正義気取りのやべーやつら
※ ※ ※
「いやァ東京は栄えとんなあ。大須なんかとはエライ違いや」
「おおす、って? "とよす"とは違うの?」
「ちゃう、ちゃう。あれは市場で向こうはオタク街。言うてもヒトの数は全然ちゃうけどなあ」
ランチタイムもそこそこの午後二時過ぎ。地方出身者・桐乃三葉は久々に観る都会の様相に目を輝かせていた。
日曜日の秋葉原中央通りは歩行者天国となっており、行き交う多くの人々でごった返している。老若男女に多数の人種。それが車道を歩行者で埋め尽くしているとなれば、地方出身者には珍しかろう。
(ミナちゃんってば、相変わらずヒトとの距離を詰めるの、上手いよね)
少し前まで自分の影に隠れて警戒していたみらが、自ら進んで歩み寄り、楽しそうに話をしている。あのコミュ強ぶりには昔から助けられていたっけな。楽しかった過去を思い返し、ちはるの頬が少し綻ぶ。
(しっかし……。あんな建物、あったかな?)
ご当地魔法少女ともなれば、アングラな他のアイドルとの付き合いも増える。不本意ながらも都心に出、こうした場で歌や踊りを披露することも多々あった。
そこまで地理に詳しい訳じゃないが、それでも今日のアキバはどこか妙だ。金券ショップやアイドルグッズショップを抱えていた雑居ビルの一部が消え、空白のテナントに不可思議なマスクを被った連中が闊歩している。
アキバは日本オタク文化の発信地だ。コスプレにケチを付けるつもりはないが、取り締まる警察の姿を見ないのもヘンだ。いつもなら怪しい輩は即座に足を止めて職務質問に入るというのに。
「でもさ。どうしてアキバが見たかったの? 渋谷とか原宿とか、スタイリストさん的にはもっとそういうとこ選ぶモンじゃなぁい?」
「まあ、その……追々な」それまで元気いっぱいだった三葉の顔が、みらのこの一言で少しだけ曇った。
「あ、あ。そうや。ちぃちゃん、うちのお姉のこと覚えとる? 髪も背も高くってキレイな顔立ちの」
「お姉……」余計な修飾語が付くせいで誰の事だかわからなくなったが、「あぁ、思い出した。ミナちゃんのお姉さん、ナナさんだっけ」
「そう、そうそうそう! 菜々緒お姉! 今な、お姉出版社に勤めてて、作家さんひとり受け持っとるんよ! 男のひとやけど、お姉もちゃんと話が出来るようになってなあ」
話題が姉に移った瞬間、嬉々として早口でまくし立てる。そうだ。彼女は元々こういう子だった。自分のことは二の次で、姉やヒトを推して推して推しまくる。
「はは。それはヨカッタ。で、そのナナさんが、何?」
「あー……。それは、あっと!」
三葉は答える寸前で言葉を切り、横並びの中から彼女たちの一歩先に立つ。秋葉原メインストリートから道を二本外れ、人通りも少ない五階建ての雑居ビル。ここが、彼女の目的地なのだろうか?
「ねぇ、何か用事?」
「ごめんなちぃちゃんみらちゃん。ほんの少し、少ぉしだけ待っといて」
こちらの言葉をろくに聞かず、三葉は緊張した面持ちで建物の中へと消えた。一体何のために? どうして自分たちは置き去りなのか。わからないままに十五分が過ぎ、同じ人物がくたびれた顔をして戻ってきた。
「秋葉原でも屈指の事務所やって聞いてきたのに……。ここならきっと大丈夫やって思ったのに……」
肩を落とす三葉の手にはくしゃくしゃになった紙束が握られている。改めてここはどこかと首を上向ければ、『大東京出版』という字面が躍る。
「ねぇねぇカンサイさん。ここに何しに来たの?」
落胆する姿などお構いなしとでも言うように、みらが声をかけてきた。三葉は溜め息と共に逡巡すると、意を決して口を開く。
「さっきな。お姉が担当してるラノベがある、って言うたやろ。今ちょっとピンチでな、東京の会社さんで扱ってもらえませんか、って話をしとったんよ」
「ヘンなの。カンサイさんの地元じゃなくって、どうして東京に来たの?」
尤も過ぎる言葉の前に、三葉の落胆は更に強まる。「名古屋大阪、京都静岡。近しいとこは直接お姉が声かけとるから、もっと遠くをうちが当たっとるんさ。仕事のツテの伝手で紹介してもらった事務所さんやったんやけど……。それもいま玉砕や」
「あのさ。素朴な疑問なんだけど」ここに来て、ちはるまでもが手を挙げた。「それはナナさんのやらかしであってミナちゃんの過失じゃないんだよね。そこまでしなきゃならないやらかしって……どういうことなの?」
「それは」三葉は何故かここで口籠り、ほんの少し間を置いて答える。「打ち切りが決まってしまったんよ。その担当作。お姉すごく入れ込んでて、終わらせなくないんさ」
「打ち切り……」ちはるが三葉の態度に違和感を覚えたのはその時だ。きっとその言葉は本当で、その為に東京まで出てきたのは嘘じゃない。だが、それだけが理由とは思えない。彼女は自分たちに何かを隠している。本に対することではないなにかを。
「で、結局。ナナさんが担当してる本ってのは何なの? ラノベ?」
「ま、だいたいそんなもんや」話題を変えると三葉は直ぐに乗ってきて。「推しとるうちが言うのも何やけど、えらくニッチな層に向けた話でな、ヒーローが悪の組織に勝利して……」
そんな話をしていた頃だろうか。三人の上に影が落ち、衝動的に空を見上げる。雲がかかって夕立でも来るのだろうか。
「ちょ……ちょちょちょ、ちょっ!?」
雨くらいで済んだならどれほど良かったことか。視認から二秒で『それ』がヒトの形をしたシルエットだと解った。そしてそれが徐々に近付いて来ているということも。ここへ来て、周囲の人々もこの異常に気が付いた。
「どぉ、りゃあああああ!!」
ちはるたちを含め、通行人らが蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったその場所に、全長3メートルはあらんかという大男と、それをサーフボードめいて足蹴にするチアガール姿の美女。
「こんのデカブツ! 大人しくそこで寝てろッ」
美女はうつ伏せの巨漢の首筋に細やかなストンピングの一撃を見舞い、振り返ることなく跳び降りる。これがトドメとなったのか、巨漢の何某はその身体を虹色のしゃぼん玉に変え、跡形もなく消え去った。
「アヤ……ちゃん?! どしたのこれ? 何と喧嘩してんの?!」
「ちはるか……」綾乃は見知った親友の姿を見込み、ほんの少しだけ安堵した顔を見せると。「あんたも手伝って。渋谷からここまで、ヘンな奴らにずっと追われてるの」
「追われてるって」変身し、敵をひとり仕留めている事態だ。言葉足らずであろうとも何となく理解は出来る。「でも今そこで倒したじゃん」
「そう思うでしょ」綾乃はうんざりとため息を吐きながら。「直ぐに次が来るわよ。備えなさい」
などと、綾乃が言うが早いか。彼女たちの周囲・建物の壁という壁がどんでん返しめいてぐるりと回り、中からパトカーに備え付けられたような回転灯が飛び出した。
続く展開はご想像の通り。激しく明滅しながらけたたましいサイレンを鳴らし、『彼ら』にとっての厄介者がここに居ることを伝える。
『貴様らか! 我らが”ガーディアン”の統治を脅かす愚か者は!!』
サイレン発生から数十秒と経たぬうちに、象のような足音が周囲に聴こえ、後方のオタクショップひとつが吹き飛んだ。
『我こそは栄光の九人がひとり、リチャード・ホプキンス! 人呼んで『ザ・ウォール』!”あのお方”が築いた平和は、何人にも穢させはしない!』
その巨体は目算で5メートルか。先程始末した奴が子どもに見える。壁の名が示す通り、筋肉質のその巨体はエメラルドグリーンの鎧で覆われており、両腕には白銀の盾型の篭手。頭部には城壁を思わせる縞模様のマスク。ひと目で打撃では突破困難であることがわかる。
「ミナちゃん、みら連れて逃げて。こいつ……なんかヤバい」
あれが何で、どうしてそんなことを言うのか解らない。ただ一つ確かなのは、奴を野放しにしていたら、間違いなく二桁三桁の死人が出る。ちはるの脳裏に九年前の惨劇が浮かんで消えた。もうあんな光景はたくさんだ。
「ちぃちゃん、でも」
「ここは、私とアヤちゃんでなんとかする」
懐からトランスパクトを取り出し、『グリッタちゃん』に変身。鞄の中にしまわれたバトンを手に取り、鞄を三葉に押し付ける。
「わ、わかった。頼むで」
力無き自分に出来る事など何もない。三葉は右手でみらの手を握り、逃げる民衆の後に続く。
(なんでやろ。初めて見た筈なのに……)
去り際に振り向いたのは、後ろ髪を引かれる思いからではない。あの奇抜な格好を、以前何処かで見たことがあったからだ。しかし、それが何かを思い出すことは叶わず――。
『逃げずに立ち向かうか。テロリストにしては良い度胸だ』
「アヤちゃん。あいつまじで何言ってるの?」
「知るか。気にしたら負けよ」
こちらには護られた覚えも、まして国家の逆賊になったつもりもない。だのに向こうは自分たちを善、こちら側を悪と断じてはばからない。
『然らば、我が盾の錆となれぇええい!』
足元のアスファルトがひび割れを起こす程に地を強く踏みしめ、動く壁が一気に跳んだ。ちはると綾乃は左右に散ってそれを躱し、5メートルの巨大が通路上の屋台を撥ね飛ばす。
見ての通りのパワーキャラだ。力を持たぬ一般人からすれば脅威だが、対策出来ればどうと言うことはない。
「こ、の、ぉ!」
東雲綾乃は避けと同時に壁を蹴り、三角跳びの要領で巨人の背後を取った。即座に空中で姿勢を整え、背中に渾身の一発を叩き込む。
『痒いのう』
「んなっ!?」
今までの連中ならば胴から下が弾け飛ぶほどの圧を込めたのに、ホプキンスはまるで意に介さない。逆に彼は背に力を込め、接触した綾乃を弾き飛ばした。
「アヤちゃん!」
敵の注意が背後にあるうちにと、急ぎ放ったちはるの光弾が巨人の顔にクリーンヒット。なれど向こうは怯むことさえなく、その長い腕を伸ばし、ちはるの両脚を掴みにかかった。
『言った筈だぞ。我こそはザ・ウォール。小手先のチカラでこの鎧を砕けると思うな』
「ぐ……うっ!」
脚の自由を奪われ、ちはるは受け身も取れず後頭部を強かにぶつけてしまう。異名や自信は伊達じゃない。ばらばらに仕掛けたところで今みたいに反撃されて終わりだ。
「だっ」
「たらっ!」
ちはると綾乃は目配せで互いの意図を読み、再び左右に分かれて刺しにかかる。
『くどい!! 今ここで、挽き肉となれィ!』
ホプキンスは両腕を胸の前で×字に構え、ぐっと力を込めた。瞬間、盾の裾からそれぞれ八つの刃が迫り出し、互い違いに回転を始めた。
『必ァ殺! 地獄大車輪ンン!!』
これは最早丸鋸だ。彼が軽く腕を振れば、回転した盾はその手を離れ、風切る速度で二人を狙う。
(成る程、そう来たか)
二人はお互い目で二度追ったが、それだけだ。これからすべきことに変わりはない。ちはるは迫る鋸から距離を取り、綾乃は宙返りでそれを躱し、巨人の元へとひた走る。
「もぉ、一ぁぁあ発っ!!」
脚のジャッキが強くしなり、綾乃の身体を空高くへと打ち上げる。その勢いのまま姿勢を整え、敵に対し二度目の飛び蹴りを見舞う。
『馬鹿め! 我が盾は貴様の後ろにあるのだぞ!』
蹴りは鳩尾を的確に突いたものの、やはり怪物は意に介さない。振り切った丸鋸が綾乃の背後に迫りくる。
(でしょうね)
だから何だ? 刃と背中が接触するその瞬間、綾乃は残された左足でホプキンスの胸を蹴りつけ、捻りを加えた宙返りでこれを回避。戻り際に足と足で盾を挟み込み、刃を奴の胸に突き付けた。
『ヌゥーッ!? こんな、くだらん小細工ぅ』
「小細工か、どーかは」
「やってみなくちゃ、わかんないでしょ!?」
ホプキンスはこの時点でふたつの間違いを冒していた。ひとつは綾乃に気を取られ、ちはるを丸鋸に任せていたこと。ふたつに、肉弾戦の綾乃ではなく、まほう主体のちはるを先に叩くべきだったということ。
声を聴き、右側部に目を向けるももう遅い。バトンに溜まったピンク色の光は、奴の巨体をすり抜けて、綾乃の身体へと吸い込まれてゆく。
「きた、きたきたきたーっ!」
桃色の輝きはまたたく間に全身へ伝播し、蹴りに掛けられる圧力がぐんと伸びる。みしり、と言う音と共に鎧に僅かなヒビが生じた。取っ掛かりを得た綾乃は、得た魔法力を解放し、あらん限りの力を込めてこの傷を拡げにかかる。
『こ、このぉ……ぉお!』
壁たる自分がこんな小娘に負ける訳がない。現にこれまであらゆる敵をこの身体で防ぎ、『原初の男』に勝利をもたらしたのだ。
彼の自信と誇りは全身に走る亀裂と、鎧を貫通し皮膚にまで達した一撃によって、文字通り崩れ去ることになる。
『ばば、馬鹿な……! 一極集中、だとぉっ……?』
衝撃を貰い膝をつき、次いで着地した綾乃を睨む。桃色のオーラは既に失せ、肩で息をしていた。
『ふふ、フハハハハ! こんな、こんな程度か?! 我はまだ戦える! こんなものが精一杯か小娘ぇえ』
ふたりの力を合わせても、鎧の下から一撃を加えるだけで精一杯。しかも向こうはここまでの疲労で満足に戦えていないではないか。自身は歴戦の兵だ。鋸一つ破られたところでどうということはない。
「こんなもの? なわきゃないっしょ」
だが、余裕綽々なのは向こうも一緒だ。東雲綾乃は乱れた呼吸を整えながら、敵を挟んで向かい側に立つ親友を見やる。
「ちはる。仕上げは任せた」
「まかされましたっ」
綾乃が注意を引いていたのもあって、ちはるは既に準備を整えていた。グリッタバトンの穂先には虹色の輝きが集束し、解き放たれる瞬間を今か今かと待っている。
「シュテルン・グリッタ・スターバースト!」
光弾は瞬時に放たれ、ホプキンスの割れた鎧の中に吸い込まれてゆく。
『何かと思えばさっきの一撃。そんなものが何に……ん、んん?!』
輝きは、取り込まれたその中で一気に膨張し、鋼鉄の鎧を歪な形に組み替えて行く。何者をも通さないその頑健さを逆手に取り、内部から焼き尽くすことを選んだのだ。
『こんな……ことで、私が、ウオ、オオオオオ!!』
断末魔の叫びと共に、輝きが全身から溢れ出た。ホプキンスは鎧の中で爆裂し、残された鎧も持ち主の消滅に続いて、虹色のシャボン玉となってこの世から消え去った。
「やったね」
「うん。お疲れ」
二人は顔を見合わせ、ハイタッチで互いの労をねぎらう。厄介極まりない相手であったが、久々に親友と肩を並べて戦えた。そのことにだけは感謝したい。願わくば、これで最後であってほしいのだが―-。
「ちぃちゃん、アヤのん! 良かった、勝てたんやな」
「三葉。あんたどうしてここに」
逃げろと指示をしたはずなのに。訝る綾乃に、三葉は鞄から一冊の本を取り出して続ける。
「さっきの怪物、ホプキンスって名乗っとったやろ。あの姿と名前に見覚えがあって、これをちょっと読み返してたんさ」
「話が見えない。だから何なの?」
「最後まで話を聞いてや」三葉は手にした本を綾乃に渡し、「挿絵がついとるですぐわかるやろ。今のあいつとこの絵のあいつ。きょうだいみたいに似とると思わへん?」
そんな馬鹿な、と思いつつも渡された本を見やる。ちはるもまた、求めに応じてそれを視た。
「うそ……でしょ?」
「三葉。これ、何なの?」
ただの冗談であってくれ。あってほしかったのだが、姿形に口調まで。全く同じとなれば見逃すわけにはゆかない。
「表紙に描いてあるやろ。悪を滅ぼし、正義のヒーローとして君臨した超人たちを、もっと強大なチカラを持った人物が殺して回る冒険譚。お姉が編集として参加している『ガーディアン・ストライカー』、そのものや」