あんた、なんでそんなカッコしてるの……?
どこまで書いて切るべきかなやんでます。
そんなわけで今週はいつもより文量がすこしおおめ。
「どど、どうなってんの……これ……」
西ノ宮ちはるは絨毯に置かれた新品同然の衣装を見、喜びとも驚きともつかぬ表情を浮かべる。
ただ、ペンでキャンパスに絵を描いただけなのに。それがぼろぼろの布切れを巻き込み、衣服となった。
現実にはありえない、それこそ魔法少女の御業とでも言うべき奇跡。何故、そんなものが、自分の手に……?
「や。でも、まあ」
目の前に衣装があるならすることはひとつ。ワイシャツを脱ぎ、スカートのホックを外し、魔法の衣装を掴み取る。
「む。む、むぅ……」
元が幼児用ゆえ仕方がないが、やはり自分のカラダより一回り小さい。着るのはムリかと項垂れるが、同時にその手は不気味に強い弾力を感じ取っていた。
(これは……まさか……)
新品の布ゴムめいて伸縮自在。しっかり伸ばせば元に戻るまで時間が掛かる。
もしかしたら、もしかするかも? ちはるは無理矢理服を伸ばし、頭からトップスを被ってみる。
「やっぱり……!」
伸びた衣装はちはるの寸胴な体型を飲み込み、張り付いた。念の為にと腕を回し、肩を振らすも、トップス側に乱れない。
「よしッ! さすが魔法の装束! すっご! アフターサービスすっご!」
こうなれば躊躇うことなどない。小さなスカートに無理矢理大根足を詰め込むと、伸ばしに伸ばしてファスナーをずり上げる。
腹に掛かる圧迫感も、窮屈で動き辛いなんてこともない。ひだの部分にメッシュが仕込まれ、股関節が蒸す感じも無い。
「最高……。最ッ高だよこれ! 何これ、何なの!? めちゃすご! 鬼すご~っ!!」
自らの成長と共に半ば諦め、継ぎ接ぎだらけで妥協していた中現れた、オーダーメイドの魔法少女服。最早これが何で、あのペンが何なのかなど、ちはるにとってはどうだっていい。
ただただ、この服を与えてくれた天の神に感謝、圧倒的感謝……!
「さぁて、衣装を着たならばーっ」
他にすることあるかとバトンを掴み、髪を括ってツインテールを作ると、オープニングテーマを鼻ずさみながら、大袈裟に振って決めポーズ。
「集え! あまねく星のチカラ! 来たれ! 我が錫杖の元へ! シュテルン・グリッタ・スタぁぁぁ……ん、ん?」
星の持つ力を一点に集め、虹色の輝きに換えて放つグリッタちゃんの超必殺技。バトンを突き上げ、掻き混ぜるように三周。台詞の切れ間に解き放つタイミング。鏡の前で、時には庭や林の中で、何度も何度も反芻し、憶えた代物。
だが、いつもと違うことが一つある。ボタンを押し、音が鳴るだけのバトンの先で、見たことも無いような七色の煌めき。
有るとわかるが、伸ばした手は何も掴めず空を切る。この挙動には憶えがある。そう、これは、確か。
「グリッタ☆フュージョンゲート! 十三話に一度だけ出たけど、便利過ぎると問題になり、十八話と二十六話で使ったっきり存在すら忘れられた技のひとつぅううう!」
専門的な解説はさておき。虹のように輝く靄は、ここではない何処かに術者を誘うチカラを持つ。
となれば、次は繋がった場所だ。バトンの指した靄の中に頭を突っ込み、その中を覗き見る。
「げ、えっ……」
視界いっぱいに広がるのは、学校の裏山に生える木々か? それらを掻き分け、息を切らせて駆けてゆく者がひとり。
東雲綾乃。自分をダサいと切って捨てた幼馴染の姿が、そこに映し出されている。
「なんでよ。なんで、寄りにも依って、アヤちゃんの顔が……」
彼女が煽りさえしなければ、あの時衣装を破かずに済んだのに。
今更言っても仕方がないとは思いつつ、恨み言ばかりが頭を過る。
だが、問題はそこじゃない。どうして靄の先で彼女の姿が見えたのか。
少し引いて周囲を見るうち、そもそも何故綾乃は走っているのか、という部分に思い至る。
「待てよ……」ここへ来て、かつてのおたく知識が頭を過る。グリッタ☆フュージョンゲートは何ぞや? あれは確か、困ったひとの元へと誘うワープゲートだったはず。
と、いうことは……。彼女もまた、困っている? 他の誰でも無く、彼女が呼ばれる程のこととは何だ。
なぜ? どうしてと頭を抱えるちはるの眼前を、黒い筋のような『なにか』が通り過ぎる。
「えっ、えっ!?」
"筋"はジグザグに動いて林を駆ける綾乃の後を追っている。驚怖に慄く綾乃の顔、裏山というシチュエーション、迫るなにか。
木々に阻まれ、スピードが落ち、その姿がぼんやりと露わになる。ふさふさとした体毛に、頭頂でぴんと立った三角耳。
口が迫り出し、舌を出して獲物を追うーーオオカミ!? 二本足で立つオオカミ!? そんなバカな。常識的にあり得ない!
話は読めた。読めたはいいが、さっぱりと解らない。
(アヤちゃん、何かやばいのに追われてる?! っていうかアレ何!? どうしてこんなことになってるの!?)
駄目だ。考えがまとまらない。一度画面から目線を外し、深く、深く息を吸う。
(落ち着け。落ち着けわたし。オーケー、映ってるものに変わり無し。予想通り。でも、だったら、どうするの!? 指くわえて見てるだけ? いや、だって、しょうがないじゃん。向こうは五日市の山ん中。こっちはそこから二駅先。今から走ったって、電車を待って一時間。間に合う訳ないじゃない!)
吸った息を吐き捨てて、逃げる綾乃を三度見。如何に彼女が学校のエースと言えど、長期戦じゃ向こうに分がある。長くは持たない。それは解る。解っているとも。
『ちぃちゃん、ちぃちゃん』
髪の毛をぐしゃぐしゃに振り乱し、首を振るちはるの耳に、聞き覚えのある声が響く。滑舌に乏しく、舌足らずながらも、それ故に他を惹きつけるこの声は。
『おともだちがぴんちだよ。行かなくて、いいの?』
「行かなくて、って」
それが出来れば苦労はしない。自分にそのチカラがありさえすれば、今すぐにでも駆け付けたいというのに。
(いや、待って……チョット待って)
常識外れな出来事ばかりで麻痺していたが、そもそもそんな状況を視認出来る理由は何故? バトンを振って、チカラを行使しているのは誰? 無論自分。憧れの魔法少女装束を身に纏い、『ごっこ遊び』に興じていた自分自身!
「グリッタ☆フュージョンゲートは、行きたいところにワープできるチート機能……!」
自分には魔法がある。今そこに駆けつけられるチカラがある。
幼馴染がピンチだ。救けなくちゃ。悪態をつかれ、腹立たしいことこの上ないけど、幼少を共に過ごした親友なんだ。
「お願い、かみさま。おねがい……!」
再び息を吸い、背を反らせ、靄の先だけを見据える。息を切らし、不安げに怯えるその顔と、あどけないかつての親友とが、重なった。
「う、あああああああああああっ!!!!!!」
吸った息を吐くと同時に全力ダッシュ。揺らめく靄目掛け、前のめりに突っ込んでゆく。
これでいいの? わからない。けど、他に取れる術もない!
西ノ宮ちはるは唇を噛んで恐れを誤魔化し、靄の中へと身を投げた。
※ ※ ※
(え……?!)
眼前の出来事が信じられなくて、思わず二度観三度観。
黒くふさふさした毛並みに、薄く濡れた鼻。三角の耳に突き出した口。
犬……。いや、もっと野性的な……狼? そうだ、それに違いない。
だが、待て待て。何故オオカミが二本足で立っている。どうして自分が追われなきゃならない?
『喰らう。食らう。雌はミナゴロシ。総て、喰らう』
「は、はぁ……?」
喋った? 自分に聞こえる声で。流暢な日本語で?
そもそもあれは狼なのか? 腹に当たる部分は風船めいて酷く膨らんでおり、中で何か透けて見える。まるで童話の狼だ。祖母を喰らい、ベッドの中で赤ずきんを待ち構えるあの姿。
(ねえ、ちょっと待って。あれって)
中身が石なら笑って済ませられただろう。しかし半透明の膜めいたそれに映るのは、自分と同じうら若き女の子。
食べた、のか? このトラックにいる子たちを、音も立てずに?
どうする。どうすればいい。そんな化物を相手取って勝てる見込みは当然ゼロ。ならば答えはただひとつ。
東雲綾乃は怖れを抜き去り、トラックを外れ、グラウンドと校外とを隔てる壁へ接近。素早くしがみつき、一息で飛び降り裏山へ伝う道へと駆けてゆく。
脚には自信がある。自分が狙いなら、あの子達は関係ない。自己犠牲に酔っていたことも否定しない。
だがそれでも綾乃は。この時の判断を、直ぐに後悔することになる。
※ ※ ※
「なんで……なんでよ! いい加減、離れなさいってばっ」
古めかしい家々を抜け、舗装された車道を越え、辛うじて踏み固められた山道を往ってなお、狼の追走は止まらない。
『引き続き命令を続行。メスは喰らう、喰らう。一人残さず』
流暢な日本語を介しつつも、鼻をひくひくと鳴らし、舌を出して後を追うその様は、近所の飼い犬と何も変わらない。滑稽だが、今の綾乃にそれを笑う余裕などない。
短距離走には自信があるが、長距離となると話は別だ。スピードが伸びず、徐々に足が鈍っているのは、決して林という地形のせいではあるまい。
「もうムリ……ほんとムリ……」
弾む息が乳酸混じりの重い呼気に変わり、上向きの視線を維持できない。足はもつれ、疲労だけが蓄積し、荒い息を漏らしながら地面に突っ伏す。
『対象の移動が停止。これよりフェーズを捕食へと移動。喰らう、食らう、喰らう』
ひくひくと鼻を膨らませ、倒れ伏した綾乃に油断なく迫る。動け、動けよと喝を入れるも、疲弊した足は痙攣ばかりで動く気配すら見せてはくれぬ。
嗚呼、もうダメなのか。東雲綾乃の脳裏に決して多くはない走馬燈が浮かんでは消えてゆく。
――いっくよー、アヤちゃん。せぇー、のっ!
――シュテルン☆グリッタ★エトワール!!
(だから、なんで、今更……あんなの……っ)
走馬燈と思しき幻影の中で、真っ先に現れたのは、楽しげに呪文を唱える幼き自分とその親友の顔。
ダサいからと遠ざけたのに。他と馴染めなくて突き放したのに。それでもあの頃を忘れられずにいるというのか。
「やな奴だな、あたしって」
今更嘆いたって仕方がない。解っていつつもそう思わずにはいられない。綾乃は続く鬱屈とした未来に嘆息し、目を閉じる。
――ちょーっと、待ったーっ!!
なにかの幻聴? 総てを諦めた綾乃の耳に響く、聞き覚えのあるだみ声。
風が、変わった。狼が喉を鳴らし、眼前に向け威嚇の唸りを上げている。
何故、そうする必要がある? その答えは綾乃にも見えて来た。然らば、それをこの眼で見定めねばならぬ。
弾む息を噛み殺し、おっかなびっくり瞼を開いた綾乃の目に飛び込んで来たのは、夕焼けを伴い、茜色に染まるかつての憧れーー。
「ヤミヤミの中から出でし使徒たちよ、我が手で暗黒星雲へと還りたまえ。我こそはキラキラ国第一皇女グリッタ、キラキラ少女グリッタちゃんとはわたしのことだーっ」
(は、はい……?)
声がした時点で薄々勘付いてはいた。あり得ないが、他に理由も見当たらない。
やつだ。ダサいからと距離を置き、満足に友達も作れないあのオンナが、どうしてこの場に駆け付ける。
何故、こんなおかしな格好をしてるのか。