私のユメの邪魔はさせない
本作の主役に、過去筆者が描いた作品の主人公をぶつけて見よう、というおはなし。バイオレンス度そこそこお高め。
※ ※ ※
「あぁ、もう! まじ! うざ!すぎ!」
先へ行けば落とし穴。左右に躱せば移動を封じるトランポリン。かと言って退避すれば床に敷かれた針のむしろの餌食となる。にっちもさっちもゆかない状況に、西ノ宮ちはるは肩で息をし、悪態をつく。
『あはッ、いいぞォもっと苦しめえ。お前らに進むべき道などない。あのお方に楯突いた罪、その身で味わうがよいわ!』
対するのはドミノマスクで顔の上半分を隠した幼女だ。『トラップ・マスター』を名乗る彼女は、次から次へと罠を仕掛け、ちはるたちをこの場に釘付けている。
「冗談じゃない。早くミナちゃんを助けなきゃならないのにっ」
手にしたバトンの穂先を敵に向け、カタをつけんと詠唱を行うも、そこに既に姿は無し。
『遅い、遅い、おっそーい! そんな攻撃で私を捉えられる訳ないっしょぉ?』
「ぐ、うぅ……!」
ちはるがイラついて歯噛みするのも当然だ。その仕組みが彼女にも解るからこそ腹が立つ。こちらは罠のせいで著しく動きを制限されているというのに、向こうは仕掛けた場所を総て覚えており、バネや落とし穴を利用して躱し切る。
「足止めかよ、ふざけやがって」
向こうに自分を殺すチカラはない。きっと殺すつもりもない。ただ苛つかせて正常な判断を奪い、ここに釘付けることだけ。解っているし隠そうとしないのが尚更腹立たしい。
(どうしたらいいのよ、こんなの……)
疲れ果て、肩で息をし、逃げ回る敵の姿を睨む。どうすればこの事態から逃れられる?
「ねぇ、ねぇ。グリッタちゃーん」
この厄介な状況を理解しているのかいないのか。自分の遥か後方でじっと立ち尽くす西ノ宮みらは、苦しむちはるを見て気の抜けた声を上げる。
「なにを道草食ってるワケ? はやくカンサイさんのところに行こうよ。わたし、つっ立ってるのもう飽きたー」
「馬鹿。それが出来れば苦労しないでしょーが」
「出来るでしょ。カンサイさんは敵に捕まったんでしょ。居場所ならもう割れてるじゃん」
「だから、そんな簡単に……」
待てよ。居場所なら割れている? そうか、その手があったか。ちはるは危険を承知で敵に背を向け、みらの立つ場所に跳んだ。
『アッハハ、馬鹿め馬鹿めぇ。自分から的を絞りにかかるとは!』
敵からすれば倒すべき相手が固まったようにしか見えないだろう。嘲笑を上げるのも当然だ。しかし、ちはるたちの目に迷いはない。奴らはまほうのチカラで産まれた産物だ。それを支える『本体』が消えれば存在を維持できない。
「倒せないなら逃げればいい。みら、ナイスアイデア」
「でしょお?」
西ノ宮ちはるは手にしたバトンを真上に構え、喉を広げて強く叫ぶ。
「グリッタ☆フュージョンゲーーーート!」
叫びに応じ、バトンの穂先に畳一畳大の虹色のモヤが生じた。みらを抱き寄せ、その場を動くことなく『ゲート』がふたりを包み込み、ここではないどこかへと彼女たちを誘う。
『ちょっ!? なによそれアリエナイ! 私を置いてどこ行く気!? ふざけんな、ふざっけんなアアア!!』
如何に複雑な罠を仕掛けていようが、射程圏内に目標がいなくば意味がない。まんまと出し抜かれ、取り残されたトラップ・マスターは既にここには居ないちはるたちに向け、無意味な怒りをぶつけ続けていた。
※ ※ ※
「あんた、お姉とちゃうんか」
言葉が届かなくて当然だ。ガーディアンたちを操り、東京を蹂躙する親玉は、三葉のよく知る姉じゃない。背は高く、腰まで伸びた長い髪は一緒だが、自分が姉と『他人』を間違えることなどあり得ない。
「出会い頭に何? 見ず知らずのあなたに説教される筋合いはないんですけど」
青白い逆光に照らされ、おぼろげだったその姿が露わとなる。濡れ羽色の髪をシュシュで括って肩から流し、初夏の暑い盛りというのに白いボーダーニットと紫のロングスカートで徹底的に肌を隠した女性。だが何より不可解なのは、その佇まいで頭から電子レンジめいた機械を被っている間抜けな絵面だ。親友・西ノ宮ちはるはまほうのペンで描いたものを実体化させるチカラを持つ。あれも、その類のアイテムだというのか?
「あぁ、ああ。ようやく話が見えてきた。あなたが邪魔する魔法少女ってこと? どんな奴かと思ったら、まさか私と同い年くらいだなんてねえ」
「うちやない! というか、初対面でまず言うこととちゃうやろ!」
一言会話を交わすだけで、人格に難があることはすぐに解った。佇まいが姉に似ているからこそ腹が立つ。
「なんで……、なんでなん? 作者でも編集者でも無いあんたが、こんなことしてナニになるって言うんや!」
「何って。決まってるでしょ」幽子、と名乗る女性は冷ややかな顔と声で即答し。「ガーディアン・ストライカーを皆の記憶に刻み込むためよ」
「はあ?!」
「ガーディアン・ストライカーはこんな私に生きる意味を与えてくれた聖書なの。未来永劫続いてゆかなきゃならないの。それを打ち切り、打ち切りなんて! 絶対に許せない! 売上の低迷や紙面の都合だってGOを出した連中も! それを支持した連中も全部全部、ぜぇんぶ!」
如何な相手とはいえ人間だ。話し合えば和解の余地もあると思ったが、考えが甘かった。聞けば聞くほど事由への正当性がなく、理解できるものとも思えない。
完全に想定外の事態だ。姉とその作者以外で、あの創作物にここまで入れ込む人間がいようとは。
(ふざけとる。そないなことで、こんな……!)
最初からでは無いものの、三葉も『当事者』のひとりだ。『彼ら』がどんな想いでガーディアン・ストライカーを描いていたのかも知っている。
「何か聖書や、生きる意味や」
「はあ?」
「読み専のくせして大仰な言葉で祭り上げて。あの人らの気持ちも知らんくせに! テキトーこいて勝手なこと抜かすなや!」
こみ上げた怒りを御しきれず、口を突いて飛び出した。
「本当にガーストのことが好きなんなら、本を買うなりファンレター贈るなりするんが筋やないんか。こんなことして注目浴びたって、お姉もあの人も全ッ然喜ばへん!」
姉がどんな苦労をして、『彼』がどんな思いであれを書き続けていたか。こんなものはあの二人に対する冒涜だ。手前勝手な願いで原作を捻じ曲げ、悪評を被るのは彼らだと言うのに。
「うっとおしいわね、アナタ」
自らの信条を蔑ろにされたことで、幽子の顔から余裕が消えた。その目はひどう血走り、唇をぎりりと噛み締めている。
「知ったような口を利く! わめくばかりでどうこうするチカラも無いくせに!」
「ぐっ……」
連れて来られたのは自分一人。力づくでどうこうできる訳もない。このまま手を拱くことしか出来ないのか。諦めかけ、肩を落とす三葉の背に、虹色の光が差し込んだ。
「よぉい、しょっと! とう、ちゃーく!」
救う神あらば拾う神ありとはこのことか。虹色のゲートをくぐり抜け、魔法少女グリッタちゃんとその娘みらがこの暗がりの中に現れた。
「ちぃちゃん! 待ってました! 良かった、よう来てくれたあ!」
「見た感じ……怪我とかは大丈夫そうだね」ちはるは直ぐに視線を敵側に移し。「で、あれがナナさん? こんなことした首謀者の」
「ち、ちがう! お姉はそんなことせぇへん! なんちゅうひどい言いがかりや。友達やからってそんなこと言うたら承知せぇへんに!」
「えっ、あぁ……そうなの?」
自分たちのよく知る菜々緒なら、別に頭から電子レンジを被っていてもおかしくはないと思ったのだが。先程までの見立てが完全に外れ、ちはるは素っ頓狂な声で返す他なかった。
「来たわね、アナタが私の宿敵。ペンの持ち主ぃいい」幽子は恨みがましい目でちはるを睨む。同時にカウントを刻んでいた頭の上の機械が、"完成"を示すけたたましい音を打ち鳴らした。
「ちょっ、何よこれ」
「丁度いいわ。そこで見てゆきなさい」
「ナニを」
「決まってるでしょ。ガーディアン・ストライカー最強の存在、主人公サマが此の世に顕現する、その瞬間を」
電子レンジめいた機械の戸が開き、赤子大くらいの大きさの『何か』が床にずり落ちた。それは空気に触れ、急速に膨張してゆく。
「あなたとその仲間が何をしようがもう終い。私のユメの邪魔はさせない」
猫背気味に立ってなお、隣の三葉より頭三つ大きな威容。フルフェイスヘルメットを被り、バイザーの上から紅い光を輝かす魔物。彼が、そう彼こそが――。
「さあ、目覚めなさい。このセカイの秩序を壊す殺戮者。超人を砕く無敵の存在、ガーディアン・ストライカー」
※ ※ ※
「いい加減……。諦めなさいよっ」
『それは吾輩の台詞である。テロリストの分際でここまで粘るとは。尊敬を通り越して腹が立つよ』
東雲綾乃と超人マッハバロン、時速数百で駆け抜けるふたりの戦士は東北新幹線とすれ違い、利根川を通過して、栃木県の真中に進行しつつあった。
(勘弁してよ……。流石にもう、ムリ……)
まほうのチカラで強化されたとはいえ、元は膝に爆弾を抱え、百メートル走ることさえ苦痛だった身だ。追いかけっこを始めて早一時間。綾乃の脚とスタミナは限界に近付いていた。
『息が上がって来たねえ。その威勢は空元気か?』
バロンは余裕綽々と言った体で一馬身ほどの差をつけ、またも車を手前に『引き寄せた』。疲弊に加えこの障害物競争めいた跳躍が度々挟まれ、残り少ない体力を削り取られてゆく。
(ここで離される訳には、行かないってのに……!)
力量差は歴然。一度でも足を止めるようなことがあれば、向こうは即座に袋叩きに移行するだろう。格闘術を駆使されては勝ち目はない。
かと言って、このままマラソンを続けるだけの気力も無い。持って後数分。この足で栃木県を脱することはないだろう。
「どうする……どうする……?」
流れる景色が鈍化して、考えだけが冴え渡る。チカラでも早さでも勝てない相手を倒す方法。そんなもの、本当にあるのだろうか?
「えぇい、悩んでたってしょうがない!」
こうなれば当たって砕けろ。正攻法じゃ奴には勝てないし、時間稼ぎの障害物競争になどこれ以上付き合っていられない。綾乃は持てるスタミナを振り絞り、マッハバロンの前に躍り出た。
『この私を追い越すか、面白い!』
バロンは誘いに乗り、小細工を捨てて距離を詰めて来る。しかし綾乃は怯まない。向こうが近付くのを横目に、『必殺の瞬間』を見計らう。
『久々に楽しめたよ小娘、この一撃で塵と消えろォオ』
右手を平にして引き絞り、矢の如き勢いで解き放つ。先程までとは体重や速力の載りが違う。新幹線さえ追い越すこの速度では、どの部位に喰らっても致命傷は免れない。
「そうね……。終わりに、しましょうか」
この一言が功を焦るマッハバロンの耳に届いたかはわからない。届こうが届くまいが一緒だっただろう。東雲綾乃は彼の手刀に合わせて脚を引き、腿と脹脛の間に誘い込む。
『ぐっ……おっ、ああああッ!?』
勝敗は一瞬で決した。バロンの右腕は増設された綾乃の脚のジャッキに巻き込まれ、生卵が割れるような音を響かせて使い物にならなくなった。
そして同時に、彼はこの加速下でベクトルが『ズレる』ことの恐怖をその身で味わうことになる。今現在、二人の走行速度は三百キロ強。車は急に止まれない。まして車より遥かに脆い人類がこのスピードでブレーキを踏み込むとどうなるか。
『う、ぉおおおおおおおおおおおッ!!』
バロンの身体は一回転してアスファルトに叩きつけられ、置き去りにして来た加重をモロに喰い更に六回転。二打目で彼の顔に亀裂が走り、三打目で破砕。五打目に至り骨は粉へと変貌し、最後の六打で物言わぬ血袋と成り果てた。
「や、やった……。倒せた」
綾乃はバロンだった『もの』が虹色の光を放って消える様を見届け、ゆっくり減速しつつ道路脇へと移動する。決着は正に紙一重。向こうが誘いに乗り、タイミングが合ったから良かったが、そうでなければ今肉塊になっていたのは自分だ。勝利の高揚感など微塵もない。むしろ死した彼に対する同情の念さえあった。
さようなら。どうか安らかに。天に登り、跡形もなく消え去った敵に対し、綾乃は心中そう独り言ちた。
「今からじゃ……間に合わないか」
ここは何処かと辺りを見回し、『宇都宮』と書かれた看板が見えて来た。クールダウンする脚が時折脈打ち、備え付けられたジャッキが悲鳴を上げている。変身を解除すればまず間違いなく動けなくなるだろう。ちはるたちへの合流は間に合わない。
「ごめん。あたし、そっち行けないわ」
やっと、スピードが競歩くらいにまで落ちてきた。彼女たちは無事だろうか。敵のボスを見つけられただろうか。
(ちはるならきっと、大丈夫だよね)
ゴールとばかりに、フルマラソンを走り切ったランナーめいて地べたに大の字を作る。置き去りにしていた疲れがどっと襲って来た。綾乃は不安を期待で噛み潰し、心地よい疲弊の中で目を閉じる。
そのちはるが、九年ぶりに命の危機に瀕していることを知らぬまま。