出会ってしまったふたり
本話をもって、本作は連載一周年を迎えました。ひとえに、続いているのはご覧くださっている読者の皆様のおかげです。
この場を借りて御礼申し上げます。
来年の春までには完全な決着をつけたいところ。
※ ※ ※
「あのさ……」
「なーに? わたしはちゃーんとおとなしくしてるよ。今だってちゃんと透明になってるでしょ?」
「いや、それはまあ……そうなんだけど……。あぁいやすみません、こちらの話でして……」
派遣先でポカをやらかし、職を失って途方に暮れていた私は、どんな運命の気まぐれか、その翌日スマホ関連のコールセンターに雇われて、ひっきりなしに襲い来るクレームを右から左に受け流していた。
こんなオイシイ話がタダであるわけが無い。私に割り与えられたデスクの後ろで壁に寄りかかって動画を観続ける、誰からも顧みられることのない小学生くらいの女の子。彼女に「仕事がない」とぼやいたところ、数分ほどでカイシャから電話が来て、今の仕事を紹介されたのだ。
一体ここで何をしたと思う? 『グリッタちゃんにおしごとを』って天に向かってお祈りしたんだよ。馬鹿馬鹿しい、受験合格祈願かってーの。それでこうして職にありつけてしまったので何も言えない訳だけど。
『留守番なんて絶対に嫌! わたし、グリッタちゃんと一緒に居る』
なんて、子どもっぽい駄々を捏ねられ、初めて赴く現場にもついてきちゃって。入れてもらえないでしょ、って言っても『透明になるから問題ない』って返されちゃう訳ですよ。まぁったく、最近のお子様はしっちゃかめっちゃかなんだから。
「ねぇグリッタちゃん。おともだちのズヴィズダちゃんはいないの? 最近の動画はみーんなグリッタちゃん独りだけだけど」
「や、あのね。私達もプライベートは別っていうか……。ほら! あの子は元々別の国のお姫様だし」
「えー。でも一番の仲良しさんなんでしょ。なのにずっと顔も見てないの?」
未だ夢見がち許容年齢に、どう真実を伝えて良いのか言葉に詰まる。私とアヤちゃんはあれから十年近く顔を合わせておらず、今何をしているのかも知らない。
「そーゆーことは知らなくていいの。そもそも私仕事中。おこさまは動画でも観て待ってるよーに」
「ふぁーい」
そもそも、『私』がどの面下げてあの子に会えるというのか。あぁ、駄目だ。考えたって意味無いことは考えるな。今は仕事。棚ぼたでありつけた仕事なんだ。そう簡単に追い出される訳には……。
※ ※ ※
「だからね。監視カメラにはキミの姿が映ってて、死亡推定時刻も一致していたんだ」
「何か関係してるんじゃないの? おじさんたちに話してくれないかな」
窓のない薄暗い部屋の中、向こうからしか見えない机を挟み、『刑事』を名乗るおじさんふたりがアタシのことを攻め立てる。こちらからは見えないけれど、奥のガラスはマジックミラーになっていて、その先ではアタシやこの人たちの話すことを逐一メモに書き留めている。
賄賂を受け取り、仮狩組に与していた警察官とその家族を始末した日の夜。外でご飯を食べていたアタシは、突然現れたこの人たちに捕まり、手近な警察署に連行された。
「いいかい。ヒトが三人亡くなっているんだ。しかもひとりは警察官。こんな大事を放って置くわけにはゆかないんだよ」
「三人はどうやって殺されたのかさえわからない。キミだけが頼りなんだ。小さなことでいい。何か、教えてもらえないか?」
ずいぶんと勝手な言い草だこと。アタシはね、あんたらの不正を正してあげたんだよ。暴力団に与する警察官なんて身内の恥以外のナニモノでもないじゃんさ。
「あのですね。アタシは確かにあそこにいましたけど、それが何だって言うんです? 亡くなられた方には申し訳ないですけど、面識もなにかしたって証拠も無いんでしょ。いい加減帰りたいんですけどもー」
あの時刺された傷は『痛くない』で消したし、床についた血の跡の『きれいきれい』で拭き取った。うそをつくのは流儀に反するけれど、こんな風に警察に止められてちゃ悪いやつを始末できないもんね。
「アタシ、警察って悪い人を捕まえてキチンと法の裁きを受けさせるところだと思ってたんだけどなあ。こんなことされちゃ幻滅しちゃうなあ」
当然のこの言葉に、お巡りさんたちは何も言えずに押し黙る。そりゃそうでしょホントウなんだもん。
それにチカラのことを馬鹿正直に話したって分かってもらえるわけがないし。不可抗力ってやつ。もっと大きなことをするためだもの、許してもらえるよね?
「待ちなさい! 話はまだ終わっていないぞ!」
「何か知っているんだろう? キミはあの時何を観たんだ!?」
あぁ、うるさいうるさいうるさいったら。アタシは世の中のゴミ共を然るべきゴミ箱に捨てているんだ。いうなればあなたたちの不始末をフォローしてあげてるんだよ。だのになんで怒られなきゃなんないのさ。理不尽でしょ? 理不尽じゃない? こんな横暴が通っていいはずがない!
「悪いけど。こんなムダな時間をずぅっと過ごしてたくないの。帰らせてもらうわ」
背中にありとあらゆる罵声が突き刺さったけど気にしない。『がちゃん』と鍵を開けさえすれば、誰もアタシを止められる者はいない。
「なんなのよナンなのよなんなのよ! アタシは何も間違っちゃいないのに!」
あぁ、腹が立ってしようがない。このアタシを長時間縛につけた報いを受けるがいいわ。
「おい……。なんだこれ!」
「誰か! 鍵を、鍵を開けてくれぇッ!」
『べちゃり』とドアに隙間なく蝋を流し、『さっ』と固めてはいおしまい。合鍵持ってきたって無駄よムダ。その扉、完全に固めちゃったから。
あぁはは愉快愉快。アタシのことを否定する奴らなんか、みんなみんな苦しんでしまえばいいんだ。アタシは何も悪くない。悪くないったら悪くない。
『――きょうはまた、一段と不機嫌そうじゃにゃい? どうしたのエンジェル』
「別に。この国の善人が、ここまで愚者だったとは思わなかっただけよ」
いつも通りの反応を返してくれる相棒の声も、今このタイミングじゃうっとおしいばかり。チカラを授けてくれたことには感謝してるよ。けどさ、いつもあれやれこれやれって言う割に、アタシのこと全ッ然、褒めてくれないんだもん。
『――そりゃあ、まほうのチカラを持つ子たちが、みんなエンジェルみたいな子にはならにゃいからね』
「じゃあ、普通はどうだっての?」
『――そうだにゃあ……』アタシの守護天使は天を仰いで喉を鳴らすと。『面白い使い方をする子もいるよ。今はご当地のアイドルだったかな』
「アイドル……?」
こんな素晴らしいチカラを得ておいて、やることがアイドルですって? 馬鹿げてる。そんなのがアタシの同類だなんてありえない!
「聞かせてもらおうじゃない。どこの阿呆よ、それ」
※ ※ ※
「はー……ようやく終業ー……」
「お疲れ様グリッタちゃん。なんか、ずっと謝ってたね? 電話越しに」
そう言う仕事なんだから当たり前でしょ。なんて、小さな女の子に話して通じるかどうか。
会社を出て家路を行く中で、きょうの出来事を反芻する。初日でやらかしたポカ五回、うち一回は『リーダー』さんから対応の杜撰さを指摘される始末。ここも長くは居つけないだろうな。あぁ、考えるだけでもイヤになる。
「元気少ないね。グリッタちゃん、しごとってそんなに大事なこと? 暗い顔して溜め息ついて。そこまでしてやらなきゃいけないの?」
「そりゃ生活かかってますからね……」
養ってくれる親のいるお子様は気楽でいいやね。こちとら働かなきゃ食い扶持が無いのよ。働かざる者食うべからず、ワカル? 生きる為にゃあね、嫌だなって思うことも呑み込んで進んでかなきゃならないわけなのよ。
なんて、恨み辛みを共有したいけど、あいにく向こうは小学生。苦労体験を話して聞かせたところで、「そうなんだ」と返されるのが関の山。はー、トシを取るのってなんでこんなにしんどいんだろう。
「ねー、グリッタちゃんのど乾いたあ。そこのカフェ、寄ってこーよー」
「ダメダメ。今月グリッタちゃん厳しいの。オシャレにカフェでノンビリなんてヒマないのー」
時刻は夕刻七時前。これ以上遅くなると帰宅ラッシュに巻き込まれ、京王線の端から端まで立ちっぱなしにされてしまう。
まあ、お子さまって言っても聞き分けの付く歳っぽいし、精魂込めればわかってくれるよ「ねってオイ!」
「すみませーん、キャラメルマキアートふたつ、ショートのミルク増量でお願いしまーす」
何この子? ナニこの子?! ヒトの話し聞いてた? おカネ無いって言ったよね!? じょじょじょジョーダンじゃないよ給料前よ!? そんな優雅にお茶なんて、端金あるわけが……。
「支払いは任せて。お金なんて、ぐぐっと念じればちょちょいのチョイだよ」
なんて、言うが早いかこめかみぐりぐりで天に祈れば、五百円玉二枚が彼女の手に現れて。狐か狸に化かされているんだろうか? 誰もそれを疑問に思わず、数分後には私もこの子もカウンター席でマキアートを啜ってて。
「あー。おいしいねグリッタちゃん。わたしマキアート飲むの初めて」
「まー。うん……。美味しいよ。おいしいけどさ」
オトナとしてビシッと言ってあげるべきだろうか? けど美味しいのは美味しいし、おカネを持ってて損することはない。
いやあでも流石に錬金、錬金はまずいよ。こんな歳から金銭感覚狂っちゃうのは見過ごせない。そもそもね、お金ってのは汗水たらして稼ぐから尊いもんであって、その過程を省いてしまったら――。
「あの。すみません。隣、いいですか?」
なんて言ってたら、お隣に別のヒトが。夕刻のカフェって混むものねえ、おひとりさまがボックス席を陣取るなんておこがましい。
(かわいい子だ)
歳は中学生くらいかな。艶やかな黒のセミロングに対し、服装は白を基調としたコーディネート。白のパーカーに灰色のシャツ、下はクリーム色のショートパンツ。異様なまでにハッキリした白と黒。いいなぁ、肌惜しげもなく晒してさ。若いっていいなあ。
「何か……?」
「いえっ、別に!? なんでもないっす、何でも……」
ついさっきまで過去を懐かしんでいたせいか、若さへの羨望が顔に出てしまってたか。まずいまずい、抑えろ私。向こうは初対面の中学生だよ?
「ヘンな人」
銀髪の女の子は冷たくそう言うと、不機嫌そうな顔でそう呟き、手元のブラックコーヒーをじっと見つめる。私と同じで友達作りニガテ系なのかな。その歳でぼっちはしんどいだろうなあ。
「だから、何か……?」
「ひえっ、何でもない、何でも無いですッ」
駄目だ、ついつい見惚れてしまう。ごめんなさいお嬢さん、そんなつもりは全く無いんです。ただ憧れちゃうだけなんですって。
「ヒトには、二種類のタイプが居ると思うんですよ」
「はい?」
あんまりチラチラ見ていたせいか、向こうに同類と思われたのかな。初対面の私に話を振ってきた。
「良い人と死すべきくず。この星に生きるべきは善い人だけであるべきなんです。けれど、残念ながら悪党の方が圧倒的に多い」
うん? うん……? なんかちょっと雲行きが怪しくなって来たぞ。この子はなぁに? 中二病? 見ず知らずのお姉さんにそんな話振っちゃうの?
「アタシは何も間違ってない。間違ってるのは世間の方。そうですよね? そうだと思いますよね!?」
「いや、あの……ちょっと待って」
なんという美人局か。美少女だなあって観ていたら訳のわからないこと並べ立てられその正当性を問われている。どう応えるべきだろう。否って言ったらキレそうだし、応を返せばずぶずぶ沼にハマりそう。参ったなあ、明日も仕事だし、穏当に、もう関わりを持たずに去りたいところなのだけど……。
「わたしは、そうは思わないけどな」
穏当な落としどころを探っていたら、予期せぬところから飛んだキラーパス。待ってよ、ちょっと待ってお嬢さん。私だってそう思うけど、今口に出したらまずい系!
「キミ、面白いこと言うね。アタシの何がおかしいって?」
「おかしいとは言ってないよ。けど、それはちょっと極端だと思う」
あわ、あわわ。駄目だよ駄目。こういう輩は一度火が点くと止まらないんだって。刺激しちゃまずいんだって!
「良いこと、ってそれはお姉さんの考えることでしょ? お姉さんが悪いって言ったらみんな悪いの? お姉さんってそんなに偉い人なの?」
「えらい人だよ。アタシは神に選ばれた。悪い奴をこの世から消し去るチカラをもらったの。チカラを持つ者はそれを世のため人の為に活かさなきゃいけないの」
「だから、それはお姉さんの気持ちであって。みんながみんなそうじゃないじゃん。このグリッタちゃんだってそうだよ。不思議なチカラを持ってても、それをアイドル活動に使ったりするし」
「えっ……えっ!?」
君が個人的にヒトを煽って、結果嫌な顔をされるのは一向に構わない。
けど、途中から矛先ずらししてくるのはズルくない? その流れで私引き合いに出されちゃうの?
「グリッタ……ちゃん?」で、真面目に話を聞く君もキミだよ。私の顔を二度見して……、何考えてんの?
「グリッタちゃんって、あのグリッタちゃん!? 西東京のご当地アイドル? あなたが?」
ああ、とうとう身元までバレてしまった。えぇそうですよ私が噂のグリッタちゃん。あきる野市でもう九年近くうだつの上がらない魔法少女やってるオンナでございますよ。
「そう。あんたが……」え。何その反応。何その冷えた笑い。「時々観てたよ、あんたの活躍。そっか、これもまた運命かもね」
いや、だから。何をひとりで納得しちゃってるんですか。解るように説明してくださいよ。私がグリッタちゃんだったら何? その敵意に満ちた目はなんなのさ!
「オーケー、表に出な。アタシがチカラの在り方ってヤツを教えてやる」
「え……?」
「喧嘩売られちゃったねグリッタちゃん。これは受けなきゃ駄目だよね?!」
「えっ、ええ……?」