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【復活】ゆめいろパレット~16歳JK、変身ヒロインはじめました~  作者: イマジンカイザー
09:すべてのはじまり、すべてのおわり
51/109

『怒 っ た ぞ』


※ ※ ※


「ちはる……。ちはる、どうなってやがんだくそォっ」

 時計の針をほんの少し前に戻し、カマキリの雑兵たちがホールに押し寄せ、魔法少女ズヴィズダちゃんがその頭目と争っていた最中。ちはるの父・正臣は逃げ惑う人々の波に立ち向かい、娘の居る壇上へ駆けつけんとしていた。

 距離にして50メートル足らず。一分もあれば着ける場所も、千人近いヒトのうねりに逆らうとなれば話は別だ。最前列から遥か後方に押し戻され、未だホールの真中から動けないでいる。

 娘は無事なのか? 危ない目に遭っているなら、親たる自分が護らねば。逃げ惑う肉という肉をかき分けて、時にはカマキリらの顔を殴りつけながら。やっとの思いで最初の位置に戻った瞬間。ちはるの立っていたその場所から、爆発的な火柱が燃え上がる。


・PM:14:25


「なんだよ……なんなんだよこれ……!」

 本来ならば憎き西ノ宮ちはるを斬り裂いて、その血肉を喰らい勝利の証としている筈だった。戦うことを放棄し、項垂れた彼女に敗ける理由など無い。

 それがどうだ。東雲綾乃が我が身を犠牲にかばったことで、もやもやは総て怒りに変わり、激情が文字通り炎となって噴き出している。


「フン。所詮はコケ落とし」

 長女プレディカは自身に向けられた殺意をものともせず、鎌を開き威嚇の態勢を取ってみせる。対するちはるは無反応。相対する存在を敵とさえ思っていないのか。

(なんて顔をしているんだ、奴は)

 向かい合うことで、改めてその異常性に怖気を感じてしまう。怒りの感情をこれでもかと前面に出していながら、その瞳からは涙が止めどなく流れ続けている。

「きさまもすぐに後を追わせてやる。手足を失い、肉人形となって地べたを這いつくばるがいい!!」

 怒りの感情を放ちこそすれ、構えらしい構えはなく、手にあるバトンも穂先が下を向いている。罠、か? だとしてもそれを逃す手はない。殺気を一点に集中させ、ちはる目掛けて飛びかかる。

 これに対し、ちはるは相手を見ようともせず、自分と向こうの対角線上にバトンをひと振り。それに一体何の意味がある?

 答えは直ぐに見付かった。和紙に筆で文字を刻むかのように、バトンの描く軌跡を追って、紅い光がその場に残っているのである。

「こ、れ、は……!」

 殺意を込めた袈裟の一発が、光の固まりに阻まれ弾かれた。ならばと左を振り抜くも、鐘を撞木で叩くような音が邪魔をする。

「バリアか、ちょこざいなッ」

 幾ら堅かろうとも、素早さでならこちらが勝る。プレディカは長い下半身を強く捻り、ちはるの死角へ回り込む。

「くぅ……っ!」

 だが、ちはるは既にその先を行っていた。向こうが背後を取るより早く、そちら側を向くこと無くバトンを振り、弧を描くバリアを発生させる。次撃をも弾かれ、ならばと反動を利用し逆側より放つも、それさえちはるには届かない。

「こんなことが……あってたまるか!」

 怒り狂い、当たり散らしたその瞬間。プレディカの姿が壇上から消えた。否、六つ足で駆け回る音だけが周囲に響く。『匂い』で自分の気配だけを消し去ったのか。

(あのバトンを振らせなければ、奴はバリアを作れない。懐に潜って、喉笛を掻っ切ってやる)

 綾乃のように咄嗟に鼻を塞いだり、そもそも匂いを介しないグリッタちゃんでない限り、常人は匂いの呪縛からは逃れられない。妹の無念をこのチカラを以て晴らしてくれる。

(死ねぇええええぇっ!!!!)

 匂いに紛れ、密やかに目標の懐に潜り、閉じた刃を逆袈裟に振るう。今度こそ決まりだ。勝ち誇り、口元を歪ませるプレディカだったが、振り抜いた刃に手応えがない。

「馬鹿な!!」

 袈裟に振るわれた刃はちはるの身体から僅かに逸れ、何もない空を斬っていた。それは何故か? 刃と肉の間にちはるの左腕が介入し、軌跡をそっとずらしていたからだ。

「まずい……!」

 そしてプレディカは自身が置かれた状況を理解する。不意を突く最善手は裏を返せば諸刃の剣。必殺の一撃を躱された今、向こうの懐に潜っているのは他ならぬ自分!

「喰らえ」

 匂いに依って気配を消すも、ちはるは全く意に介さない。バトンの穂先を銛めいて構え、プレディカの脳天に突き付ける。

 詠唱も無く、瞬時に放たれた紅い光が、ちはるの立つその足元をピンポイントで刳り取る。命の危機を感じたプレディカは急ぎ上体を沈めて後退し、タッチの差でこれを辛くも回避する。


(こんなものを……撃とうとしていたのか……?!)

 躱して間合いを取ったその瞬間、開いた穴に目が行った。無駄な破壊のない一極集中。しかも穴はステージを貫き、底が全く見えない。これを喰らっていたらどうなっていたことか。否、自分でなくとも、他の仲間に当たる可能性を考えていないのか?

「イカれてる……。こいつ、やばい!」

 ヤツのことを甘く見ていた。一対一では此方側に勝ち目はない。プレディカは『匂い』による迷彩を解き、下半身の翅を展開。自らの匂いをホール中に拡散させる。


『アラヤダ、賢人サマがオヨビダワ』

『コロスのね? タベルのね?』

『全部ゼンブ、ブッタギッテあげるワ! ワ!』

 否、匂いではなく指向性の『フェロモン』か。それを嗅いだカマキリメイドたちは皆一様に産みの親の方を向き、食欲と殺意に涎を垂らしている。

「囲め! 蟻一匹出られない程に!」

 求めに応じ、逃げ惑う観客を無視して壇上に数百匹のメイドたちが押し寄せる。要はバトンを振らせなければ良いのだ。一つ一つは小さくとも、縦横無尽の飽和攻撃となれば、向こうに反撃の術はない。

「死ね! 死ね死ね! 死んでしまぇええええっ!!」

 恥も外聞も、妹たちへの誇りさえもかなぐり捨てた肉壁の縦横爆撃。ちはるは抵抗する間もなくおしくらまんじゅうの波に埋もれ、即席の『かまくら』の中へと囚われる。


 ――言ったはずだよ


 ニクという肉に囚われたその中で、消え入りそうな声がした。思わず流してしまいそうなほど小さな声を聞き届け、プレディカの額を汗が伝う。

 彼女の不安は現実のものとなった。隙間なく覆われた肉壁の左斜めに一筋の発光が起こり、それが右下、左上と次々と現れてゆく。

 否。それは光などではない。紅く強く輝くそれは悍しいまでの熱波を発し、差し込んだ周囲のカマキリがどろどろに溶け始めている。


『ぎゃ……ギャアア……』

『カラダが……バラ、バラ、バラら……』

『やめて!イヤ! うげ!!』

 最早、雑兵たちにちはるを留めておける力は無い。腕が溶け、拘束が外れ、かまくらの中に綻びが生じた。『孔』はそれまでに溜め込み続けた蒸気を放出。数百近いカマキリたちは、突風に煽られた茅葺き小屋めいて一匹残らず吹き飛ばされた。


 ――お前だけは、絶対に許さないって。


「嘘……でしょ……」

 吹き飛ばされた配下のうち一匹と目が合った。その姿は肉と骨とが半々で全身が赤銅色に変色している。カマキリとしての声と、その前段階だったヒトのそれとが入り混じった悲鳴を上げ、骸となって事切れる。


「終わりだよ」

 両手が自由になったことで、ちはるはバトンを真正面に向け、赤黒い輝きを補先に集束させていく。彼女の周囲の熱という熱が渦を巻いてバトンに吸い込まれ、壇上やその周囲に亀裂が走る。

 間違いなく致死の一発。喰らえば溶ける程度じゃ済まされまい。


「我々は、争うべき相手を間違えたのか……?」

 先の愚かな雑兵爆弾で配下たちの約八割が消えた。残るニ割も骨に辛うじて肉が乗ったような死に体。エサを運ぶ兵隊はおらず、補給の見通しは完全に断たれてしまった。

 妹たちの仇。主の宿願。夢を阻む『まほう』の能力者。今ここで頸を刈れと命令されている。自分にはそれを成し遂げる義務がある。

(無理だ……このままでは……)

 しかし、己に強いた使命さえも、あの冷徹極まりない眼光の前には霞む。生まれて初めて感じた畏怖の感情に、足が竦んで動けない。


「逃げろ……逃げるんだプレディカ」

 彼女の恐怖に追随するかのように、花菱瑠梨が蚊の刺すような声でそう叫ぶ。プレディカは自身が産んだ最高傑作だ。たとえ綾乃やグリッタちゃんがいようとも、容赦なく斬り裂いて勝てた筈。だが、今は事情が違う。与えたチカラ総てが通じない。このままやり合えば確実に死ぬ。

「お前を失う訳にはゆかない。勝たなくていい。妹たちのことは忘れろ。頼む」


(女王様……!)

 瑠梨の配下たるプレディカは主が抱く恐怖を肌で感じていた。その言葉の裏に隠れた、どうしようもない屈辱と敗北感でさえも。

 動け。動け動け動け。固まったままの六つ足に喝を入れ、再び鎌手を振り上げる。

「できません」

「なに……?」

「その命令には、従えません」

 ようやっと動けるようになったプレディカが取った行動は、逃走ではなく対峙だった。紅い瞳に殺意を漲らせ、威嚇の態勢を崩さない。

「ふざけるな。妹たちの二の舞になるつもりか? あいつらが何故命を散らしたか、わからないお前じゃないだろう!」

「ええ、承知しております」主が声を荒げようと、その決意が揺らぐことはない。「女王様。今ここで西ノ宮ちはるを殺さねば、どのみち我々は全滅です」

「しかし……!」

 瑠梨にとってプレディカは最強の手駒であると同時に、欠けた母性を埋めてくれる存在でもあった。彼女の死は母の死であり、到底受け容れられるものではない。

 対して、プレディカにとっての瑠梨は自らの産みの親であり、真に護るべき主君。己の命を懸けるに値する存在だ。如何な言葉を用いようと、それぞれの齟齬が埋まることは無いだろう。


「雑魚を殺して良い気になるな。貴様は、貴様だけは……!」

 勝算があるわけでも、攻略する術があるわけでもない。彼女から撤退というニ文字を潰したのは他ならぬ瑠梨自身。一番親しい存在故に気付けなかった食い違いが為だった。


「シュテルン・グリッタ・スターバースト」

 自身が纏う熱総てを注ぎ込み、穂先でサッカーボール大まで凝縮されたエネルギーが、詠唱と共に解き放たれた。円状の膜は弾け飛び、赤と黒の猛烈な奔流へと変化する。

「こ……こんなものぉおお!!」

 長女プレディカは刃を胸の前で十字に構え、発せられたエネルギーを真正面から受け止めんとする。魔法少女という枠組みをかなぐり捨て、ただ相手を消し去るだけの膨大なチカラは、押し留められて行き場を無くし、背後に在るもの総てを消し去ってゆく。

「こんなものぉ、こんな……ものォぉお!!」

 これだけ莫大なエネルギーだ、撃った方もただでは済むまい。耐えて、耐えて耐え抜いて。息切れした隙に奴を殺す。刃が欠け、膝が笑おうが構うものか。一縷の勝機にすべてを賭け、歯の根を食いしばって凌ぎ続ける。

「ぐっ……うぅっ……、ああっ!」

 駄目だ、向こうが全てを使い切るまで耐えられない。こんなところじゃ負けられないのに。女王様に約束したのに!

「プレディカ……頑張れ、プレディカ!!」

 今となっては声を送ることしかできない。嗚呼、これではまるで人間だ。声援があれば勝てるのか? そんなものに如何ほどのチカラがあると言うのか。分かっていても手を出せない自分が情けない。

「頑張れ! お前なら出来る! ボクのプレディカ! 西ノ宮ちはるを、叩ぁき潰ぅせぇええ」

 声を出して何かが変わるなら、喉が切れてもう喋れなくなったってかまわない。声を出せ。出し続けろ。他の総てで敗けたって、それだけは絶対に負けるものか!

「女王様……、感じます。力が、湧いて来る!」

 揺れに揺れた膝に芯が通った。押し敗けかけていたエネルギーの奔流に抗い、逆に押し返さんとしている。

 視界総てを覆う紅のせいでどちらにも認識できなかったが、声援を受けたプレディカの身体は蒼色に輝いていた。全身を覆うその光はちはるの放つ赤黒を捻じ曲げ、戦う力を彼女に注ぎ込んでゆく。

(キモチが……伝わった?)こんな力を与えた覚えはない。ちはるたち魔法少女たちと同じだ。勝利を願う声がプレディカの中に隠された能力を引き出したというのか?

「やれます! この程度のエネルギー、叩き返して、叩き返してぇえええええっ」

 まともに喰らえば溶解する紅の光を前にして、傘を差して突風に抗う愚者のように。プレディカは一歩一歩、確実にちはるへと近付いている。

 所詮は激情任せの無駄撃ちだ。相手はこちらの顔すら観ていない。耐えて向かってくることすら想定外だろう。彼女の推論を裏書きするように、ちはるの放つスターバーストは、秒を経る毎に少しずつ、その勢いを減らしつつあった。

「いまここで宿願を果たす! グレイブヤード三賢人、長女プレディカ! お前のその柔肌をこの刃で、千切り裂いて、くぅれぇるぅうううう!!!!」

 穂先から発せられる光が失せた。待ちに待ったチャンス到来。主から与えられた蒼の光を右の刃一点に集め、ガス欠の目標に狙いをつける。

「死……」

 西ノ宮ちはるは彼女を見てなかった訳ではない。だからこそ照射を止めたのだ。

 西ノ宮ちはるは勝負を投げて隙を作ったのではない。この無意味なつばぜり合いに飽きたのだ。

 西ノ宮ちはるはガス欠などしてはいない。紅と黒の輝きは穂先の左右を境に二色に分かれ、一点がプレディカの胴を、もう一方がカマキリそのものとなった下半身を『鷲掴み』にする。


・PM:14:30


「やめろ……。やめてくれ!」

 傍で観ていた花菱璃梨には、”それ”が何を意味するか一瞬で理解できた。二色の光はUFOキャッチャーのアームめいて、プレディカを彼女が見える位置まで持ち上げる。

「ああ、ああ……女王、さま……!」

 集めた声のチカラを抵抗に使おうとするももう遅い。良く言えば人ならざる異形。悪く言えば元のイメージをそのまま象ったが故に、外圧にひどく弱いその姿。まほうの”腕”に握られたプレディカの胴体は、ミシミシと悲鳴を上げている。

「ボクが悪かった。償えっていうなら何でもする。だから、それは、それだけは!」

 それが無意味な呼びかけだとしても、他に成せる手立てはない。璃梨は嗄れかけた声で場当たり的な謝罪を繰り返すが、西ノ宮ちはるには届かない。


「これで、アイコだね。りりちゃん」

 妹たち二人を消し去った奔流をその身に浴び、むしろ今まで無事だったのが不思議なくらいだ。

「やめろぉおおおおおおおお!!!!!!」

 死に体の身体に尋常ならざる圧を受け、長女プレディカの上半身と下半身が互い違いにねじ切れた。


・次回、『わたしは、スキを……』につづきます。

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