表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【復活】ゆめいろパレット~16歳JK、変身ヒロインはじめました~  作者: イマジンカイザー
16:決着をつけてやる
81/109

『温めますか?』「お願いします」

新章開幕。長い間お付き合いいただきありがとうございます。もう何度目かって話になりますが、本章よりこのおはなしはクライマックスに突入。本格的にシナリオを畳みにまいります。


と言う訳で今回は半年近くもの間他者の台詞で言及させども、一切出て来なかったあのこの事情をえがきます。

◆ ◆ ◆


「はい、皆さん注目。今日からフロアで一緒に仕事をする花菱由璃亜(ゆりあ)さんです」

「ゆりあ、と申します。どうぞ宜しくお願いします」

 ゆるくウェーブのかかった美しい紅い髪を無造作に後ろで束ね、視た者すべてを魅了する気品ある顔立ち。そんな美貌を持った存在が何故スーパーでレジ打ちの仕事をするのか。朝礼で彼女の姿を視た者は誰もがそう思ったという。

 彼女が多摩センター駅南口に位置するカリヨン館の地下一階、スーパー千草屋にパートとしてやって来たのは十月はじめの頃だった。品出しもレジ打ちも接客さえもそつなくこなし、常に薄い微笑みを浮かべたその表情。彼女がいるというだけで、客足が先月比二割増になったという。

「仕事も出来るしその顔。わざわざこんなとこに来なくても、引く手あまただったんじゃないの?」

 その美貌だ。他に働き口など幾らでもあっただろう。セクハラまがいなその問に、『越して来たばかりで先立つものが無い。雇ってくれるだけでありがたい』と答え、続く言葉は総て無視された。


「それじゃあ、お先に失礼します」

「ありがとう由璃亜さん。明日も宜しくねえ」

 彼女は残業などせず、定時となれば誰ともつるまず足早に帰ってゆく。何度か食事や呑みに誘われたこともあったが、どれにも『お気持ちは嬉しいですけれど』とかわし、首を縦に振ることはなかった。

 波風を起こさず、必要以上に愛想を撒かず。問題らしい問題も起こさない。完璧すぎて、付け入る隙がなさ過ぎて逆に気味が悪い。勤め始めて二週間弱、誰も口には出さないが、彼女のことをそう思っていた。


「あの。お弁当は温めますか?」

『えっ、アッはい。お願いします』

 そんな彼女がいつもと違った表情を見せたのは、十月半ばの夜勤務の時だった。子連れらしきスーツの女性の会計を済ませ、レジを離れて惣菜棚の整理に向かった瞬間。髪を束ねるバレッタが弾け飛び、美しい紅髪が蜘蛛の巣めいて舞い上がる。


「あァあの女ァ……! よくも、よくもよくもよくも! のうのうと生き延びて、生き延びてェエエエエエ!!」

 温厚で、誰とも口論になることさえ無かった彼女が、今では誰の話にも応じることなく、ひどく低い声で何らかの怨嗟を呟き続けている。

「あっ、あの由璃亜さん……大丈夫?」

 凄まじく気まずい状況下、声をかけたのはフロアリーダーの乾だ。怒りに燃える彼女に生理的(・・・)な恐怖を覚えつつも、怯えを隠して問い掛ける。

「ええ、ええ……私は兵器、平気」

 無視では離れないと理解したか、彼女は乾の方を向いてそう答える。怒りに震えた声でありながら、その顔は広角が不気味につり上がっており、それを見た誰もが怖ろしさに一歩退いた。

「リーダー。きょうは、もう上がらせて頂いても……宜しいですか?」

「えっ……」これから掃除と品出しをしなければならないし、理由もなく帰ることは許されない。

「わ、分かったわ。気を付けて……ね」

 だが、何故帰るのか。問うことも止めることも、今ここにいる人間に出来る訳もなく。全員それが正しくないと知っていつつも、彼女を見送ることしか出来なかった。

 そして、その日を境に。花菱由璃亜はスーパー千草屋から姿を消した。


◆ ◆ ◆


 あれからどれだけの時間が経っただろう。ふたつ年を越えたころから数えるのを止めてしまった。


「瑠梨! この穀潰しが! こっち来て肩でも揉まねぇか」

 十八年振りに(・・・・・・)再会した"父"は、昼間だと言うのに酒浸りで、言うことを聞かないと直ぐに癇癪を起こす悪癖持ちだった。罵声を浴びせるなんて可愛い方で、空き缶をぶつけられ、髪の毛にビールが貼り付くことも少なくなかった。

「はいはい。ただいまー」

 けれど、それを無視してキャンバスに向かう自由はボクにはない。如何に腹の立つ相手だろうと、部屋を借りて雨露をしのがせてもらっている事実に変わりはないからだ。

「日の高いうちから部屋に籠もりやがって、お前それでも由璃亜の娘か? あぁ?」

「だってぇー。しょうがないじゃないですかあ。瑠梨、お絵かきがお仕事なんですからあ」

 ろくに仕事もせず呑み続けている人間に言われたくはない。その手に握るワンカップを捨ててすぐに出て行け。言いたくなる気持ちをグッと我慢し、猫を被る。

 こんなの性分じゃないし、初めて直ぐは抵抗があった。けれどこうしなきゃぶたれるし、『可愛らしい』と褒めてくれる。何とも情けないことだが、それが時々嬉しくてたまらない時もある。


…………

……


 渋谷でプレディカに助けてもらい、逃げ延びた先にあったのはどうしようもない茨の道だった。扶養者である母はプレディカの腹に入り、二度と戻らない。同じ町にいたら、西ノ宮ちはるとその友人たちがボクの命を狙いに現れるのは目に見えていた。

 傷が癒え、プレディカが動けるようになってから、まほうのキャンバスだけを手に住み慣れた家を離れ、警察や連中の目から逃げ続けることを選んだ。ボクは無名のイラストレーターとして零細に売り込み、プレディカはカマキリであることを隠し、過去を詮索をしないアルバイトで食いつなぐ。

 幸いに絵の仕事には困らず、プレディカも如何な仕事もそつなくこなした。けれど住所不定と雨ざらしの日々だけはどうにもならない。故に母のツテを辿り、過去の夫たちの家に厄介になることになった。

「おお、帰ってきてくれたのか由璃亜」

「俺はずぅっと、君が戻ってきてくれるのを待っていた」

「昔のことは忘れてまた愛し合おう。さあ、中に入って」

 母が過去に振り捨てた男たちは、花菱由璃亜が死んだことなど知らないが、一緒に居た時間の心地よさは覚えていたらしい。母と瓜二つの外見をしたプレディカに『泊めて』と言われ、首を横に振る者は誰一人いなかった。


……

…………


「全く! お前という奴は! 昔っからに何も変わりゃしねぇ」

 だが、揃って彼らはボクという『異物』には厳しい目を向けた。新しい環境に馴染もうとせず、根暗で寡黙。二十五を数えるというのに、体型は高校時代と殆ど変わらない。皮肉なものだ。プレディカはボクを護ろうとして奴らに近づいたのに、彼らにとってボクは"彼女"との逢瀬の邪魔者でしかない。

「ごめんなさいお父さん。私、気に入られるようになるから。お父さんに好きって言ってもらえるようになるから……」

 今この歳になって、母の気持ちが少しだけ分かった気がする。後ろ盾も何もなく、ボクという『コブ』を抱えて、生きるのに必死だったのだ。自分だけでなく、ボクを育てて生かそうとしていたのだ。故に逆らうようなこともせず、時には(ボク)を暴力の渦中に投げ出した。

 迷惑極まりない話だ。そんなだからボクはこんな風になってしまったと言うのに。そうでもしなければ、ボクはこの歳まで生き延びることは出来なかったなんて。


「気に入られるようになる、だあ? 面白いこと言うじゃねぇか」

 "父"はボクの頭を鷲掴みにして床に押し付け、片手でゆっくりとジーンズのファスナーを降ろしてゆく。

「こちとらプラトニックな愛には飽き飽きしてんだ。この際お前でも良いや。肉欲の方も満足させろォ」

 母の美貌を楯に間借りさせてもらっている身だ。いつかはこうなる(・・・・)と思っていた。如何に未成熟だろうと女は女。向こうは男。性欲の捌け口をボクに求めて来るのは至極当然のこと。

 仕事が軌道に乗り始めて来たときだ。もう少し腰を落ち着けたかったのだが仕方がない。ボクは尻ポケットに隠した『筆』を握り、キャンパスに向けて突き立てる。

「やれ、プレディカ」

「あ、ぁん?」

 この男にはひどく滑稽に映ったことだろう。抵抗の意思を示すと思いきや、知らない名前を呟いて筆を掲げるだけ。

 けれど、ボクにとってはそれで十分。キャンパスは歪んでたわみ、その中から絶対の守護者が飛び出した。

「あ、ぉお……オ?」

 男、だったものは腹を境に真一文字に切り裂かれ、赤黒い血をポンプ運動めいて噴き出した。ニ分割された肉を更に分割。分割に分割を繰り返し、手のひら大まで縮めたところで、黒のゴミ袋にそれらすべてを放り込む。

「女王様。お怪我は」

「頭にふたつ、腹にひとつ。アザになるけど放っときゃ治る」

「申し訳ございません。私が遅くなったばっかりに」

「稼ぎ頭のお前が仕事をほっぽり出す方がよっぽど迷惑だ」

 情けない話ではあるけれど。ボクがこうして食いっぱぐれずに済んでいるのは、プレディカがパートとして働きに出てくれているからだ。家賃を父に肩代わりさせ、パート収入を得ているからこそ、ボクは絵だけに集中することが出来ている。

「しかし参ったな。多摩は交通の便が良い。多少怪我をしても手放したくは無かったんだが」

 警察に嗅ぎつけられる前に、他の場所に移動しなければ。住所を記したメモ帳に引いた横線は全体の九割。正直あまり後はない。

「あの。女王様。ご報告したい……ことが」

 前向きに行く先を吟味していた最中。プレディカが手近なカーテンで血を拭い、躊躇いながらも話を振ってきた。

「その煮え切らない態度は何だ。どうして口籠る」

「行く先をお決めになられる中、邪魔になるかと、思ったものですので」

 そう返されると気になって来るのがヒトのサガ。好奇心を刺激しているのか? 構わん。話せと切り返すと、プレディカは若干の間を取り、ようやっと口を開く。

「西ノ宮ちはるを見付けました。この近辺に住んでいます。我々と同じ、この多摩に」

 西ノ宮、ちはる?

 その名前を耳にした瞬間、これまでの憂さや今抱えていた総ての悩みが吹き飛んだ。

 あの女が。プレディカから自由を奪い、ボクの人生をどん底に突き落とした女が。生きてこの近辺に潜伏しているだと!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ