くらえひっさつ! スターバースト!
なかなか、魔法少女モノというジャンルに慣れません。
※ ※ ※
「ね、ねぇアンタ。ちはる……よね?」
決め台詞を淀み無く言い終え、くるんと回って決めポーズを取る魔法少女(?)。あまり、お近づきになりたくないけど、聞いてやらねば済みそうにない。
「ふっ、ふっふーん。それは違うよアヤちゃんや」面白い格好のアブない女は、こっちを向いて満足げな笑みを漏らし、
「我こそはキラキラ星第一皇女! 星の魔法をその身に宿し、皆を明るく煌かす光の使者! キラキラ少女グリッタちゃんだ! そうよ! そーうーなーのーよー」
「それ、さっき聞いた……」間違いない。彼女はちはるだ。つい数時間前、ぼろくそに言ってやって別れたあの子が、コスプレ衣装を纏って立っている。
というか大事なのはそこじゃない。ちょっと待て。待ってって。
「アンタまさか、戦う気でいる?! あいつと」
「そりゃそうでしょ。他にやることある?」
いや、だから。なんでそういう発想になるの。寸胴で、運動神経限りなくゼロのあんたが、どうしてあの狼とやり合えるっていうの。
「かかって来い来いバケモノ狼! グリッタちゃんが相手になるぞォー」
駄目だ。こうなったちはるは、もう誰にも止められない。ならば責めて説明を。そのおかしな格好は何なんだ。運痴のあんたが此処に辿り着けた理由は。わかんないことが多すぎる。
『新たな雌の対象を確認。抵抗意思確認』
向こうにも、引き下がるという選択肢はないようで。既に鼻息荒く上体を沈ませ、飛び掛かる体勢を造っている。
やらなきゃ・やられる。それが解っているからこその言動なんだよね。倒せる確信があるからイキがってるんだよね、ちはる?
そうよね。そうなんだよね!?
「ぎょっ、ぎょいぇえええええええええええええええええぅぅうう!!」
期待を込めた熱い眼差しは、情けない声で前転回避する幼馴染を見て急激に冷めてゆく。
何よ、結局何にもなってないじゃない。アンタ、一体何のためにここまで来たの。
※ ※ ※
「やっ、やばいやばやば……目がマジだよぉ、めっちゃ怖いぃいいいいいい」
何よ、何なんよぉ。こっちは魔法のチカラなんだぞう。その時点で勝ってるんじゃないの!?
あのワン公、わたしが何かするより早く、キバ剥いて跳びかかって来てくれちゃってェ。
ああ、もう。どうするのよ。どうすりゃいいんよ。
(あれ……?)
焼けたお餅みたいにぷくっと膨らんだお腹から、微かに響くうめき声。
妙にお腹の膨らんだ狼だとは思ってた。赤ずきんの世界から抜け出て来たからだと思ってたけど。もしかしてそうじゃない? あそこにうっすら映る手やら足やらって……。見間違いとかじゃなくそーゆーこと?
――逃げるの? 逃げ出しちゃうの?
ぎょっ。何よ、なんでこんな時にっ。やめてってばグリッタちゃん。無理なものはムリなんだって。耳元で甘く舌っ足らずな声で囁かれても無理駄目無理ーっ。
――ちぃちゃん。ちぃちゃん。あなたはだぁれ?
だあれ、って。わたしはちはる。西ノ宮ちはる。いい歳して魔法少女に憧れて、他の子たちからそっぽを向かれ、幼馴染からは罵倒され、それで、それで。
――ちがうでしょ。ちぃちゃん、あなたはだぁれ?
誰って、それは……。
いや、待って。グリッタちゃんはわたしに『そんなこと』を求めているんじゃない。
とすれば何。このイカれた状況で、わたしが考えるべきことは……。
「ちはる、危ないッ」
わ、と、と。今度は躱せた。OK、観てれば躱せる。それは分かった。
待てよ。これってさ、わたし結構すごくない?! 来るって解ってたらスッて避けられるんだよ!?
解ってきた。判ってきちゃいましたよちはるちゃんってば。この状況で、この衣装で、考えることなどただ一つ!
「はっ、はぁーっはっはっは!! 我こそはキラキラ星第一皇女グリッタちゃん! 街を脅かすヤミヤミの軍勢よ、在るべき場所へとお帰りなさーい!!」
全力で、キャラに、なり切るまで!
※ ※ ※
『優先順位を変更。抵抗意思健在。排除。排除。排除』
生温い涎を滴らせ、漆黒の毛皮を纏った狼が標的を睨み、唸り声を上げる。
向こうの身体能力は並。戦うことも知らない牝羊。ちょこまか跳ねるが、捕らえるのに然程苦労はしないだろう。
それ故に彼は、上体を起こしたちはるの目に輝く煌めきを見落としていた。そこにあったのは先程までの恐怖ではない。やっつけてやるという明確な、意思!
爪を立て、牙を剥き、前のめりの体勢から狼男が跳んだ。風を切って瞬時に間を詰め、今なおへっぴり腰な目標の下半身を狙う!
「わ、お、おっ!」
だがちはるは、それをぎりぎりまで引き付け、両足横飛びで回避。目標を逃した狼は、制動叶わず草むらの中へ突っ込んでゆく。
「よっしゃ、行ける。これならやれる!」
狼が草木を大袈裟に揺らすその最中、ちはるは腰に提げたトワリングバトンを掴み、その先を草むらに向けて突き立てる。
(えと。えとえと……。この後、なんだっけ……、バトンを向けて、振る!? 違う、投げる!? 違う! じゃあ、じゃあ……)
落ち着け。落ち着くんだ。ペンから産まれた装束、それを纏って出来たこと。現実離れしたこのジャンプ力。それがみんなほんとなら、『これ』だってきっとうまくいく。
だが、今ひとつ確信が持てない。自分はただのコスプレで。クラスメイトには相手にもされなくて。これも全部夢なのかもしれなくて。
もし、とか、たら、れば。接続詞が確信を妨げ、続く言葉をちはるから引き出させない。
『捕獲! 捕獲! 捕獲!』
だが、思い悩む猶予は無い。狼男はとっくのとうに草むらを脱し、再度突進の体勢を取りつつある。
今決めなきゃ。でも決まるの? やらなきゃ。けど、効かなかったら? この局面になってなお、ちはるは自分を信じ切れていない。
目の前が霞み、時の流れが鈍化する。敵は既に走り出した。どうする? どうすればいい? どうすれば……。
「こんの、弱虫ィィィいいいいいいっ!!!!!!!!」
「ほ、へ?」
鈍化した視界に色が戻り、幼馴染の絶叫が一拍遅れて耳に届く。
一体、何が? 今まさに追突せんとした狼が、軌道を逸らして自分の真横に突っ伏しているではないか。
声のする方を向いて、ちはるはようやく事態を把握した。綾乃だ。自分をださいと貶したあの幼馴染が、眼前で腹這いに横たわっている。
「あんた、あたしを助けに来たんでしょ?! アレが何なのかは知らないけどさ、何とかするチカラ持ってるんでしょ? だからここまで来たんでしょ? だったら、怖気付いてないでシャンとしろーっ!!!!」
(そっか。そうだ……)
自分は、あの子を助けるために此処へ来た。幾ら罵倒されようが、らしくないと蔑まれようが、助けられなきゃ、此処へ来た意味がない。
「シャンとしろ、かあ」助けられる側だというのに、相変わらず手厳しい。
けど、気合は入った。『もし』も『たら』も、『れば』も『でも』も。そんなの全部知ったことか。失敗するかも? そんなの、失敗してから考える!
ちはるは再びバトンを手に取り、喉元まで出かかっていた言葉を掴み、引き摺り出す!
「集え! あまねく星のチカラ! 来たれ! 我が錫杖の元へ!」
バトンの先端が紫紺の輝きを発し、周囲の空気が右寄りに渦を巻く。
間違いない。本物だ。ちはるは確信に口角を吊り上げ、両の手でバトンの柄を握り、続く言葉を解き放つ。
「シュテルン・グリッタ・スタぁぁぁ、ばぁぁぁすとぉおおおおっ!!!!!!!!!」
輝きは人間大の光球と成り、言の葉と共に風の勢いを伴って放出。『それ』が危険なモノと認識した狼は、前のめりながら駆け出し、林の中をジグザグに逃げてゆく。
だが、光弾は林の木々を避け、勢いを殺さずその軌跡を正確に追随。あっという間に距離を詰め、着弾。
『理解不能!理解不能! り、か、い』
哀れ、職務に忠実な狼の使い魔は、爆発と共に生じた竜巻に呑まれ、この世界から欠片も残さず消え失せた。