冷暖房は別個で負担してもらっていたじゃないか。一度だけ。ただこの日一度だけ。この甘さが、後にとんでもない大事件の発火点になろうとは。誰一人知る者はいなかった。


※ ※ ※


『――ありさちゃん。次のイベント予定より早まっちゃったんで、レイドボス二体、今日中にお願い。ダイジョブ?』

「ああ、はい。例の件ですね。問題ないです。本日中には。はい、はい。ありがとうございます……」

 プレディカが戸を開き、客間で目にしたのは、己の主が卓上パソコンを前に電話で平謝りをしている光景だった。

 親を殺し、各種社会保障に頼れない今、職歴や経験が無いからと仕事から背を向けてはいられない。花菱瑠梨は長く心の拠り所としていた絵の技術を活かし、それを売り込むことで糊口を凌いでいた。

 彼女は時代に救われた。世はソーシャルゲーム全盛期。美麗なイラストを描ける絵師は青田買いされ、来歴にまで触れられることは殆ど無い。ヒトはすこぶる苦手だったが、異世界の背景やうらぶれた魔界。そして何より、主人公たちに斃されるモンスターを描かせれば、彼女の右に出る者はいなかった。

 牧瀬ありさ。それがネット上での彼女の名だ。齢二十五、業界歴五年にして、花菱瑠梨は国内スマホゲーメーカー七社と契約を結ぶ、中堅どころのイラストレーターとなっていた。


「女王様」

「ああ、おかえり」

 電話越しにぺこぺこと頭を下げる瑠梨に、従者たるプレディカは表情一つ変えず何も語らない。不平不満を呟き、主を焚き付けてしまえば、折角築いたクライアントとの信頼関係を砕いてしまう。

 人間社会に溶け込んで金を稼ぐ中、カマキリであるプレディカも信頼がどれだけ大切で、すぐに壊れてしまうものかを理解していた。これは主の食い扶持であり矜持なのだ。邪魔をすることは許されない。

「例の手紙。お前の勤め先にちゃんと届けたか?」

「間違いなく。同僚の誰かが奴に連絡するでしょう」

 瑠梨は「そうか」と一言だけと告げ、今まで向かっていたパソコンの前に戻る。『昨日まで』ここに住んでいた男のものに馴染みのイラストソフトを読み込ませ、仕事道具に組み替えたものである。

「良かったのですか? 死体を抱えているのに、拠点を変えずにこのままで」

「果し状にも書いただろ。明日にはここを出て行く。他に多摩に近い『別荘』はない。無駄に時間を使いたくないんだ」

 昨日殺した家主の義父は、手のひら大になるまでぐずぐずの肉片に切り刻まれ、強力消臭剤三つと共に袋の中にしまい込み、三重に縛って物置に放られた。義父は酒浸りとなり、これまでの貯金で食いつないで来た男だ。警察や知り合いが捜しにくるまでまだ時間の余裕はある。

「さて、仕事はここで一段落」ほぼほぼクリンナップされた魔物のデザインを保存した瑠梨は、椅子のキャスターを転がして窓際まで移動。布で封をしたキャンパスを開放し、描きかけのデザインに取り掛かる。

「こっちも殆ど仕上がった。久しぶりだよ、これだけ創作意欲に駆られるのは」

 キャンバスに躍るのはカマキリめいた姿をした怪物の三面図だ。ところどころに注釈が書き加えられ、それらが紙の上で生きているように脈打っている。

「それは何よりでございます。しかし」

「何だ?」

 主を信頼していない訳じゃない。過去の恐怖なら乗り越える自信もある。だが、長く前線を退いた事実だけは変わらない。そもそもこうしてキャンバスの前に向かったのも九年ぶりだ。向こうがどんな人生を歩んできたか知らないが、此方が圧倒的に不利なのは明らかだ。

「心配するな。これ(・・)を装着したお前は無敵だ。必ず奴を超えられる。勝って取り戻すんだ。ボクたちの青春を、ボクたちの矜持(プライド)を」

 前向きな話をしておきながら、主の瞳は暗く濁り、目の下に深い隈をたたえている。陰の中で鬱々と生き続けて九年間、ようやっと掴んだ復讐の糸。これを果たせば明るい場所に出られるという根拠のない自信。下手な言葉で折ってしまえば、彼女は二度と立ち上がれないだろう。

「申し訳ございません。失言でした。忘れてくださいまし」

 プレディカはあらゆる不安を胃の腑に落とし、その勝利に己を賭した。主が勝てると言っているのだ。従者たる自分が信じなくてどうする。妹たちの遺恨を晴らすべき時に、迷っている暇などない。

「必ず。勝てるとも」

「ええ。果たしてみせます」

 二人はほぼ仕上がったキャンバスを同時に見やる。プレディカの二・三倍はあらんかという巨大なカマキリが、彼女たちの想いを受けて絵の中で僅かに揺れていた。


※ ※ ※


「と、言うわけで。ハロウィンの日にグリッタちゃんのお誕生日をやりたいと思いまーす! 来るよね? 来てくれるよね?」

『――あはは。みらちゃんはいつでも突然さんやなあ』

『――ずいぶん急だけど、いいわ。なんとかして暇作っとく』

 その日の夜。西ノ宮みらはパソコンにインストールした無料通話アプリを用い、友人ふたりについさっき取り決めた集まりへの参加を求めていた。無論親友たちが首を横に振る筈もなく。いきなりにも関わらず話は和やかに纏まりつつあった。


「みんな、か」

 ちはるは寝間着姿でそんな様子を傍から見つめ、楽しかったあの頃に意識を飛ばす。

 ご当地アイドル業が軌道に乗ってきた頃、自分たちの集まりは『四人』だった。魔物を倒すたび、コンテストの予選を勝ち上がるたび。その勝利を喜び合い、ジュースで乾杯したっけか。

(やめよう。想い出しても悲しくなる)

 だがもう過去の話だ。あれが生きていようがいまいが、あの頃の付き合いに戻ることは決してないだろう。何故なら――。


「あ。ごめんみんな。電話来た」

 電話口の友人たちに中座を伝え、固定電話の元へと駆けてゆく。仕事のはなし? ならば連絡先は自分の携帯電話に一括してある筈だが。

『――もしもし。こちらスーパー千草屋でございます。西ノ宮さまのお宅で間違いないでしょうか』

「ええ。ですが、どうしてうちの番号を」

『――お孫さまですね。当店はお祖母様にご贔屓にしていただきましたので、配送の連絡先からご連絡申し上げました』

 言われて、そういえばと思い返す。老齢で、バスを経たとしても荷物運びに苦心する祖母は、近辺のスーパーにご自宅無料配送を依頼していた。自分は使ったことは無いけれど、同じ家に親族が住んでいるなら、アドレスが生きていても不思議じゃない。

「それは解りました。しかし、千草屋さんがどうしてまた」

『――ええ。我々も少し困っておりまして……。西ノ宮さまに直接ご確認していただきたく、お電話を差し上げました』

「一体、何を?」

 何だか雲行きが怪しくなって来たな。ちはるは神妙な面持ちで続く店員の言葉を待つ。

『――本日の夕方、従業員休憩室に一通の封筒が置いてあったんです。我々ではなく、西ノ宮ちはる様宛てで、他は絶対に開くなと書き置きされておりまして』

「私に?」

『――はい。いたずらかと思ったのですが、名字がうちのパート社員と一致しておりましたので、こうして確認の電話を差し上げた所です。西ノ宮さま、"花菱瑠梨"、という名前に心当たりはございませんか?』

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