もう終わり!これで終わり!
混沌極まるコラボ編もこの回でひとくぎり。
ああ、長かった。
※ ※ ※
『そんなキレ気味に話されたってわかんねぇよこっちは。ナニ? ガーストをタネに劇場型犯罪でも起こしたとか?』
「まあ、その……そんなとこや。説明ならこれでえぇやろ? 早ようしてや、死人が……死人が出てまう!」
電話口の相手が困惑するのも無理はない。知り合いの妹が何の前触れもなく電話をかけてきたと思ったら、火急だからと自分の著作の主人公・その弱点を言えという。事実カレはこの内容を噛み砕いて理解するのに十五秒を要した。
その主人公が自分の親友を襲っているのだ。ストレートにそう伝えたところで、きっとこの感情を共有することは出来ないだろう。
(頼むで……。他に頼れる相手がおらんのや)
藁にもすがる――、いやきっとこれが最適解。ここで降りられたら他に打つ手は無い。電話口で答えを待つ三葉に、反対側から別の声が響く。
「ねぇねぇカンサイさん。途中からでよく分かんないんだけど、そこのヒトに『ウン』って言わせればいいんだよね?」
「へぁっ? せやな、そうしてくれたら、ありがたいんやけど……」
待てよ。三葉は思考を切り替え、左耳を陣取るみらに目を向ける。聞き知っただけで直接見た訳じゃないのだが、この子は望んだことをカタチに出来る。もしそれが、電話の向こうにも届くとしたら――。
『戦い飽きた。さっさとくたばれ』
「この、この、ぉ……!」
電話を片手に戦況に目をやる。親友が黒いヘルメット男に圧倒され、その脚で不規則なリズムを刻んでいた。
「堪忍してや兄者……、こっちも人命が懸かってるんや」
『いや、だからどういうことだっつってんでしょ』
三葉は覚悟を決め、隣立つみらに『GO』のハンドサインを送る。彼女は三葉の手を握り、見たことも話したこともない相手の居場所を思い浮かべた。
『ちょっ!? ナニこの何!? うぅぉおおおお!!??』
みらが願って十数秒。電話口の何某は慌てふためき暴れ出す。耳を澄ますと、その先で尋常ではない水音が響いている。
「みらちゃん。何しよった?」
「聞き分けのないひとには先ず水攻めだって。アメリカのけーさつ二十四時でやってた」
「そっかあ」
今頃向こうは水道管が破裂してえらいことになっているのだろうな。先行きその他には同情するが、今はそれどころじゃない。
『ねぇ何!? ほんと何?? 一旦電話切るよ、業者呼んで業者!』
「さあ、早くストライカーの弱点を話しぃや。このままやとフローリング超えて畳の間まで達するで〜。畳のカビは一度つくと簡単には取れへんでぇ〜」
『なんでうちの間取りのことそんなに知ってんの!?』
最早単なる厄災である。付き合わされるあちらはさぞ迷惑なことであろう。『カレ』は意味不明な展開にほとほと呆れ果て、半ば絞り出すように言い放つ。
『あるとしたら胸だよ胸! ストライカーの能力中枢は胸部の機械だ。そこを破壊すれば奴は動けなくなるよ多分!』
「そっか、わかった! サンキュウな兄者!」
瞬時に視線をちはるに切り替え、ふらつく彼女に声を張り上げる。
「ちぃちゃん! そいつの弱点は胸や! そこを撃ち抜けば倒せるて!」
「た、倒せるって……ダレが?」
「作者や! ガーストの! 電話して言質取ったった!」
「はい?!」
なんで、作者と? 三葉が? ちはるの顔が困惑に曇ったが、コンマ数秒後にはその総てを振り切った。目の前にあるのは殺意を剥き出しにした化け物だ。手段が確かなら藁にもすがる、
「だけど……。こいつ、離してくんない……よっ!」
だがそれは『撃てれば』の話だ。こちらが下がれば、奴は即座に距離を詰めてくる。近接戦を主軸とするストライカーと、溜めを必要とするちはるとでは壊滅的に相性が悪い。
「おっけー! それならばっ!」
この不利を目にしたみらか声を上げ、こめかみをぐりぐりと擦る。
「カンサイさん、さっきの電話、まだ繋がってる?」
「ええ、ああ……まだ」
繋がっているが、何か? 理由を告げるより早く、みらはそれを敵側に向けるよう大仰なジェスチャーで促す。
「こ、こう……か?」
「そうそこ! いでよ、水ぅーっ!」
「へあっ!?」
三葉がディスプレイを向けたその瞬間、液晶画面から画面の質量を遥かに超える水が噴き出した。
『あぁ、よかった……水収まった、治まったあ……』
まさか、今の今までカレを苦しめていた水か? 拷問に使ったこれをそのまま転用したと言うのか?
「最早物理法則もナニもあったもんやないなァ」
出したのも転送したのも魔法なら、多分このスマホは無事だろう。三葉はなんとなくそう理解し、深く考えることを放棄する。
『こ、これが……何だと言うのか!』
とは言えただの水だ。浴びたところでストライカーの行動に何ら変わりはない。判断ミス? 当てずっぽう? 否、そのどちらでもない。たっぷりと水に使った敵の姿を見、みらはにいっと口角を吊り上げる。
「見くびったな! そしたらそのまま凍っちゃえい!」
念を送るこめかみぐりぐりは今なお継続中であった。敵のヘルメット頭が注意をこちらに向けたその瞬間、放たれた水は一気に氷結し、彼の身体をアバンギャルドな氷のオブジェへと作り変えた。
「ちょちょちょ、何よそれ! そんなのアリ!?」
「作ったよスキ! グリッタちゃん、後は任せたーっ」
唐突な転換に仰天する幽子を無視し、ちはるにそう言い放つ。何はともあれ足は止まった。今なら十二分にエネルギーを集束させられる!
「ありがとみら! そんじゃ、いっくよー!」
隙さえあればこっちのもの。バトンの穂先を敵に向け、虹色のエネルギーを集束させる。
(あ、れ……?)
手にしたバトンに違和感を持ったのはその時だ。集束させた輝きでバトン全体がかたかたと振れている。今の今まで、それは奴に殴られたせいだと思っていた。もしそうでなかったら? 買ってもらったものを補修し続けて早ニ十年。酷使に耐えられず、悲鳴を上げているのだとしたら。
(ごめんグリッタバトン、もうちょっとだけ付き合って)
氷漬けにされたストライカーに、蜘蛛の巣めいた亀裂が走った。氷結はあくまで足止め。この期を逃せば今度こそ攻め手が無くなってしまう。
「シュテルン・グリッタ・スタァバーストぉおおおお!!!!」
振れを殺すべく両の手でバトンを握り、腹の底から声を出し、留めた光を解き放つ。超至近距離から放たれたそれは、氷から脱せんと蠢くストライカーの胸を打ち貫く。
『お、オォ……。おぉあ、ア……』
これが致命の一撃となった。胸の機械を破壊されたストライカーはうめき声を上げて膝をつく。胸部から漏れ出した虹色の輝きが空に失せ、肉体から『厚み』が無くなった。
『マツリカ、俺も、お前の……元に……』
ヘルメットと服だけが絨毯に残り、それすらも虹色の霧に分解されてゆく。本の世界の住人、ガーディアン・ストライカーはちはるの魔力をその身に喰らい、自らの住処へと還っていった。
「嘘……! こんなの何かの間違いよ! ストライカーが、私のヒーローが、こんな、ふざけたやり方で!」
「アンタの、とちゃう。勝手に物語を私物化すんなや」幽子の妄言を、三葉ははっきりと否定して。「ちぃちゃんはその作者サマからお墨付きを受けたんや。アンタみたいなんが勝てるワケにゃあよ」
吹寄幽子は頭の3Dプリンターで現実に創作物を投影する。である以上、どんなに強くともその作者が弱点と断じたモノを、創作物は覆すことはできない。理屈としてはそんなところか。尤も三葉がどれだけ説こうとも、向こうはそれを聞き入れることは無かったが。
「これは悪いユメ、そう夢なのよ! 敗けてたまるもんですか。私が私でいる限り、ガーディアン・ストライカーは終わらないんだからッ」
敗北を喫した幽子の行動は素早かった。見てくれこそ取り乱していたが、頭の電子レンジは細やかにカウントを刻んでおり、中で幼児大の手足が蠢いている。
「出なさい私のストライカー! 第二ラウンドのはじまりよ!」
最初のストライカーが消えてから百二十秒、この切り替えの早さは執念なのか性格なのか。ぐしゃぐしゃに歪んだ顔で三葉らを睨み、怒りの言葉を投げかける。
「第二ラウンドなんて、来ないよ」
だが、幽子の思い通りになったのはここまでだ。激情に狂った彼女は、直接敵対したちはると三葉に矛先を向けながら、先の戦闘の立役者たるみらの存在を失念していた。
「あんたなんか、消えちゃえ」
指を差し、敵意を向けて睨んだその瞬間。幽子が立つその場所に黒い影がすっと伸びる。
「え?」
"それ"が巨大な木槌であると解った時には、幽子の足元は半円状に削り取られていた。みらの意思で発生した不可視の槌が、有無を言わさず振り下ろされたのだ。
「な……ナニ何ナニぃいい!?!?」
なんと器用な一撃だろう。槌は幽子以外のものを総て砕き、彼女を虚空へと放り出した。
「ちょっと、それは流石にまずいって!」
空いた穴から外の様子が垣間見えた。落ちる幽子の姿が隣のビルの窓ガラスに反射し、幾人もの影を形作っている。一目で、打撲程度では済まされない距離にあることが理解できた。
西ノ宮ちはるは疲労困憊の身体を押し、落下せんとする幽子に向けて駆け出した。
「くぉ、おっ……あっ! ぎりぎり、せーふ……」
自由落下する幽子の左手を掴み、自身は床に突っ伏し、腹ばいとなる。支えや取っ掛かりはなく、その負荷は総て魔法少女装束越しの乳房に乗っかってしまう。
「いや、これセーフじゃない……。痛い! 痛たたたたたたたた、ぎぃいいいいあぁああ! ミナちゃん、足! 脚掴んでお願い!!」
胸の上をロードローラーで踏み均されるような激痛がちはるを襲い、彼女もまた、奈落に向けて落ちてゆく。ミイラ取りがミイラとはこのことか。後ろから支えてもらい、自らも左手で縁を掴み、落ちまいと必死の抵抗を試みる。
「あなた……。どうして……」
「知らん! 助かりたきゃはよ登れぇえ」
あれが敵で、手駒を生み出し自分たちを苦しめた張本人なのは解っている。だが、懺悔の暇もなく転落死だなんて理不尽だ。
(またアイツだ。あいつの顔が)
九年前。自分の肉親を含め多くの人間を殺害し、配下のかまきりと共に逃げ去ったあの女。いのちの選択を強いられる場面になると、いつもあの顔がアタマをチラつく。あんな思いは、二度とゴメンだ。
「誰が……助けてなんて言ったのよ」
吹寄幽子はそんなちはるを鼻で笑い、空いた右手を振り子運動で持ち上げる。そこには虹色の鋭利な欠片が握られていた。あの3Dプリンターの成れの果てだ。みらに槌で破壊された時、その残骸を無意識のうちに手に取っていたのだろう。
「う、ぐっ!?」
「あんたなんかに救われるのはまっぴらよ」
善意で以てヒトを救けるちはるを嘲笑うかのように、右の中指を突き立て、挑発的に墜ちてゆく。
他者から爪弾きにされ続けた幽子にとって、ガーディアン・ストライカーは人生そのものだった。それを世界中に拡散させ、自分はここに居ていいのだと自分自身を肯定したかった。
だがストライカーは敗れ、まほうの力も無くなった。幽子にとってそれは、この世界に自分の居場所が無いのと同義である。
(もう、この世なんかに未練はない)
ストライカーは打ち切られ、それをカタチにする術も喪って。死への恐怖や後悔など微塵もない。このまま自分自身を終わらせてやる。総てに踏ん切りを付け、目を閉じた幽子だったが、『セカイ』の方がそれを許さなかった。
「あれ……?」
落下による浮遊感が消え、重力が腰から背中にのし掛かる。何が起こった? 目を見開き、周囲を見回す幽子は、自身の回り・地上に老若男女の人だかりが出来ていることに気がついた。
「何よナンなの? と言うかなんで死んでないの?」
衆目に晒され困惑し、ふと目線を下にやる。高さにして雑居ビルひとつ分、15メートル近い高さの下、自由に動けず固まっている。
「何……? なんで、こんな……」
やがて、彼女は自分の身体が何かに『ぶら下がっている』ことを理解した。支点たる背後に目を向ければ、捲れたロングスカートの端っこが何らかの出っ張りに引っかかり、ワンコインゲームの景品めいて固定されている。
「わあ。すげえ。ぱんつ丸見え―」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。警察、警察」
「ああ、あんなに若いのに飛び降りなんて……」
直下から見上げる人々は、吊られて動けない幽子に思い思いの言葉を投げかける。性的に観る者、案じる者、勝手に出自を慮って嘆く者。いずれも彼女がしたことを、この大混乱の主犯だと気づいていない。
「冗談じゃないわ……、こんなの、私は望んでない! やめて、やめてったら!」
消防車のクレーンが伸び、見上げる人々はさらに増えていく。
今の今まで自分に殺されかけていた者たちが、殺してやろうと思っていた連中が、自分を救おうと動いている。救われたくなんかないのに、こんな世界にいたくなんてないのに。世界の方が自分を生かそうとしてくる。
「やめてよ……やめてって、言ってるのに……」
救急隊員の手で取っ掛かりから解き放たれ、クレーンを載せられ地上へと向かう。終わってみれば、みらは効果的に戦意を削いだのかもしれない。地表に降り、見ず知らずの人々に囲まれる幽子には、もう世界を変革しようなどという意思は残されていなかった。
「なんとかなった、みたいだね」
「せやな」
塔の上からその様子を眺めていたちはると三葉は、この騒乱の終焉を何となく理解した。この場所も幽子が造ったものなのだろう。当人とプリンタの消失に伴い、壁がぱらぱらと捲れ始めている。
「あの、な……。ちぃちゃん」
「なに?」
こんなことに巻き込んでごめん。何もかも自分の責任だ。謝りたい気持ちに嘘はない。けれど顔を突き合わせ、右目に青あざ、ところどころ解れた衣装、クラックの入ったグリッタバトンを見てしまうと、罪悪感で言葉に詰まってしまう。
「今度さ、呑みに行こ」
「え?」
二の句を継げず困る三葉に、ちはるの方から話を振って。「私さ、友達とお酒呑んだこと無いの。大人になったんだからさ、グチとかそこで言い合いたいじゃん?」
「酒……そっか、酒か……。せやな! 行こ! アヤのん連れてみんなで! うちに任せとき! でらえぇ店探しとくさかいな」
親友の、ささやかな心遣いが身に沁みる。三葉は目に涙を溜めながらいつもの調子でまくし立てる。戦いは終わった。ふたりの顔には、駅で出会った時のような笑顔が戻っていた。
「そっか……わたし、戦えるんだ」
二人から少し離れたその場所で、西ノ宮みらは自らの頭頂に座す金色のティアラに手を触れる。これまでずっと、自分は母にとって足手まといでしかなかった。けれど今は違う。自分にはチカラがある。本の世界を現出させるようなべらぼうな相手とも戦える。
『――ふぅむふむ。そろそろ刈り入れ時、みたいなんだよん?』
ちはると三葉は知らなかったが、この場に傍観者はもう一人いた。ピンク色のシルクハットに白の外套を纏った半透明の存在は、自らのチカラを自覚したみらの姿を見、帽子の下で楽しげに笑い、誰に気付かれることもなく消え去った。
・次回、15:ゆめの続きを・2、に続きます。
●このお話(というか、今回退場した吹寄幽子)の後日談的な要素を描き下ろしておきましたので、お暇がございましたらそちらもごらんください。
概ね、これまで読んでこられたところの知識のみで楽しむことができます。
・「だって、私は私にしかなれないから」
https://ncode.syosetu.com/n9654eb/30/