厄災のアクマ
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・PM13︙35
『はい、関西地区代表のパフォーマンスでしたーっ。続きましては今大会ナンバーワンの注目株! 謎の怪物たちを浄化して、市井の人々にはライブパフォーマンスをお届け!』
「あの紹介文、誰が書いたの? 覚えがないんだけど」
「三葉か、あのお姉さんでしょ」
聞き覚えのない前口上を横に聞きながら、ふたりの魔法少女は舞台袖に潜み、集まった観衆を見回す。後援者たるあきる野の人々は客席にて自分たちの登場を今か今かと待っており、向かいの袖ではマネージャーの三葉が此方に向けてサムズアップを送っている。
高鳴る鼓動は緊張によるものじゃない。少しでも早く、今すぐにでも駆け出したい気持ちを抑え込むためのもの。一度GOと火が点けば、この高揚は最早誰にも止められない。
『さあ、前置きはこのくらいにしておいて、ご登場いただきましょう。あきる野の平和は私達にお任せ! グリッタ&ズヴィズタ!!』
三葉の側からGOのサインが出、ふたりは弾かれるように舞台袖から飛び出した。自分たちを呼ぶ一杯の歓声と割れんばかりの拍手、レーザー光線めいた桃と紫のサイリウムが薄暗い会場の中を無秩序に照らしてゆく。
「あれ……?」
彼女たちがそのままマイクパフォーマンスに踏み切れなかったのは、歓声が落ち着き始めたその中でなお、しつこく響くノイズを聞き届けたからだ。どういう訳だと元を探れば、客席の真中で後ろ指を差されながら、依然として拍手をやめない大本とかち合った。
「あん……たは!」
「りりちゃん! 来てくれたんだね!」
今この光景がテレビ中継されているとも知らず、グリッタちゃんはマイクで友の名を呼び、ありがとうと手を振り返す。
(今の今まで……忘れていた? このあたしが!)
だが、隣に立つズヴィズタ――、東雲綾乃はそうもゆかない。彼女が不敵な笑みで拍手を続けるその姿を見、目を見開き、継ぐべき言葉を失った。
「待っていたよぉ、西ノ宮ちはる!」
拍手の音が鳴り止んで、花菱瑠梨が尊大な口調で壇上のちはるに話しかけてきた。
「全国大会出場おめでとう。これで君は長年の夢を叶えたことになる訳か」
「そーだよー。だから見てってね、わたしたちのステージ!」
「ステージ。ステージね……」瑠梨は目を瞑り、反芻するように何度か繰り返すと。「じゃあボクからもプレゼントだ。キミの記念日に相応しいモノを贈ろう」
感極まった瑠梨は周囲の迷惑も顧みず立ち上がり、両の腕を左右に広げ、天を仰いでこう叫ぶ。
「始めようプレディカ。一世一代の晴れ舞台、このホールを血と屍で染め上げろォ」
――はい。かしこまりました。女王さま。
今の声はどこから聞こえた? 彼女の周囲が辺りを見回すも、それらしき姿はどこにも無い。観客のひとりが首筋に生暖かい感触を認めたのはその時だ。それも彼一人ではない。その周囲数人が同じ感覚を疑問に持ち、首筋についた『それ』を人差し指で拭い取る。
彼らは間違った方向を見ていたのだ。薄暗くて色は判別できないが、その鉄臭さはひと嗅ぎで解る。彼らはすぐそこから逃げるべきだった。今となっては後の祭りだ。瑠梨から見てタテ三列ヨコ二列の計六人は、上から降ってきたカマキリの下半身に押し潰され、物言わぬ死体と成り果てた。
「グレイブヤード三賢人がひとり、長女プレディカ。主さまの安寧を犯し、我が妹達を無惨に殺したその報い、きさまらの命を以て贖うがいい」
口元の鮮血を鎌手の外側で拭い、憎悪に満ちた濁り声でそう言い放つ。誰もが見惚れる美しい顔立ちに紅くウェーブのかかった長い髪。白い肌を惜しげもなく晒したオフショルダードレス。
しかし人間らしいのはそこまでだ。腰から下はオオカマキリのそれに置換されており、細く伸びた多関節の後四本脚で座席と座席の間に乗っかっている。
あれが花菱瑠梨の切り札。最も強いイメージを打ち込まれ、遂にこの世に顕現した異形の中の異形か。
※ ※ ※
・PM13︙45
「う、わぁああああ!!!!」
最初に声を上げたのは誰だったか。それは最早問題ではない。一つの悲鳴を契機とし、プレディカの姿を見咎めた観客たちが我先と出入り口へと駆け出した。
区民会館ほど収容率の高い施設では、正門出入り口に加え、スムーズな入退場を可能にすべく、ホール左右に三つの通路がある。千五百人近い客たちは弾かれたピンボールの玉めいてそれらに集まり、一目散に立ち去らんとする。
『キタわね。キタわね』
『あるじサマのヨミドオリ』
『ミンナでナカヨク頂きマショーそーしましょ』
最初に戸を開いた者の目に映ったのは、長い髪を三つ編みにしてヘッドドレスを被せた、俗に言う『フレンチメイド』の少女たち。そう、彼女はひとりだけではない。左右六つと正門の前に、おびただしい数の同胞が待ち構えている。
『『『『いた・だき・マア・す』』』』
虹彩がなく黒一色の不気味な瞳を持つ少女たちは、一斉にコブラめいて顎を大開きにし、逃げる観客の肩に喰らいついた。噛まれた何某は痺れて動けなくなり、そのまま上半身にかぶりつく。
逆に、自らは食さず腕に置換された鎌で押し留め、頭目たるプレディカに投げ渡す者も居た。プレディカはそれを丸呑みにし、腹部にひたすら溜め込んでゆく。
「冗談じゃないわよ……」今まで、彼女たちがヒトを直接捕食する場面に出くわしたことは無かった。奴らのせいで街から人知れず行方不明者が出ていると、そんな曖昧な認識しか持つ事ができなかった。
これが、奴らの『狩り』なのか。東雲綾乃は嫌悪と恐怖による嘔吐を喉元で抑えて胃に返し、敵への憎悪をその目に込める。
「やあ、めぇ、ろぉおおお!!」
綾乃は地を強く蹴り、自分に殺意を向けるプレディカをすり抜け、正門の前まで一息で飛んだ。間髪入れず配下のカマキリメイドらの頸に蹴りを見舞い、瞬時に五体の息の根を止める。
(人質なんて取らせない! この足で押し通る!)
付着する黄色の返り血を腕で拭い、「逃げて」と声を張り上げる。そこから左側出口に跳んで、陣取る三体を速やかに『排除』した。
「ハハハ、なる程そう来るか」
カマキリたちの頭目・花菱瑠梨は想定の範疇だと言わんばかりに手を叩き。「思い知らせてやれ、プレディカ」
「かしこまりました」
言うが早いか、長女は腹部を持ち上げ、自らの肛門を綾乃が拓いた正門に向ける。
ヒュン、と風切り音が響いた瞬間。正門に灰色に粘つくなにかが取り付いた。泡状の『それ』は外気に触れて熱を持ち、何倍にも膨張して行く。
『産まれたワ、産まれたワ』
『サア、お仕事お仕事』
『食べるワヨ、モリモリ食べて殖えるノヨ』
張り付いた瞬間から五倍の大きさに膨らんだあぶくから、逆さ吊りになったフレンチメイドたちが飛び出した。彼女たちはそう『刷り込まれていた』かのように、観客らに刃を向ける。
これはカマキリの『卵嚢』だ。食した人間を養分に、自分たちの同胞を創り出しているのか。
「嘘でしょ……」
認識を改めなくてはならない。まず仕留めるべきは配下を殖やす親玉だ。ひとりだけじゃこの惨状をカバー出来ない。綾乃は振り向きざまに壇上を見、先程から動こうとしない幼馴染へと声を張る。
「ちはる援護! このままじゃみんな死んじゃう!」
などと短い言葉で行動を促すが、当人は綾乃たちを見ようともせず、俯いてかたかたと震えている。
「なんで……こんな……カマキリ……嘘でしょ? 嘘だよね? 嘘だって言ってよ……」
「ちょっと?! 何やってんの? 前見なさい前! 戦わなきゃ!!」
虚ろな目でうわ言を呟き、親友の言葉に耳を貸そうともしない。離反、敵襲、頭目、殺戮。矢継ぎ早に流れる情報を頭の中で処理できていないのか。
「あは、あはは。お前、本気でボクを仲間だと思っていたのか?」
あまりにオーバーなその動揺に、璃梨は困惑から一瞬言葉に詰まった。
「お前はずっと! 騙されていたんだよ!! 友達だって甘い顔して、ボクにぺらぺら事情を話して! お前のその姿はお笑いだったよ!」
だがその顔はすぐさま嫌味たらしい笑顔に変わり、何も出来ないでいるちはるをあざ笑う。もう自分を偽る必要はない。対立は、最早決定的なものとなっていた。
「同じ仲間のよしみだ。さっさと殺して終わらせてやるよ」
主の求めに応じ、背後で控える鎌付きメイドが動き出す。言葉を介す必要はない。ぴんと張った人差し指で自らの首を横に切ったと同時に、獲物の懐に飛び込んだ。
「お前のその首! オガミとトウロに差し出せぇええええええ!」
・次回、「アヤちゃんとなら、どこまでも……」につづきます。