アヤちゃんとなら……どこまでも……
※ おしらせ ※
今回、本作の表紙絵を描いていただきました。第一話目に「プロローグ」を増設しておりますのでそちらでご覧いただけると幸いです。
それと、このおはなしですが、残り三話ほどでひと段落となります。なにがあっても。
・PM:14:05
「同じ仲間のよしみだ。さっさと殺して終わらせてやるよ」
主の求めに応じ、背後で控える鎌付きメイドが動き出す。言葉を介す必要はない。ぴんと張った人差し指で自らの首を横に切ったと同時に、獲物の懐に飛び込んだ。
「お前のその首! オガミとトウロに差し出せぇええええええ!」
主の叫びと共に待機していた鎌手のメイドが跳ね、一瞬でちはるの懐に潜り込む。対する彼女は目を見開いて俯いたまま。標的にされ、斬られることさえ理解していない。
『ちーちゃん!! 何してるの!』
だが、その刃がちはるに触れることは無かった。彼女が首から提げたペンダントがきらりと光り、ピンク髪の『グリッタちゃん』が現れて、迫るメイドをかき消したからだ。
『アヤちゃんの言う通り、みんなが大・大・大ピンチなんだよ? 守ってあげられるのはあなたたちだけなんだよ?』
無理矢理上向かされ、両手で挟んで頬をぺちぺちと叩かれるも、ちはるの目は真っ白で、今も目の焦点が合っていない。
『もう! ちーちゃんの馬鹿! 知らないっ』
これ以上の問答に意味がないと判断したのか、"グリッタちゃん"はちはるから離れ、正門に巣食うカマキリたちに桃色の光を浴びせかける。
『アヤちゃん! 露払いは私に任せて!』
「は……」綾乃は一瞬言葉に詰まるも、「すみません、頼みます!」
自らのすべきことを即座に理解。現れた必殺技に粗末事を押し付け、ホール真中に陣取るプレディカの元へと跳んだ。
「来たわねバケモノ。あんたはここで、あたしが殺す!」
「その言葉。そっくりそのままお返しするわ黒装束」主をステージ側の席に退避させ、アクマ染みた笑顔を綾乃に向ける。
「殺すだけで済むとは思わないことね。ここにいる人間総て、一人残らず私たちが喰らってあげるわ」
笑顔とは、自然界では強者が弱者を威嚇する行為だ。顎を外し、口角を耳まで吊り上げて、その中にしまわれた少顎を裸出させる。あれはヒトに似ているが『人』じゃない。綾乃はその不気味さに怖れを抱くも、怒りでそれを跳ね除ける。
「図に、乗るな!」
こんなヤツをちはるに近付けちゃいけない。自分が倒し、瑠梨を罰し、それを以て総てを終わらせる。東雲綾乃は無人の座席に身体を預け、反動をバネ代わりに跳び、必殺の飛び蹴りを見舞う。
「ほぉら。おいで、おいで」
プレディカは細い六本足で座席の枕を巧みに渡り、機敏な動きでひらりと躱す。綾乃は即座に体勢を立て直し、すぐさま次撃を繰り出すも、やはり向こうには当たらない。
「無駄よ。二本足の人類じゃ、ここで私より早くは動けない」
「くッ……!」
二人が身を置くのは等間隔に座席が敷き詰められたホールの客席。移動にも着地にも強い制限のかかるこの場では、機動性においてプレディカにはかなわない。
「それに、攻撃だって」なおも追いすがる綾乃に対し、プレディカは手近な席から逃げ遅れた人を掴み、盾として前面に押し出した。
「こうしちゃえば、あんたは全く手が出せないでしょ?」
「こ、のぉ……!」
綾乃は今まさに放たんとしたキックを引っ込め、プレディカの斜め後ろに着地する。床に根ざした座席は思いの外硬く、曲がりはするが跳ね飛んだりはしない。
(駄目だ……。このままじゃ、アイツには勝てない!)
自分とあいつの一騎打ちならまだ良い。しかし今こうしている間にも、奴は背部の肛門から卵嚢を排出し、ヒトを自らの配下に換えたメイドたちを生産し続けている。
『このっ! このっ! このぉ〜っ! 静まって! 静まってったら!!』
背中を預けた"グリッタちゃん"も、片っ端から浄化しつつも、再生産のペースについて行けてない。自分たちが身体を張って逃したところでこれでは――。
「余所見している、場合?」
「う、あっ!?」
綾乃が避けたその場所を、横薙ぎの刃が通り過ぎる。無駄のない斬撃は座席の頭を斬り飛ばし、『一』の文字を描き出す。
見覚えのある挙動だ。焦り次撃を回避する彼女の脳裏に、酷薄なるマリーゴールドの瞳が浮かぶ。
(まさか、こいつ……)
疑念を覚え、目線を外したその瞬間。プレディカの姿が眼前から消えた。同時に背後から澱みに淀んだ殺意が振りかかる。
「そこ、かあッ?!」
超至近距離から突然放たれた刺突を、綾乃は上体をくの字に曲げて躱し、その反動で左足を振り上げ、背後の敵を打たんとする。
だが半月の軌跡を描いた後ろ蹴りは何にも触れず空を切る。次の瞬間には右斜め前から同様の殺意。否、右にも上にも後ろにも。敵の気配がぼやけ、正確な位置を特定できない。
「格闘術と『におい』、妹たちの合わせ技かよッ」
「その通り」長女プレディカは焦る綾乃を見下し、巧みに場所を入れ替えながら。「トウロとオガミのチカラは女王様が授けてくれたもの。私が使えないわけが無いでしょう?」
末妹トウロは格闘術に秀でていても、それ以外の能力を持たなかった。次女オガミは匂いで他者を惑わすものの、攻撃手段は掴むか切るかの二択だけ。長女はそのふたつを持ったうえ、無秩序に配下を殖やし続けられるのか。成る程、瑠梨が最高傑作だと宣うのも頷ける。
「まずはあなた。次いで西ノ宮ちはる。ひとりひとり、順番に、この鎌で命を奪ってあげるわ」
「ふ、ざ、けん、な……!」
このままでは一方的に嬲り殺されて死ぬ。相棒の助力が無い中で、解決の手段は唯ひとつ。綾乃は歯の根を思い切り噛み締めて、自らの鼻に拳骨を見舞う。
「な、に……?!」
「良し。捉、え、たぁああっ!!」
魔法少女腕力で鼻の骨が砕け、鼻孔に流血で蓋をする。如何な技だろうと匂いはにおい。嗅げなければどうということはない!
綾乃渾身の左回し蹴りがプレディカの下半身に深々と突き刺さり、その質量を以て座席数個を跳ね飛ばす。だがまだ浅い。本体たる頭を狙わなくば此方に勝ち目は無い。
(ちはる……!)
あなたが参戦してくれさえすれば、状況は一気に変わるのに。膠着した状況下、ちらと見た幼馴染は、やはり俯いたまま動けないでいた。
※ ※ ※
・PM14:15
「アハハ、見ろよ西ノ宮ちはる。着飾った人間たちが、ボクら底辺を見下すクズどもが! みっともなく泣き叫んで逃げ惑う様を! メイドたちはみんなボクの家族だ。奴らが捕え、プレディカが喰う。この世の人間皆全て、ボクの家族の一員だ!」
花菱瑠梨は顎が外れんばかりの勢いでまくしたて、今なお行動を起こせずにいるちはるをあざ笑う。三女と二女を殺され、幾度と無く計画を潰してきた相手が何も出来ずに立ち尽くす様は、瑠梨にとって最高の見世物なのだろう。
「なんでよ」
「はあ?」
依然として俯いたままだったが、発せられた言葉は間違いなくちはるのものだ。
「なんで、こんなことするの瑠梨ちゃん」
「何故か、ってお前」やっと出た言葉がそれか、と瑠梨は内心落胆し。「それが最終目的だからに決まってるだろ。ボクはもうひとりじゃない。ボクを無視して蔑ろにする人間全て、グレイブヤードの民に変えてやるためにな」
「ちがう」どの部分に対して言ったのか。ちはるは瑠梨の言葉に食い気味で否を叩き付ける。
「瑠梨ちゃんは一人なんかじゃない。わたしも、アヤちゃんもミナちゃんもいたよ! わたしたちはあなたを友達だって思ってたよ! 一緒に居てほしいって思っていたのに! それをこんな……こんな!!」
「言いたいことは、それだけか?」
思いの丈を吐き出しては見たものの、それが瑠梨に届くことはない。ちはるの言う孤独と、瑠梨が長年抱えた孤独とは、根本的に質が違うのだ。
「ボクのこと、何も知りもしないで。それっぽいこと言えば止めると思ったか? 止めるわけ無いだろこのボケカス! 気が変わった。ここに残っているやつらは全部! 家族じゃなく皆殺しにしてくれる!」
「うそだよ」
ふたりの道は違たれ、もう交わることは無い。だのにちはるは、これだけの恨み節を吐かれてなお食い下がる。それは何故か?
「だって瑠梨ちゃん泣いてるもん。口では好き放題言ってるけれど、ホントはそれに納得してないんでしょ?!」
「は……あ?」
そこまで言われ、瑠梨も自らの頬に温い何かが伝っていることを知覚した。決意の言葉は尽く鼻声で、ちはるへの反論はどこか駄々っ子染みていて。
ヒトという人を滅ぼし、自分を愛してくれる者だけを残すという野望に嘘はない。これはやっと転がり出した計画を見ての嬉し涙だと思っていた。
しかし、この局面でもなお、自分を友だと想ってくれるその言葉に揺れたのだ。今の璃梨はひとりじゃない。部活の中ではっきりとした役割を与えられ、イチ個人として対等に接してくれるクラスメイトがそこにはいた。
「わたしたちは瑠梨ちゃんの家族にはなれないかもしれない。けど……」
「違う……! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う、そんなものはマヤカシだ! ボクは迷ってなどいない!」
だが、とっくに手遅れだ。野望成就のため見ず知らずの人間を四桁近く手にかけた。配下のカマキリたちはもう止まらない。手を汚し続け、血みどろになった自分には、無垢でやさしい『そちら側』に行くことなど許されない。
「プレディカ!!!!」もうそんな戯言は聞きたくない。カマキリたちの頭目は鼻汁で濁った声を荒げ、張り上げる。
「この女の、西ノ宮ちはるの頸を刈れ。ズタズタに切り裂いてしまえーーッ!!」
「かしこまりました」
主の願いを聞き届け、プレディカドールは綾乃を振り払い、座席伝いに壇上へと駆けて行く。
これは儀式だ。母を殺して足りないのなら、友を殺して覚悟を決める。自分は冷酷な殺人者なのだ。状に絆される弱い自分などあってはならない。
「ようやく女王様から許可が下りたッ」
最早主と自分は一心同体。抱く恨みはほぼ同じ。女王の期待と妹たちの無念を刃に込めて、空中で思い切り振り被る。
ちはるの頭上に、自らの二倍ほどもある影が落ちる。虚を突かれた今、呪文一辺倒の彼女には対処のしようがない。
「消えろ消えろ消えろーーッ!!」
稚拙なトドメの台詞だが、決まってしまえば文句もあるまい。食らうちはるも、仕掛けたプレディカも、それを観ていた璃梨さえも。そうなるものだと確信していた。
「危ないッ!!」
だが、この瞬間の三人は、手近に居て手が出せる人間がいることを失念していた。
色付きの風が振り被るプレディカの間に割り込み、ちはるの身体を突き飛ばす。
しかしプレディカが止まるわけではない。鉄をも斬り裂くカマキリの刃はそのまま振り下ろされ、別の何かを斬り裂いた。
・PM14:20
「痛たた、た」
死の間際、突き飛ばされて意識が飛んだ。一刻遅れ、ちはるは何が起こったかと辺りを見回す。
「アヤ、ちゃん?」
半身を起こし、背後にいた親友の姿を見咎める。自分を助けてくれたのなら、どうしてあぁもうずくまっているのだ。
「良かった。あんたが……無事で……」
違う。あれはうずくまっているんじゃなく動けないんだ。そして同じ場所から発せられる咽るような血の匂い。疑念が、確信へと変わった。
「アヤちゃん……。アヤちゃん! ああ、そんな! 嘘……!!」
綾乃の脚は、膝を境に千切れ飛んでいた。
赤黒い血が壇上で池を作り、時間差で少しずつ拡がっている。
――あたしさ。二月に陸上の本大会に出るの。
璃梨の裏切り。カマキリたちの襲撃。戦う・戦わないで揺れるココロ。
そこへ来て綾乃が自分をかばい、文字通り脚を斬られる事態を突き付けられて。
――そこで勝ったら春に全国に行けるんだって。
もうとっくに限界だった。堪忍袋が閾値に達し、ちはるの中で「なにか」が切れた。
『ちーちゃん! 駄目ッ、それだけは……!』
一番最初にその"変化"に気付いたのは、正門前でメイドたちを消し去っていた『グリッタちゃん』であった。遠く離れた彼女に仔細は分からぬ。しかし、それがちはるにとって最大の悪手であることは感覚で理解していた。
駄目だ。存在を保てない。前線を離れ、駆けつけんとするも、その身体は桃色の光に分解され、現世から解脱した。
「どないしたんや……なんで、こんな……!」
非力な三葉にはこの事態を舞台袖から見ている事しかできなかった。彼女には親友の『変貌』を傍で見守ることしか出来ない。
「馬鹿な……、これは一体……?」
ターゲットを打ち仕損じ、次こそはと振り向いたプレディカは、眼前の『それ』を目の当たりにし、今の今まで抱いたことのない怖気におそわれる。まるで蛇に見込まれた蛙だ。動くべきと分かっていても、その圧倒的な存在感から離れられない。
「なんだよ……なんなんだよこれ……!」
花菱瑠梨は自分こそが最強の『まほう』の使い手だと信じて疑わなかった。綾乃という障害を下し、次こそはと息巻いてすらいた。
だがそれもそこまでだ。脛まで隠したベージュのロングスカートの下からじんわりと小水を漏らし、唇をわなわなと震わせる。
「よくも……。よくもよくもよくも! アヤちゃんを……」
その姿は、まるで形を持った火の玉だ。きらびやかなラブリンドレスは内側から生じた炎で燈に輝き、全身の毛穴という穴から赤熱する蒸気が発せられている。
その顔に今までのあっけらかんとしたやさしさは無い。目元は極度に吊り上がり、歯の根を見せて強く噛み締めている。
「お前だけは、絶対に、許さない」
・次回、『怒 っ た ぞ』につづきます。